危機管理とインシデントマネジメント(ICS)

【筆者の修士論文(PDF版はこちら)を一部編集して掲載】

1 危機管理の定義

危機管理という単語は極めて曖昧な用語である。類似の意義を持った用語としては、「エマージェンシー・マネジメント(Emergency Management)」「クライシス・マネジメント(Crisis Management)」「コンシクエンス・マネジメント(Consequence Management)」「インシデント・マネジメント(Incident Management)」「リスク・マネジメント(Risk Management)」等がある。筆者の考える関係図は以下のとおりである。

リスク(Risk)は、最も単純化すると、発生確率(Likelihood)と結果(Consequence)の積「R = L × C」で定義され、このリスクを適切に管理することがリスク・マネジメントである。そして、特にこのリスク(R)を低減(Reduce)するマネジメントのひとつを危機管理(Crisis ManagementまたはEmergency Management)と呼び、

  1. 準備(Preparedness) (⇒日本はやや弱い)
  2. 対応(Response) (⇒日本は非常に弱い)
  3. 復旧(Recovery)
  4. 減災(Mitigation)


の4つのプロセスから成る。これを「危機管理サイクル」と呼ぶ。1.準備は研修や訓練を実施し、各種資機材・体制を整えることで災害に備える活動。 2.対応は災害が発生した時に、迅速に捜索救助活動を実施すると同時に、災害の拡大を防止し、被害を最小限に抑える活動。 3.復旧は対応活動が終了した後、平常時の活動に迅速に復帰するために行う活動。 4.減災は発生した災害を教訓に次回同様の災害が発生した場合にその被害を最小限に押させるための防護策をとる活動(例:危険要素の特定、建築基準・構造基準等の設定、土地利用計画等)を意味する。減災と準備は、事故(Incident)が起きる前の作業であり、対応と復旧は、事故が起きてしまった後の作業である。

更に、危機管理のうち、災害や事故に対する準備(Preparedness)とそれらが発生してしまった場合の対応(Response)及び復旧(Recovery)については「インシデントマネジメントIncident Management)」と呼ばれる。結果(Consequence)を最小限に抑えることであるため「コンセケンスマネジメントConsequence Management)」と呼ばれることもある。サーバーがハッキングを受けた場合への対応などをITセキュリティーの分野ではインシデントマネジメントと呼んでいるが、これは決してITの分野に限らず、災害や事故への対応でも同じことであり、最悪の場合に備えて計画や資機材を準備したり訓練をする「準備」と、好ましくない事態が発生してしまった場合にその被害(結果)を最小限に抑え、組織や個人が生き残るための「対応」に関するマネジメントである。民間企業では、事業継続計画BCPBusiness Continuity Plan)を作成することがあるが、インシデントマネジメント準備段階での計画のことである。また、危機発生時には、既存の組織ではなく、臨機応変に組織を編成し、協力して事態に対応(Response)する必要があるが、そのための雛形を標準化しておくことが迅速な対応に求められるため、米国では現場指揮システムICSIncident Command System:インシデント・コマンド・システム)と呼ばれる標準化されたマネジメントシステムが幅広く導入されている。

我が国において、減災(Mitigation)に関しては、すでに膨大な予算が投入され、様々な防災設備(堤防、建築基準などの防災インフラ)が構築されてきた反面、準備(Preparedness)と対応(Response)の2つのフェーズについては、非常に多くの問題がある。例えば:

  • 救援や救助活動が遅い
  • 意思決定が遅い
  • 情報伝達が遅い
  • 情報伝達が不正確
  • 指揮命令系統が不明確
  • 情報統合機関の欠如
  • 縦割り行政(セクショナリズム)による責任回避
  • リーダーシップ不足
  • 準備不足(下手な劇のような非現実的な訓練が多い)

このため、準備(Preparedness)のためのシステムとして、準備評価システムの導入を、また、対応(Response)や復旧(Recovery)のためのシステムとして、米国にて幅広く普及している現場指揮システムICS: Incident Command System)のようなシステムの幅広い導入を図り、インシデントマネジメントを改善する必要がある。

2 インシデントマネジメントの改善(インシデント・コマンド・システムの導入等)

