問題点

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我が国は、地震や台風の多い国であり、また、電力資源の30パーセント近くを原子力発電に依存し、石油資源の大半を中東に依存していることなどから、これまでにも数々の大地震、台風被害、原子力災害、大規模タンカー事故等を経験してきた。そして、その都度、数多くの問題点が指摘され、改善されたものもある。しかしながら、あらゆる災害等の危機管理に共通する問題点で、未だに解決できないものが数多くある。まず、最初に主要な災害事例からこのような問題点が何なのかを抽出してみる。

1 主な災害事例

(1) 阪神・淡路大震災

1995年1月17日午前5時46分、兵庫県南部を震源としてマグネチュード7.2の地震が発生、死者6,430人、全壊家屋104,900棟という大震災となった。被害総額は、9兆~12兆円と言われている。

この震災後、報道等により指摘された主な事項は次のとおりである。

・    兵庫県、神戸市の初期対応の遅れとまずさ、その後の救援・復旧活動の混乱

・    自衛隊の出動の遅れ

・    政府対応の遅れ

・    情報収集の遅れ

・    情報伝達手段の欠如

・    情報統合機関の欠如

・    首相・知事等のリーダーシップ欠如

日経新聞の世論調査[1]によれば、政府の対応が遅すぎると答えた人は、59%にのぼり、政府への要望事項としては、1位が「迅速な救援・救助活動」、2位が「正確な情報伝達」、3位が「指示系統の一本化」であった。

政府は、内閣総理大臣を長とする対策本部、各省庁はそれぞれの対策本部、県は知事を長とする対策本部、市は市長を長とする対策本部をそれぞれ設置し、対応にあたった。しかし、これを更に分解してみると、中央省庁では、各省庁が本省庁に対策本部、地方の出先機関に現地対策本部を作り、県などにおいても、2重3重の対策本部構造を作っていたので、全体としてみた場合、極めて多重階層のピラミッド構造となり、一体、誰が何の意思決定をすべきなのか混乱して全くわからない状態となっていた。これでは、情報が上部への伝達に時間がかかると同時にリーダーシップが欠如して適切な意思決定が行われなかったとしても、当然の結果である。

近畿地方に大地震は発生しないという安全神話はもろくも崩れ去り、災害に対する準備不足や対応システムに関する多くの問題を露呈させる震災となった。

(2) ナホトカ号重油流出事故

1997年1月2日未明、大しけの日本海(島根県隠岐島沖)において、暖房用C重油約19,000Klを積んで上海からペトロパブロフスクへ航行中のロシア船籍タンカー「ナホトカ」号に破断事故が発生した。船体は浸水し、31名の乗組員は救命ボートに避難。しかし船長は行方不明となり、後日福井県の海岸に遺体が漂着した。
船体は水深約2,500 mの海底に沈没したが、船体から分離した船首部分は強い北西季節風にあおられて数日間南東方向へ漂流し、対馬海流を横断して1月7日13時頃、越前加賀海岸国定公園内の福井県三国町安島沖に座礁した。
積み荷の重油は、約6,240 klが海上に流出。また、海底に沈んだ船体の油タンクに残る重油約12,500 klの一部はその後も漏出を続けた。
海上に流出した重油は福井県をはじめ、日本海沿岸の8府県におよぶ海岸に漂着し、環境および人間活動に大きな打撃を与えた。

被害総額は、288億円[2]と言われ、船長の他、重油除去作業に従事していたボランティア5名が死亡した。

この事故においても、指摘された問題は、阪神・淡路大震災の時とほぼ同じである。当時の橋本首相が「認識が甘かった」と認めるほど政府の初動対応は遅れた。また、政府の縦割り行政のため、被害への対応はおろか、被害状況の調査さえ、連携不足が目立った。また、油回収船の日本海側への未配備など災害に対する準備不足も指摘された。[3]

この時も、政府及び各自治体は、各組織が多数の対策本部を設置し、何階層にも及ぶ複雑な対策本部のピラミッドが構成されていた。

2 多くの災害に共通して見られる問題点

これらの大規模な災害に見られる共通の問題点としては、概ね次のような点を上げることができる。

・    救援や救助活動が遅い

・    意思決定が遅い

・    情報伝達が遅い

・    情報伝達が不正確

・    指揮命令系統が不明確

・    情報統合機関の欠如

・    縦割り行政(セクショナリズム)による責任回避

・    リーダーシップ不足

・    準備不足

これらのうち、例えば情報統合機関については、首相官邸に内閣危機管理センターが設置され、情報伝達の正確性を担保するためにヘリテレ[4]を関係省庁が整備するなど、部分的に改善されているものもある。しかしながら、多くの問題点が依然改善されていない。これらの多くは、ハードウェアの整備ではなかなか改善できない人的要素に依存する部分であり、日本文化に深く根ざしているものもある。そこで、次に日本の危機管理に根底にある文化や組織上の問題点について考察してみる。

3 日本の危機管理に見られる文化的・組織的側面

(1) 文化的側面

我が国は、よく「村社会」の文化であると言われる。では、「村社会」とは何であろうか。それは、「誰かが助けてくれる」という他力本願的な考え方を基本とする甘えを許しあう寄合的な組織文化であり、「自分の身は自分で守る」という欧米型の自律を基礎においた組織文化の対極である。このような文化においては、リスクを直視しない。すなわち、欧米のようにリスクを合理的に算定し、便益に見合ったリスクを引き受けるという習慣に乏しい。

(2) 組織論的側面

日本の行政機関や大企業は、これまで、合法的権威に基礎を置いた非常に多階層のピラミッド型組織、すなわち、伝統的な官僚制組織であった。最近でこそ、民間企業では、組織のフラット化が徐々に進行しており、様々な組織形態がとられているが、行政組織では、まだまだこの多階層の官僚制組織である。

