危機管理における目標管理(MBO)

目標管理(Management By Objective: MBO)と言われると、会社の人事考課に使われている嫌な制度とか、成果主義、結果重視というイメージを持つ人が多いだろう。しかし、これらはMBOから派生した人事管理の様々な派生物に過ぎず、MBOイコール人事考課ではないし、MBOイコール成果主義や結果重視でもない。一言で言えば、MBOとは、人や組織を動かすに際し、逐一ああしろ、こうしろと指示をするのではなく、達成してもらいたい結果だけを示し、それを達成するための手段や方法などは目標を与えられた人や組織に任せるとする管理手法である。企業経営的な観点からは、有名な経営学者であるピーター・ドラッガー氏が1954年に出版した「Practice of Management」という書物の中で提唱したのが最初と言われているが、民間企業などでは、目標設定を上司が一方的に行うのではなく、上司と部下が相談の上、達成可能な目標(例えば売上◯◯円をいついつまでに達成する、◯◯という新しい機能の製品をいついつまでに開発する、などなど)を設定し、その達成状況などを給料に反映させたりしている。この種の企業経営上の成果主義的なMBOは、賛否両論あり、一概にいいとも悪いとも言えないが、ここでは人事考課にリンクしたMBOを議論することが目的ではないので深入りはしない。

MBOは、役所でも使われている。政策評価法(行政機関が行う政策の評価に関する法律(平成十三年六月二十九日法律第八十六号))に基づいて各行政機関は、政策目標などを設定し、その評価を行っているが、これも紛れもないMBOである。行政経営学ではPerformance Measurementとも言われるが考え方は変わらない。実際のところ、各省庁などの目標の設定やその評価は、マンネリ化しており、この法律が意図した政策目標の効率的な達成や継続的改善などは行われていないような感じではあるが、これも当初の意図は、目標を設定し、それを達成するための手段や方法は柔軟に認め、目標の達成状況を評価の上、必要に応じて目標の修正や事業の廃止など継続的改善を実施するというものだった。役所における職員に対するMBOでは、企業のMBOのように給料などと直結したものではないためか、多くの公務員の皆さんは自分達の目標などに対する緊張感もあまりないだろう。

MBOは、米国などではインシデントマネジメントでも使用される。災害等のインシデント発生後、インシデント・コマンダーになった人は、まず、自分自身で自分自身のために目標を設定し、必要に応じて目標を達成するための組織を編成する。組織を編成した場合にも、部下に対して細かな方法や手段まで指示するのではなく、具体的な目標のみを部下に示し、あとは極力委任するのである(米国農林水産省におけるICSの例参照)。よい目標の要件は、

The SMART Concept provides the key characteristics of good objectives.
・Specific: Sufficient detail to understand what exactly must be done, but flexible enough to allow for strategic and tactical alternatives.
・Measurable: Responders will be able to know when they have accomplished the objective.
・Assignable: It can be assigned to a specific resource.
・Reasonable: There is an acceptable probability of success.
・Time-related: How long they have to accomplish the objective.

とあり、具体的であること、測定可能であること、割当て可能であること、妥当なものであること、いつまでに達成すべきかが明確であること、とされている(出典:「Setting Incident Objectives in UC」)。これは、よく考えてみれば、民間企業や政府のMBOでも同じようなことは謳われているものであり、それ自体は別に珍しいものではない。

このようにMBO自体は、その良し悪しは別にしても、幅広く世界でも日本でも企業経営や行政経営などで活用されている。また、米国などでは、災害などのインシデントが発生した後の対応作業(Incident Response)においても非常に短い時間軸の中で行われている。災害対応時の目標は、主として目標復旧時間、言い換えれば、一つの作業を終えるまでに必要な時間、一つの仕事の期限である。

現在日本政府内にて災害対応の標準化が検討されているが、このようなMBOも人と人を結びつけるための極めて重要なインターフェースであるので、目標の設定方法やその評価改善方法などもあらかじめ決めておく必要があるであろう。ただし、通常時のMBOように給料などにリンクさせる必要はなく、また、インシデントコマンダーによって与えられた目標を部下が達成できなかったからといって責任を問うというように責任とリンクさせる必要もない。逆にそのようなリンクをさせると現場の萎縮等につながる恐れがあるので弊害の方が大きくなる。

なお、一部の論文に「目標管理は軍隊型の命令・統制モデルの補完概念」だ、などとしてMBOを米国ICSの最大の特徴として紹介しているものがあるが、上記のようにMBO自体は、ピータードラッカーによって知識労働者の自己マネジメント手段として提唱されたものであって、企業でも行政でも普段から行われているものであるし、米ICSは米国消防大学校によって開発されたものであるので、基本的に軍隊型の命令・統制モデルとも何の関係もない。米国ICSでのMBOは、数多くの標準化されている要素のひとつであり、調整コストを削減するための手段のひとつにすぎない。

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危機管理における目標管理(MBO)」への4件のフィードバック

  1. ピンバック: 我が国の災害対策標準化に対する意見 | SAFETYON

  2. 目標管理とは別の話ですが、本稿の中で軍隊型の命令・統制モデルという言葉が出てきたのが気になりました。世界標準(?)では、軍隊であろうが消防であろうが指揮・統制の意味は共通であると考えます。
    試しに、米国の軍とFEMAの用語集から「指揮」という用語の意味を並べて見ます。

    FEMA(http://www.fema.gov/pdf/emergency/nrf/nrf-glossary.pdf)
    Command: The act of directing, ordering, or controlling by virtue of explicit statutory,
    regulatory, or delegated authority.
    明白な法令、規制又は代理権限に基づいて指導、指令又は統制する活動をいう
    —–
    統合軍ドクトリン(http://www.dtic.mil/doctrine/dod_dictionary/ommand)
    (DOD) 1. The authority that a commander in the armed forces lawfully exercises over subordinates by virtue of rank or assignment. Source: JP 1
     軍隊の指揮官が階級又は割当てに基づいて、隷下部隊(部下)に対し合法的に行使する権限をいう
    —-
    どちらも、法律・法令を根拠とした命令または権限ということです。(軍の場合は、統制についてもきっちり定義されていますのでそこが異なる部分ですが。)
    日本では、いろいろ調べましたが「指揮」の定義すらされないまま使われています。
    災害対策基本法(用語集なし)でも大分進歩して、指揮の階層は明確になっていますが、指揮の権限については不明確です。「○○は都道府県知事等の指揮の下に行動する」としか書かれていません。
    だいぶ横道にそれましたが、ICSの普及に当たっては今後「指揮権とは何か?」つまり意思決定システムはどうなるのかが大きな問題になると思いましたのでコメントさせていただきました。

    • コメントありがとうございます。同感します。指揮と調整の意味などを全く理解せずに、混乱して使用している方が日本には非常に多くいるようで、私も懸念しています。正確に定義した法律なども恐らくないでしょう。アメリカは「原則自由、例外規制」であり、基本として「自由」があって例外的に法律に明記されていればそれを規制できる、つまり、指揮できるという論理になるのですが、日本の場合、順序が逆で「原則規制、例外自由」のように考える人が多く、また、制度上もその辺が極めて曖昧になっているように思っています。

  3. ピンバック: 我が国の災害対応システムの標準化に対する意見 | SAFETYON

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