ICSの導入による対応の標準化

危機管理の4つのフェーズ(準備、対応、復旧、減災)のうち、特に準備・対応に関するマネジメントをインシデントマネジメントまたはコンセケンスマネジメントと呼ぶことは、先に述べたとおりであるが、この内、「対応」については、参加者全員が共通の知識、認識、手順、目標の下で行動することが望ましい。

衛星通信を導入しても、使用される用語が標準化されていなければ、常に誤解を招く。複雑なマニュアルを制定しても、災害は千差万別であり、最適な対応組織を編成することは難しい。現場に自律的権限が与えられていなければ、常に上部組織の顔色を伺わなければならず、迅速な意思決定ができない。共通の目標が設定されていなければ、各自の行動がばらばらになり成果が出ない。

このような問題を解決する唯一の手段が、全ての非常事態に共通する非常に基礎的な部分のみ標準化し、現場に自律的権限を与え、その他の事項は全てその場で考えるという手法である。すなわち、対応時のマネジメントシステムを標準化することである。

(1)   背景

米国では、全ての非常事態に共通の対応をするためIncident Command System(ICS)という標準化されたシステムがResponse(対応)の段階で使用される。決して法令で定められたシステムではないが(一部強制化されている事案もある)、事実上の標準(デファクトスタンダード)になっており、現在では多くの市・郡・州政府、ほとんどの連邦政府機関でこのシステムが採用されている。

米国では、1970年代、多くの山火事が発生したが、当時のマネージャー達は次のような問題に直面した。

  • 一度に多くの人が、一人の監督者に報告するので処理しきれない。
  • 対応に参加する機関がそれぞれ異なった組織構造になっており、組織的な対応が困難である。
  • 信頼のおける情報が流れてこない。
  • 通信装置や通信手順が統一化されていない。
  • 参加機関の間で共通の対応計画を策定するシステムがない。
  • 指揮命令系統が不明確である。
  • 参加機関が使用する用語が統一化されていない。
  • 対応の目標が不明確である。

これらの問題を解決するための1979年に消防大学校(Fire Academy)が開発したものが「ICS」である。ICSは、次のコンセプトは、

  • 小規模なものから大規模なものまで、事案の大小や事案の種類を問わず使用できる柔軟性のあるシステムであること。
  • 各機関が日々の日常的な業務から大規模な災害まで使用できるものであること。
  • 全国から駆けつけてくる多種多様な機関の職員が、すみやかに溶け込めるような共通のマネジメント構造になっていること。
  • 費用対効果の良いシステムであること。

開発初期の頃は、山火事への対応に設計されていたが、山火事だけでなく、刑事事件への対応や危険物質への対応、その他、如何なる種類の対応にも適用できることから、現在では、消防機関だけでなく、警察機関、各種の安全管理機関、そして沿岸警備隊(USCG)まで幅広く、ありとあらゆる事件、事案、災害、危機等に使用されている。

(2)   ICSの概要 (⇒ウィキペディアを参照願います。

正式には、National Interagency Incident Management System(NIIMS) Incident Command System(ICS)(全国組織間事案管理システム・事案指揮システム)という。先に述べたとおり、ICSは事案の大小を問わず適用できる非常に柔軟性の高いシステムになっている。小さいものでは、警察官が一人で対応する事件(この場合は、一人が全ての機能を果たしていることになる)から多数の機関が関与する大規模なテロ事件まで、全てに利用できる。主な特徴としては次のとおり。

  • 拡張可能な柔軟な組織構造
  • 施設設置手順の標準化
  • 用語の統一化
  • Span of Control(監督限界)の設定
  • Incident Action Plan(IAP)(事案対処計画)の標準化
  • 役割・責任や手順の明確化

イ 拡張可能な柔軟な組織構造

ICS開発チームは、インシデントの大小に関わらず、あらゆるインシデントにおいて、多かれ少なかれ共通に必要となる機能として、Command(指揮)、Operation(運用)、Planning(計画)、Logistics(兵站)、Finance/Administration(財務・総務)の5つがあることを発見した。これらは、一人の者(Incident Commander)が全てを実施しても構わないが、必要に応じて、独立したチームを組織しても構わない。いずれにせよ、まず、最初にIncident Commander(総指揮官)ありきであり、組織は必要に応じて編成する。