近代国家・近代産業資本主義・軍隊など、近代組織の典型は、この官僚制である。ウェーバーによって提唱されたこの官僚制は、正確性や安定性、信頼性などの面で優れている反面、訓練された無能力(以前の状況下で適切な行動パターンだったものが、状況変化の後にも持ち越されてしまい、そのまま継続的に繰返されてしまうこと)、セクショナリズム、目標の転移(規則を守ることが手段であったにも関わらず、それ自体が自己目的化してしまうこと)等の問題を引き起こす。

また、この多階層組織は、情報の伝達に非常に時間がかかる。例えば、係員→主任→係長→課長補佐→課長→部長→次長→大臣(知事、社長など)(トップダウンの時はこの逆方向)とまともなルートで情報伝達していたら、伝達に大変な時間がかかると同時に、伝言ゲームのように情報が変形する。経済学的に言えば、多額のエージェンシー・コストがかかる。

大規模な災害が発生したような場合に、このような情報伝達を行なっていれば、意思決定や命令伝達に大変な時間がかかると同時に情報が正確に伝達されない。

また、日本の意思決定法は、特に行政組織に見られるが、基本は「稟議」である。稟議とは、「上位の偉い方々に御意向をお伺いする」という意味を持つ古い言葉であり、稟議制とは、計画や決定が、末端の者によって起案された稟議書を関係官に順次回議してその印判を求め、さらに上位官に回送して、最後に決裁者に至る決定方式のことである。つまり簡単に言うと、実務を担当する下の役人が作成した文書が、様々な関係者(上司)の印鑑を押されながら最終的に決定者(大臣や局長など)まで届く制度のことである。

辻清明は、稟議制の欠陥として、(1)能率の低下、(2)責任の分散、(3)指導力の分散などを挙げている。稟議書が様々な関係者を経ることによって意思決定まで時間がかかる。決定手続きが下から上がるため、上司はその稟議書に印鑑を押すだけとなり、自分が関与したり決定したりしているという意識が乏しくなりがちである。そして、その組織の長がリーダーシップを取ろうとしても、現実には稟議書が末端から発案され、決裁に回されるため、組織の長の思うようには動かない。実際には、稟議によらない意思決定[5]も多数あるが、稟議書を実際に回すか回さないかは別として、意思決定の方向として、下から上、すなわち、ボトムアップ型のものが多く、トップダウン型の意思決定は少ない。逆に、トップダウンで物事を進めようとしても、下からの抵抗に遭い、できないということすらある。

時間にゆとりのある平時においては、誤りが少なく、確実な実行が期待できるため、この方法でよい。しかし、時間のない危機的状況が発生した場合には、問題である。つまり、これが、先に述べた「訓練された無能力」を生み、いざ、大規模な災害が発生し、迅速な意思決定が必要な場合にも、誰か、部下がたたき台を作ってくれなければ決定できないという事態になる。つまり、リーダーシップが欠如する。

また、この稟議制が、会議能力、すなわち、複数の者が集まり、身分の上下に拘ることなく、情報と知恵を出し合うという能力を低下させる。普段から、論理的な議論する習慣を持たないためである。稟議の際、交わされる会話は、議論ではなく、「質問と答え」である。しかし、危機的状況においては、稟議によるのではなく、あらゆる情報を一箇所に集め、そこで、各組織の代表がレベルの上下に関わりなく議論し、作業割り当てを決めるという意思決定手法が重要になる。

このようにピラミッド型官僚制や稟議による意思決定は危機管理時には、弊害になる。

4 問題解決に関する一考察

上記の事例を見てもわかるとおり、日本の危機管理における根本的な問題は、災害に対する準備不足と官僚制のため迅速な意思決定を行えない組織論上の問題ではないかと推定される。

それでは、これらの問題を解決するためには、どのようにしたらよいだろうか。

まず、意思決定及び救援・救助活動を迅速化するためには、災害等の発生状況の全体が見渡せ、どんな援助が必要であり、何をどこへ配備するのが最も効果的であるか瞬時に判断できる現場に意思決定権限を委譲することである。意思決定が迅速化すれば、救援・救助活動も自動的に迅速化する。

次に情報伝達を正確化するためには、通信用語を標準化すればよい。共通の単語を使えば誤解も減る。

指揮命令系統を明確にするためには、全ての意思決定権限を現場の指揮官に与えてシンプルにすればよい。現場の指揮官以外は、あくまでも現場指揮官からの要請に応じた側面支援とすれば混乱も減る。

情報統合機関を設置するなら、現場に作ればよい。情報が最も必要なのは現場である。

セクショナリズムを排除するためには、現場の指揮部に関係機関の代表からなるプロジェクトチームを作ればよい。同じ屋根の下で意思決定ができればセクショナリズムも減少する。

準備体制を改善するためには、準備体制を評価するための標準化された評価指標を作り、各地域ごとに評価し、問題点を抽出すると同時に、各地域間に一種の競争意識を芽生えさせ、互いに刺激し合わせるという策がある。

上記の改善策を全て含んだシステムは、米国で採用されているICS(Incident Command System)と準備評価システムを組み合わせることによって実現可能である。


[1] 日本経済新聞1995年2月20日朝刊

[2] 石油連盟調べ。清掃費、漁業補償費、油回収費、船撤去費等の合計。

[3] 日本経済新聞1997年2月1日朝刊

[4] ヘリコプター映像中継装置

[5] 西尾 勝[1996]、266ページ

(参考文献リスト)

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