オールハザード災害対応

東日本大震災のときも、熊本地震のときも、報道で目立ったフレーズは、「想定外だった」である。日本社会は、今も昔も楽観的な想定をおいて、それに対して備えているだけで「安全だ」と自己満足にふける傾向が非常に強い。こんなことをしていてはいつか自然からとんでもないしっぺ返しをくらうだろうということは多くの人が頭の中ではわかっているのだろうが、ではどうしたらよいのだろう、という点に関して提言を述べる学者もマスコミもこれまでのところいなかった。

被害のハード的な予防策(例:建物に筋交いを入れる、堤防を作る、原子力発電所の冷却装置にバックアップバッテリーを設けるなど)を講じたり、発災後の被害を抑えるための道具を開発したりする場合には、確かに想像力を最大限に使って想定(シナリオ)を作る必要がある。しかし、事故や災害が実際に発生した後に対処する方法にまで詳細なシナリオを描いて誰が何をするというように決めてしまうのは、思考の硬直化を招き、シナリオ通り発生しなかった場合に対処が困難になるため大きな問題である。発災後というのは、全くシナリオが予想できないドラマであり、利用可能なあらゆる資源を柔軟に動員して被害を最小限に抑えるしかない。「想定外」の事態が存在するということを想定しておくことが極めて重要などであって、それをせずして「想定外だった」などと言ってはならない。

欧米には「オールハザード」という考え方がある。「ハザード」とは、災害等のインシデントを引き起こす原因となるような危険要因を意味するものであり、地震、津波、原子力災害、台風、テロ、その他、我々の生存を脅かす可能性のある自然現象や事故等を全て含む概念だが、「All Hazard」ということは、種類や規模を問わず、あらゆるハザードに対して、柔軟に対応できるようにするということである(FEMA Guide (CPG 101) 参照)。

「種類や規模を問わず、あらゆる災害に対応できるようにすること」など不可能だという人は多いかもしれない。しかし、ベストエフォートで対応することは可能である。例えば、特定の種類のインフルエンザにかからないようにワクチンを開発し、あらかじめ注射しておくことは、ハザードスペシフィックな予防策である。このワクチンは、A型インフルエンザには効くかもしれないが、B型インフルエンザには効かないし、他の病気にも効かない。しかし、かかった後に飲む解熱剤は、インフルエンザのみならず、他の多くの病気に対しても、熱を下げてくれる。気をつけなければならないのは、解熱剤は、「熱を下げる」という一時的な対処法であって、病気そのものを治すわけではないし、100%どんな病気に対しても熱を下げる効果があるわけではないので効かない場合もあるということである。しかし、ハザード(この場合はウィルスを意味する。)の種類に関わりなく効果がある。このような対応が、簡単に言ってしまえば「オールハザード」である。すなわち、原因に対してではなく、症状に対して対応策を考えるのである。

最初にあえて誤解を恐れずに例えて言えば、これは「トヨタのジャスト・イン・タイム方式で車を作ること」や「オーダーメイドでスーツを作ること」と同じことだ、ということである。車の生産方式には2種類あり、ひとつは多品種少量生産を可能にする「トヨタ方式」、他方は少品種大量生産の「フォード方式」である。「トヨタ方式」では実際にニーズが発生してから最終工程の側から前工程へとさかのぼって必要な部品を必要な量取りに行き組み立てる。このため異なる車種の車でも臨機応変に組み立てることができる。そして完成車の在庫が発生しない。言い換えれば一種の注文生産である。他方の「フォード方式」では、実需ではなく、需要を予測して計画的に生産しようとする。このため、あまり多くの車種は作ることができず、作り過ぎれば完成車の在庫が発生し、作る量が足らなければ機会損失が発生する。スーツの製作も同じ。オーダーメイドスーツの場合、お客様の体の寸法を詳細に測り、お客様の好みの生地や色を十分聞いた上で、世界に一つだけのスーツをお客様のために作る。このため完成品の在庫というものがない。他方、紳士服のナントカみたいなお店では、需要予測に基づき計画的に大量生産されたスーツがあらかじめ並べられている。確かにいろいろな種類のいろいろなサイズのスーツはあるが、100%ピッタリ自分の体や自分の好みにあったものというのはない。また、この方式では、やはり売れ残り、すなわち完成品在庫、または需要を満たさないことによる機会損失が発生する。

これを災害対応に言い換えると「需要を予測する」ということは、「想定を設定する」ということと同義であり、「在庫または機会損失が発生する」ということと「想定外の事態に遭遇する」ということは同義である。つまり、想定外をなくすということは製造業における在庫または機会損失をなくすということと同じということである。従って、製造業が特注品生産するときと同様なマネジメントシステムをインシデントマネジメントに導入すればよいのである。

災害対応とは、確かに目に見えるモノ作りではないが、「被害を最小限に抑え、迅速に復旧するためのサービスの提供」という捉え方をすれば、結局のところ、そうゆう「サービス」を生産するための生産工程であることには変わりない。そして、そのお客様のニーズというのは災害の種類や規模毎に異なり、実に千差万別で事前に予測することが難しい。災害の事前予測、すなわち想定に基づいて災害の種類毎にいくつものテンプレート的なマニュアルを用意しておいたところで、大体、想定外の事態に遭遇し、プロセスが行き詰まるのである。