ICS組織図

これら5つの機能の概要は次のとおり。

(イ) Command(指揮)

Incident Commander(総指揮官)及び次のCommand Staff(指揮部スタッフ)からなる。

  • Information Officer(報道官)
  • Safety Officer(安全監督官)
  • Liaison Officer(連絡調整官)

全ての事案において必要となる職はIncident Commander(総指揮)である。他の職は、必要に応じて指名すれば良い。Information Officer(報道官)は、報道機関等への情報配布を一元的に担当する。Safety Officer(安全監督官)は、事案に対応している全ての職員の安全管理を担当し、職員が不必要な危険にさらされないよう監督・助言する。Liaison Officer(連絡調整官)は、事案への対応に協力、支援している組織との連絡調整を一元的に担当する。大きな事案の場合にはそれぞれの職にアシスタントを付けてもよい。Command Staff(指揮部スタッフ)を指定しない場合には、Incident Commander(総指揮官)が全ての役割を負う。

最初に現場に到着した部隊の指揮官がIncident Commander(総指揮官)の役割を、後に到着した他の指揮官に引継ぎが終わるまで担う。

なお、Incident Commander(総指揮)は、事案によって、Single Command(単独指揮)の場合とUnified Command(合同指揮)の場合がある。多くの事案の場合、複数の組織(警察、消防、軍、沿岸警備隊、その他)が対応に参加することになるが、その場合、指揮系統が一元化できず多くの問題を生ずる。この問題に対処するために考えられた手段がUnified Command(合同指揮)であり、関係する組織が指揮官を指揮部に送り、合議形式で全ての意思決定をするという手法である。

(ロ) Operation(運用)

Operation、及び後に述べるPlanning、Logistic、Finance/Administrationの4つのSection(部)をGeneral Staff(一般スタッフ)という。Operations Section(運用部)の任務は、計画を実行することであり、そのために戦術的な目標を設定し、必要な組織を編成し、命令を発令することである。

運用部は、基本的にボトムアップ方式で組織を編成する。すなわち、計画を実行するためのResources(資源:人・物を含む)があるとする。それらは、まず、総指揮官の直接の指揮の下で最初は活動する。そして、資源が総指揮官のSpan of Control(監督限界)【一人の指揮官が監督できるのは、3人から最大7人程度であり、5人を最適とする限度枠】を越えた時点で、Operations Section Chief(運用部長)を指名する。(大規模な事案の場合には複数のDeputy(副部長)を指名することもある。)

運用部組織

Division(係)とGroup(班)は、階層的には同じレベルであるが、Division(係)は、地域ごとに編成(A地区係、B地区係等)し、Group(班)は、機能別(警察班、消防班等)に通常は編成する。各係、班にはSupervisor(長)を一人置く。係を置くか、班を置くか、係・班の両方を置くかは、事案により総指揮が判断し決定する。

係、班の数がSpan of Controlを超えた場合には、それらをBranch(課)に編成する。Branch(課)も地域別、機能別、またはその両方により編成する。

Resources(資源)が、役割の割振りを得るまで待機する場所をStaging Areas(待機所)と言い、これも運用部長の指揮下に置く。Resources(資源)には、次の3つの種類がある。

  • Single Resource(単独資源){人的資源及び物的資源を含む単独の資源}
  • Task Force(連合部隊){異なった種類の単独資源を監督限界の枠内で集めた資源[消防士と警察官で構成される部隊等]}
  • Strike Team(機動部隊){同じ種類の単独資源を監督限界の枠内で集めた資源[警察官だけの部隊等]}

なお、組織を拡大していくにあたっては、単純かつ合理的な組織を常にSpan of Controlを超えない範囲で作っていくことを原則としなければならない。

(ハ) Planning(計画)

Planning Section(計画部)の任務は、事案の進展状況の情報収集、評価、状況報告書の作成、状況掲示板の作成、人的・物的資源の状態の把握、Incident Action Plan(事案行動計画)の作成、任務解放計画の作成、その他関連書類の作成である。Planning Section Chief(計画部長)及び必要な場合にはDeputy(副部長)を置く。

