誤解を招く「ナントカ第一主義」

トランプの「アメリカファースト」、小池都知事の「都民ファースト」、日本の極右団体在特会の「日本第一主義」など、「◯◯ファースト」という表現が誤った理解の下で多用されている。そもそも、あらゆる組織や個人は、当然、自己が生き残る権利を保有しており、これまでのアメリカの政治家も日本の政治家も、言うまでもなく、長期的な自国の生き残りに資するような政策を追求してきている。それぞれの政治家には支持母体のようなセグメントがかならず存在するので、そのセグメントを優遇するようには活動するが、少なくとも、外国や他の組織のために働いているわけではない。そこにあえて「自国ファースト!」などと述べることは、自国以外は皆外敵なので殺してもよい、と主張しているようなものであり、考え方自体が極めて危険であると言わざる得ない。

そもそも、「ナントカファースト」という言葉は、短期的に複数の利害が衝突する場合に、どの利益を優先させるべきかという指針を示す際に用いられるものである。例えば「カスタマーファースト(顧客第一主義)」という語がある。企業は「ゴーイング・コンサーン(going concern)」であり、企業の生き残りのために事業を展開しているのであるが、そのためには、まず、お客様を満足させることが、必須だということである。お客様の満足するような商品やサービスを提供しなければ、それらを買ってもらうことはできないし、その結果、売上は上がらず、利益も出ないので挙句の果てには倒産ということになるのである。短期的には、顧客と自社の利害が相反することがある。例えば、顧客からクレームを言われた時、それを無視したり、責任の押し付けなどをしたくなるが、そうすると評判がわるくなり、他の顧客までも離れていく、ということにもなりかねない。また、長期的な関係を顧客と構築することができるならば、短期的には多少の損失も仕方がない、というような場合もあるだろう。このように、短期的には、顧客の利益を優先的に考えないと、長期的には自社の存亡にかかわることにもなる。これが「顧客第一主義」のいわんとするところであろう。

セイフティ・ファースト(安全第一主義)」という語もある。これは、工事現場などで、まず、身の安全を確保してから、作業に従事しなさいということであり、また、会社の利益と身の安全が競合し、相反する事態となった場合には、安全を優先に考えなさい、という指針である。これも、先に述べた長期と短期の関係で説明がつく。いくら会社の利益のためといっても、無防備のまま、危険な作業を実施し、命を落としてしまったら、長期的な目的である「自己の生き残り」に資さないためである。

組織や個人の日々の運用には、非常に多くのステークホルダー(利害関係者)がいるものである。企業であれば、自社の従業員や顧客、パートナー企業、そして社会全体も非常に大きなステークホルダーである。社会からは、法律という形で規制を受けることもあるし、目に見えない慣習や世論という形で干渉を受けることもある。長期的にはこれらの多くのステークホルダーの利害を調整してバランスをとっていかなれば、いかなる組織や個人が生き残っていくことはできない。法律に違反すれば刑罰という形で社会から制裁をくらうだろうし、他に損害を与えれば損害賠償を支払わされたり、社会的信用を落としたりする。

「カスタマー・ファースト」や「セイフティー・ファースト」というのは、非常に多くのステークホルダーの利害が反するような状態の中で、あくまでも、短期的に優先すべき価値を示したに過ぎずない。

このように考えると、「アメリカファースト」や「都民ファースト」、「ジャパンファースト」などと唱えることは、一見最もなようだが、何の意味もない指針であり、過度の自己中心主義を正当化させる危険な考え方の第一歩にしかならないことがわかるだろう。アメリカのトランプは、「アメリカファースト」と言いながら「白人ファースト」という人種差別を正当化しようとしているに過ぎず、その結果、アメリカ社会に重大な分断を生じさせるとともに、不必要な軋轢を外国との間にも生じさせ、長期的に見れば、アメリカの地位低下へと繋がっていく。在特会などが説く「ジャパンファースト」などもやはり、在日外国人への差別と排斥をあからさまに唱え、排外主義を前面に掲げた人種差別思想そのものである。

小池都知事の「都民ファースト」については、住民税の納税者である都民は、小池都知事から見ればお客様であるので、「お客様ファースト」の言い換えに過ぎないように思えるが、であれば、声高らかに政策標語として唱えるようなものではないだろう。東京都にも非常に多くのステークホルダーがいる。都民もそのOne of themに過ぎず、ビジネスや観光のために東京に訪れてくる他県民や外国人をも満足させなければ、やはり、長期的には東京都にはマイナスとなり、環境や安全に配慮しなれば社会全体を敵に回すことにもなる。納税者、すなわち顧客の立場にたって、お客様たる都民に満足していただけるように税金を使います、と言っているだけなら全く問題ないが、これが、都民以外を排斥するというような極右の差別主義へと繋がっていくと大きな問題だろう。

ナントカファーストという語は、このように誤解を招きやすい標語であり、極端な差別につながりやすいので、あまり、安易に口にすべきではない。ましてや最大多数の最大利益を追求すべき政治家がこれを唱えて排外主義に走るなどというのは絶対にあってはならないことである。