オーダーメイドにするということは、実需が発生してから必要な資源の組み合わせを考えるということである。そのためには、初めから、全ての災害対応すなわちインシデントマネジメントがオーダーメイドである、という前提でマニュアルなりを作っておく方がよい。「オールハザード対応」=「トヨタのジャスト・イン・タイム方式」=「オーダーメイドのスーツ作り」との所以である。欧米先進国の災害対応の基本的考え方はすでにココに置かれている。ICSというのはそのために標準化された仕組みのことである。

オーダーメイドのスーツは、どのように作られるのだろうか。お客様がお店に行くと、まず、体の寸法を詳細に計測するだろう、そして好みの生地や好みの色も聞かれるだろう、さらにいつ頃までにほしいのか、という納期についても聞かれるだろう。これらの情報をもとにお客様の体に合わせて設計し、お店は生地メーカーに発注し、生地を調達する。生地が届いたら、設計に合わせて生地を切り、ミシンを踏んで製作する。完成したら、お客様に連絡し、試着してもらい、万が一、体に合っていなければお店の責任で作り直すことになる。これらの一連のプロセス自体は、お客様のニーズに関わらず一定であり、普遍的なものである。そして、設計するとか、生地を切るとか、生地を縫うという機能すなわちファンクションも常に必要になり、普遍的である。しかしながら、お客様によって異なるのは、生地の種類や色であり、場合によってはそれを切ったり、縫ったりするために必要な道具も異なってくる。極めて特殊な服で専門的な能力が必要な服だったら、製作に必要な人も異なるかもしれない。すなわち、材料、道具、人など、必要な資源が異なっているのである。但し、製作に使用する生地までも一から製作するとは限らない。幾つかお店側で予め決めておいた生地の中からお客様に選んでもらうだけの場合がほとんどだろう。いちいち生地までも特注していたら、時間も費用もかかり過ぎるからである。使用する道具や人にもあらかじめ幾つかの選択肢が用意されているだろう。情報システムなどの分野では、これを「モジュール化」と呼んでいる。モジュール化をしておけば、材料や道具、人などの資源を選択肢の中から選択するだけなので、特注品でも迅速かつ低コストで製作できる。その意味では、オーダーメイドスーツでも、お客様のニーズを100%満たすものにはならないかもしれないが、それでもお店に並んでいるスーツの満足度が70%位だとすると、オーダーメイドスーツならきっと95%位まで満足度は上がるに違いない。

オールハザード型災害対応の場合も、これと考え方は全く同じである。対応に必要な資源(救助隊等の人的資源や資機材、燃料等全ての人・物・金・情報を含む。)はモジュール化しておき、選択肢として準備しておく。いざ災害が発生した場合には、各種の資源は現場に急行し、災害現場にてチェックインする。チェックインを済ませた各資源は、出番がくるまで、待機場所(Staging Area)で一旦待機する。現場指揮官は、災害状況をまず調査し、チェックイン済資源の一覧表を睨みながら、問題解決のための計画を立案し、必要な資源に対して、出動を指示する。現場指揮官は、問題が解決されているかどうか常にモニタリングし、計画の修正が必要なら修正し、追加資源が必要なら、政府なり支援団体なりに追加派遣を要請する。

米国などではすでにこの仕組みが確立されている。我が国では、災害対応のプロセスやファンクション(責任や権限を含む。)が明確になっていないから、東日本大震災や熊本地震のような大災害の場合に、現場の詳細な状況が把握されていない、ニーズが明確にならない、対応が遅れる、などといった初歩的な問題が必ず発生する。

この仕組みは一朝一夕に実現できるようなものではない。トヨタがジャスト・イン・タイム方式を確立するまでに要したことと同じだけの努力が必要になる。多能工の養成(いくつもの異なる道具を扱えるように訓練すること)、自働化、供給元企業(災害の場合には支援機関と読み替えるといいかもしれない。)との協力関係の確保など、時間のかかる努力が必要である。さらに世論の支持も必要だろう。なお、この仕組みは基本的に逆ピラミッド型の意思決定(現場主義や要請主義と言ってもいい。)を基本に置く。すなわち、災害現場が自ら積極的に意思決定しなければならないということである。現場の資源が足らない時に上部組織や外部組織に支援を求めるのはよい。しかし、現場ですべき判断までをも他人に丸投げしてはいけない。例えば救助を求めている人が多数いるときに、どのような順序やどのような方法で救助すべきかという意思決定は基本的に現場で決めなければならない。これを上部や外部の組織にまかせていては意思決定に時間がかかり、救える命が救えなくなる。現場で指揮官となるべき人がその能力に自信がないのであれば、指揮官自体を派遣してもらうしかない。

災害時の意思決定権限や情報を東京に集中させるべきだという意見もあるが、大災害時は中央集権的な意思決定システムでは機能しない(注:現在の災害対策基本法は、一応、「要請主義」が基本になっている)。

参考図書:トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして・・・ 大野 耐一