計画部は、航空、危険物、環境等の技術的専門家も組み入れ、様々な問題を予測し、将来的な計画を作成することが特に重要な任務である。計画部の構成は、

  1. Resources Unit(資源管理隊):集まってきた資源(人・物)のチェックインを担当し、現在、どんな人的資源が利用可能なのか、どんな資機材があるのかを管理する。
  2. Situation Unit(状況把握隊):最新の状況を常に把握し、状況掲示板、状況要旨、地図やプロジェクターの原稿等を作成する。
  3. Documentation Unit(文書隊):Incident Action Plan(事案行動計画)を作成すると同時に、すべての関連文書の整理を担当する。
  4. Demobilization Unit(任務解放隊):必要のない資源の任務解放計画を作成する。
(ニ) Logistic(兵站)

Logistic Section(兵站部)の任務は、通信の確保、医療、食料補給、発注、施設管理、輸送手段確保等、事案への対応に必要な後方支援業務を行うことである。Logistic Section Chief(兵站部長)及び必要な場合にはDeputy(副部長)を置く。兵站部の構成は、

1. Service Branch(保守課)

  • Communication Unit(通信隊):通信計画の作成、通信機器の配布、保守、指令通信所(Incident Communication Center)の管理を担当する。
  • Medical Unit(医療隊):事案に対応している人員の医療、救急輸送、及び医療報告書の作成を担当する。
  • Food Unit(食料隊):事案に対応している人員への水、食料の提供を担当する。

2.  Support Branch(支援課)

  • Supply Unit(供給隊):必要な人員や資機材の発注を担当する。全ての資源の発注はこの隊を経由して行わなければならない。この隊を設置しない場合には、発注業務は、兵站部長の責任で行わねばならない。
  • Facilities Unit(施設隊):Base(基地)やキャンプ等の施設の設置、及びそれらの施設の警備を担当する。(BaseやCampの詳細は後説)
  • Ground Support Unit(輸送支援隊):輸送手段の手配や燃料補給を担当する。
(ホ) Finance/Administration(財務/総務)

Finance/Administration Section(財務/総務部)は、事案への対処に支出した費用の把握及び調達に必要な契約の監督を担当する。財務/総務部は、全ての事案に設置されるわけではない。設置されるまでは、当然だが、総指揮官がこの任務にあたる。財務/総務部の構成は、

  1. Time Unit(時間隊): 全ての人員の勤務時間を記録する。
  2. Procurement Unit(調達隊):資機材のレンタルや購買契約に関係する全ての書類作成作業を行う。
  3. Compensation/Claims Unit(賠償隊):人員の怪我や病気に係る書類の作成や資機材の損傷に係る損害賠償等に対応する。
  4. Cost Unit(費用隊):あらゆる支出に関する情報を収集するとともに必要とされる費用の見積もり作成等も担当し、費用の節約に関する助言を実施する。

ロ 施設設置手順の標準化

事案に対処するにあたっては、現地にさまざまな施設を設置しなければならないが、どのような施設を設置すべきかについてICSでは標準化した。主な施設は次のとおり。

(イ) Incident Command Post(ICP)(現地指揮本部)

Incident Commanderが駐在し、全ての指令を発する場所である。Planning Sectionもこの中に設置される場合が多い。空き地、テント、ビルの一室、車の中等、場所は様々である。例えば、2001年9月11日の同時多発テロでペンタゴンへの航空機墜落事案の際には、ペンタゴンの近隣の空き地に巨大なテントを張ってICPとし、全てのICSの全ての機能が設置され、指揮がとられた。

それぞれの事案について設置されるICPの数は1つが原則である。

なお、ICPと市(City)郡(County)が設置するEmergency Operations Center(EOC)(非常事態運用室)との関係が問題になることが多い。米国の多数の市・郡・州がそれぞれ独自にEOCを所有しており、事案が発生した場合には役所職員・他の機関の連絡員・市長等が執務する。原則としてEOCはOperationの指揮はとらず、市や州全体の広範囲にわたる資源配分や対応等の後方支援業務が主となる。例えば、

  • 現場から要求のあった資源の調達及びStaging Areaへの急行の指示
  • 広域避難が必要とされる場合の指示
  • 臨時避難所の設置
  • ICS報道官との広報調整
  • 防災放送等による警報の発令
  • 政治的な問題の調整
  • 上位の組織への支援の要求等(市のレベルで対応していた場合には州に対して支援を要求、州のレベルでも対応できない場合は、大統領に支援を要求、等)

である。しかしながら、多くの場合、ICPとEOCとの連絡が悪く、問題が生じている。

(ロ) Staging Area(待機所)

資源(人・物)が、任務の割り当てがあるまで、待機する場所。5分以内に出動できる場所でなければならない。事案によっては複数設置される場合もある。責任者は、Staging Area Manager(待機所管理官)であり、同官はOperation Section Chief(運用部長)に対して報告する義務がある。

(ハ) Incident Base(基地)

現場での主要な支援業務が行われる場所を言う。通常は、Logistic Section(兵站部)がこの中に置かれ、Facility Unit(施設隊)が管理する。Incident Command Postと同じ場所に設置されることが多い。

(ニ) Camp(キャンプ)

作業する者に対して、宿泊や食料等を提供する場所を言う。Incident Base(基地)とは別に設置される。複数設置される場合もある。地名が付けられる場合が多い(A地区キャンプ、B通りキャンプ、C港キャンプ等)。Staging Area(待機所)との違いは、Staging Areaが直ちに出動する準備を整えた資源が待機する場所であるのに対し、Campの中の資源は、直ちに出動することを要しない点である。なお、常にCampが設置されるとは限らない。

(ホ) Helibase(ヘリコプター基地)

ヘリコプターを駐機し、整備し、燃料を補給する場所である。

(ヘ) Helispots(ヘリコプター着陸地点)

ヘリコプターが離着陸し、荷物を乗降機させる場所である。

ハ 用語の統一化

ICSの重要な特徴として、用語の統一化がある。それぞれの機関が異なった用語を使っていたのでは十分な意思疎通ができないということが背景にある。

統一化された用語は、次のとおり。

組織名称

用語 意義
Section(部) 機能別(運用、計画、兵站、財務/総務)の任務を担う組織の名称。Branch(課)と Incident Commander(総指揮官)の中間。
Branch(課) DivisionやGroupの数がSpan of Control(監督限界)を超えた場合に設立される組織。地域別または機能別に設置される。Operations Section(運用部)に設置される場合は、Division/Group(係/班)とSection(部)の中間。Logistics Section(兵站部)に設置される場合は、Unit(隊)とSection(部)の中間。
Division(係) 地域ごとの運用を担当する組織。Task Forces/Strike Teams(連合部隊/機動部隊)とBranch(課)の中間。
Group(班) Operations Section(運用部)に設置される機能別(警察班、消防班、救護班等)の組織。Resouce(資源)とBranch(課)の中間。
Unit(隊) Planning(計画部),Logistics(兵站部), Finance/Administration(財務/総務部)に設置される機能別の組織。
Single Resources(単独資源) 単独の個人、資機材。
Strike Team(機動部隊) 同じ種類の資源の集合体(警察官だけの部隊等)
Task Force(連合部隊) 特定の目的を持った異なった種類の資源の集合体(警察官と消防官の混合部隊等)。

役割呼称

役職 呼称 補佐人の呼称
Incident Commander(総指揮官) Incident Commander(総指揮官) Deputy
Command Staff(指揮部スタッフ) Officer(官) Assistant
Section(部) Chief(部長) Deputy
Branch(課) Director(課長) Deputy
Division/Group(係/班) Supervisor(係長/班長) なし
Strike Team/Task Force(機動部隊/連合部隊) Leader(隊長) なし
Unit(隊) Leader(隊長) Manager
Single Resource(単独資源) 資源の名称を使用 なし

ニ Span of Control(監督限界)の設定

Span of Controlとは、一人の指揮官が監督できる部下の人数を言う。ICSでは、一人の指揮官が監督できる人数は、3人から7人とし、5人程度が最適であるとしている。この人数の範囲に満たないか超える場合には、Incident Commanderは、組織構成を見直さなければならない。

ホ Incident Action Plan(IAP)(事案対処計画)の標準化

Incident Action Plan(IAP)は、口頭で伝えられるにしろ、書面にするにしろ、必ず作成されなければならないものである。しかしながら、かつては様式が統一化されずに混乱を招いていた。そこで、ICSでは、これらの様式を標準化し、あらゆる事案で使用できるものとした。IAPには、主として次の書類が含まれる。

(イ) Statement of Objectives(目標シート)

達成すべき目標を記載したもの。目標は、測定可能なものでなければならない。(様式:ICS Form 202)

(ロ) Organization(組織図)

次の運用期間の組織構成は、どのようにするかを記載したもの。(様式:ICS Form 203)

(ハ) Tactics and Assignments(戦術及び資源割振り)

目標達成のための戦術及びどのような人的資源や資機材が割り当てられるかを記載したもの。(様式:ICS Form 204)

(ニ) Supporting Material(参考文書)

通信計画(ICS Form 205)、医療計画(ICS Form 206)、地図、輸送計画、気象情報、特殊警報、安全警報等。なお、通信計画と医療計画以外は、標準化された様式はなく、適宜作成される。

ヘ 役割・責任や手順の明確化

事案への対応を容易にするため、全ての者が共通に従わなければならない手順として次の事項を定めている。

  1. 基本的に全ての役割分担を自分の所属するICS組織から受けること。(自分が報告すべき場所、報告すべき時刻、任務遂行時間、割り当てられた任務の内容、通信方法等)
  2. 自分の任務遂行に必要な消耗品や資機材は、自分で持ってくること。(長期の任務遂行の場合は日常品等も)
  3. 現場に到着しだい、必ずチェックインをすること。チェックインをする場所は、事案によって異なるが、概ね次のような場所である。(Incident Command PostのResource Unit(資源管理隊)/Staging Area(待機所)/Base(基地)またはCamp/Helibase(ヘリコプター基地)/Division(係)やGroup(班)の長)
  4. 無線交信の際は、誰にでもわかるように明瞭に話し、無線コールサイン等は使用しないこと。施設名称は、事案の名称や場所の名称を付加して呼称すること(「△○事故災害現地指揮本部」、「△○公園待機所」のように)。人の呼称はICSの役割呼称を使用すること(「△○係長」、「△○部長」のように)。
  5. 直属の上司から事案の概要に関するブリーフィングを受けること。自分の役割を確実に理解すること。
  6. 必要な文書を受け取り、自分の作業場所は自分で探し設置すること。
  7. 自分の部下は自分で組織し、自分でブリーフィングすること。
  8. 交代の者が来た場合には引継ぎのブリーフィングを実施すること。任務を離れる前に自分が担当している書類を作成し、上司または文書隊に渡すこと。

(3)   ICS教育

米国では、ICSを危機管理システムの標準にしている場合が多いため、ICSを教える民間のコンサルタントも非常に多い。公的機関では、FEMAがインターネット上で通信教育(基礎コースのみ)を提供している。USCGも、イントラネット上で職員向けに基礎コース(ICS100)を提供しているほか、中級から上級(ICS200-400)については、研修所(Training Center Yorktown)にて1週間程度の研修コースを設置し、教育をしている。また、国防総省等も独自に通信教育やインストラクターによる研修会を提供している。なお、機関によっては、幹部への昇進の条件として上級のICS研修(ICS400)を修了していることを条件にしている場合が多い。

このように、ICSは、一種のプロジェクト型組織である。交通事故が発生した場合を例にとれば、まず、巡回中の警察官が現場に到着した時点でICSが組織され、Incident Commanderを決め、その下に必要に応じて、General Staffを組織する。そして、徐々に必要に応じて、組織を拡大していく。一般にプロジェクト型組織の長所としては、1)高フレキシビリティ:環境の変化に柔軟に対応できる、2)迅速な対応:課題対応型であり、組織目的が明確なため、迅速な対応が可能である、3)組織の活性化:横の人間関係ができ、組織の活性化に繋がる、等が指摘され、短所としては、1)命令系統のあいまい性:既存の組織との整合性がとり難く、指示命令系統があいまいである、2)実行上の問題:設置された組織に責任と権限がないため、決定内容が現場で実行されない、3)評価上の問題:プロジェクトでの活動成果が、既存の組織内ではあまり評価されず、参加意欲を阻害する等が指摘されている。ICSの場合、このような短所のうち、命令系統のあいまい性については、Unified Commandを設けること、実行上の問題については、全国的に統一されたマニュアルに責任と権限を明記することにより、問題が解決されている。

我が国も対応システムを標準化する必要があると思料する。

準備評価の導入

危機管理を実施する際、最も困難なのが、そのマネジメントシステムの有効性が実際に災害や事件が発生するまで確認できないことにある。そこで、米国では、その準備状態の良し悪しを一定の評価基準を設けてチェックしている。FEMAは、これをCAR(Capability Assessment for Readiness)と呼んでいる。CARは、次の13の要素からなる。

  • EMF#1  法律と権限(Laws and Authority)
  • EMF#2  危険要素の特定と危険評価(Hazard Identification and Risk Assessment)
  • EMF#3  危険要素の削減(Hazard Mitigation)
  • EMF#4  資源管理(Resource Management)
  • EMF#5  計画(Planning)
  • EMF#6  命令、監督、調整(Direction, Control, and Coordination)
  • EMF#7  通信と警報(Communication and Warning)
  • EMF#8  運用と手続き(Operation and Procedure)
  • EMF#9  兵站と施設(Logistics and Facilities)
  • EMF#10     訓練(Training)
  • EMF#11     演習、評価、改善活動(Exercises, Evaluations, and Corrective Actions)
  • EMF#12     危機の伝達、大衆教育、情報(Crisis Communication, Public Education, and Information)
  • EMF#13     財務と監督(Finance and Administration)

我が国においても政策評価の一環として上記のような基準を作り、定期的に審査すべきである。

3 まとめ

我が国は、防災対策は、主要な公共事業として、多くのダム建設や防波堤建設、耐震工事等が行われてきた。しかしながら、これらは、主として災害の「減災(Mitigation)」を主眼においた施策であって、想定規模を超える災害が発生した場合には、何の役にも立たない。言い換えれば、過度に「減災」策に依存し、「対応」策を軽んじてきたとも言える。また、原発事故などを想定して対応策を考えると「ほら、事故が起こること可能性はあるのではないか。」という論理になり、反対が強くなるため、「絶対安全です。」というあり得ない神話的説明をしてきたため、「対応」策をまじめに考えてこなかった側面もある。

阪神・淡路大震災を教訓に政府の危機管理能力の向上が叫ばれ、大規模災害発生時等には、首相及び閣僚が参集し、政府としての意思決定を行うことができるよう、首相官邸に危機管理センターが設置された。ここには、関係省庁からヘリテレ画像が送られ、正に非常事態オペレーションセンター(EOC)と言うべきものである。また、いくつかの地方自治体もこのようなEOCを設置した。このように、我が国は、ハードウェア的なものは比較的充実しているとも言える。しかしながら、ソフト面、すなわち、マネジメント・システムについては、多くの問題を抱えている。

そこで、我々がなすべきことは、インシデントマネジメントを改善することである。具体的には、ICSに類する標準化されたマネジメント・システムを導入することである。非常時には、多くに人々の協力が必要になることはいうまでもないが、その際、必要となるのが共通の土台である。言い換えれると、「共通の言語」である。ICSは、まさに共通の言語になるものである。我々が、平常時の組織活動を行う場合、決してマネジメント・システムが標準化されている必要はない。むしろ、企業が競争に勝ち残るためには、他社にまねのできないような独特のマネジメント・システムを構築していくことが望ましいとも言える。

しかし、非常時には企業や官庁の枠を超えた協力が必要になる。そのためには、多数の組織を、ネットワーク組織化し、現場にICSのようなプロジェクトチームを作るのである。そのためには「共通の言語」が必要になってくることは当然であろう。日本という国は、ピラミッド型組織でボトムアップ型の意思決定をどこの組織でも行ってきた。役所も企業もである。日本企業は、ボトムアップ型業務プロセスの典型とも言うべき「カイゼン(改善)」で品質管理を実施し、極めて質の高い商品を輸出することでこれまで成功してきた。しかし、このシステムは、社会がオートマチックに成長し、大きな変化のない場合には機能するが、大きな変化が生じた場合には、機能しない。大規模な災害の発生等は、まさに、この「大きな変化」が生じた場合に相当する。言い換えると、社会全体でネットワーク組織やプロジェクト組織が増加し、組織がフラット化しているのと、災害時にプロジェクト組織であるICSを設置するのとは、根源が同じなのではないだろうか。

現在、我が国においては、災害対策基本法をベースに防災基本計画が、震災、風水害、火山災害、雪害、海上災害、航空災害、鉄道災害、道路災害、原子力災害、危険物等災害、大規模な火事災害、林野火災、その他の災害ごとに個別に定められ、更に地方自治体が、これらに基づいて地域防災計画を定めている。しかしながら、防災基本計画には、非常に細かく、事前の準備や役割分担等が規定されている反面、共通の通信手段や通信用語は規定されておらず、また、指揮所の設置の規定もなければ、指揮命令系統もあいまいである。言い換えれば、全て平常時と同じ組織により、平常時と同じ縦割りのまま対応することが前提になっている。

1999年に発生したJCO臨界事故後に制定された原子力災害対策特別措置法では、上記の災害対策基本法の仕組みに加えて、原子力災害時の組織編成(対策本部の構成)や各原子力発電所にオフサイトセンター(要するに災害時に指揮所となるオペレーションセンター)の設置を義務付け、緊急事態宣言の発令等について規定している。しかしながら、組織の編成が固定的で柔軟性は乏しい。地方自治体が制定する地域防災計画では、通報様式や通報手順、対応組織まで非常に細かく規定されているが、これらは、自治体ごとに異なり、他県から支援に駆けつける各種の応援部隊が対応しにくい。また、各省庁、各地方自治体が、それぞれ独自に災害発生時の対応マニュアルとして、訓令や通達を制定しており、これらには、相当詳細にさまざまな手順が規定されている。

このように、現在、非常に多くの対応システムが災害種類別、組織別または地域別に制定されており、非常に複雑になっている。ICSを導入することができれば、これらが簡素化され、多少の教育を受ければ、誰でも理解できるものになるが、そのためには、既存の多くの法律、条例、訓令、通達を改正または新規立法しなければならないであろう。また、日本のようにボトムアップ型、言い換えれば稟議制による意思決定に深く馴染んだ文化を持つ場合、ICSのように現場の長が自律的に判断しなければならないシステムがどこまで機能するかという疑問も残る。従って、ICSを日本に導入するためには、非常に強いリーダーシップの下で、強力に実施する必要があるであろう。

なお、公的な防災システムとしてICSを導入する場合には、上記のように、相当の作業が必要になるが、民間や非政府組織(NPO)が自主的に導入する場合には、手続き的には容易である。例えば、民間企業のインシデントマネジメントとしてICSを導入している例は、米国には多数存在し、我が国においても若干であるが存在している様子である。更に、米国では、病院における危機管理、学校における危機管理等にもICSが導入されつつある。このように私的組織等の自主的な危機管理システムの一部として導入することは比較的容易にできるであろう。そのためには、いくつものテンプレートを構築する必要があるが、日本の場合は政府機関以外の組織から先に浸透を図る方が現実的かもしれない。

危機管理とインシデントマネジメント(ICS)」への6件のフィードバック

  1. ピンバック: 政府、今日初めて共同記者会見実施(原子力災害広報)・・・やっと今頃になって??? | SAFETYON

  2. 私たちは、First Responder の養成の中で、ICSの基本について教えています。
    対象は、在日米軍・消防隊員です。
    残念ながら、日本国内ではこの種の教育需要がありません。これは、「危機管理とICS」概念が国内に根付いてないからだと思われます。
    なんとか必要性を広めたいものです。

  3. 論文でICSについて書いているんですけど、この記事はどんな参考文献を用いていますか?

    • こんにちは。
      参考文献については、このウェブのベースになっている私のオリジナルの論文及び最近出版した本をご覧下さい。
      http://goo.gl/FIaBV
      http://goo.gl/Pftdf
      ご質問等あれば喜んでお答えしますので、Facebookなどで声をかけて下さい。
      よろしくお願いします。

  4. ピンバック: オールハザードという考え方(想定外をなくすために) | SAFETYON

  5. ピンバック: オールハザードという考え方(想定外に対処するために) | SAFETYON

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