タイムライン(事前防災行動計画)に関する疑問

台風10号の本土接近に伴い台風関連のニュースが増えており、昨日のNHKでは、台風に対する事前防災対策で米国では「タイムライン」と呼ばれる手法が幅広くとられているかのような報道があった。国土交通省などが検討しているようだが、この手法がとれるのは、台風など、ハザードの発生からインシデントの発生までに時間的余裕がある災害に限られており、しかも、台風にもピンからキリまである。

まず、米国でさも幅広く導入されているかのような報道だったので、検索してみたが、「timeline hurricane」 などでは、全く報道されているような防災行動計画はヒットしない。そこで、日本で紹介されている資料でNew Jersey州にて導入されており、成果を上げていると記されているので、「timeline new jersey sandy」としても、Sandy災害に関する時系列の履歴としてのTimelineが出てくるだけで、事前防災対策としてのTimelineなどという資料は、ひとつも出てこない。そこで更にこのキーワードにpreventionを加えて、「timeline new jersey sandy prevention」とググるとやっとそれらしい英文資料が表示されたので開いてみたら、なんとそれは日本の国土交通省がアップロードした資料だった。国土交通省が嘘をついているとも思えないのでニュージャージ州ではそのようなtimelineもどきの内部資料が確かにあるのかもしれないが、検索してみた限りにおいては、ニュージャージー州として公表されている資料もなく、また、全米で幅広く導入されているという形跡もない。New Jersy Office of Emergency Managementにも”Timeline”などという仕組みの紹介は皆無である。

NHKで紹介されていたタイムラインという手法は、プロセスアプローチによって資源配分をしようとしているに過ぎないだろう。プロセスアプローチとは、時間軸に沿って成すべき仕事を定義し、それに対して資源(人、物、金など)を割り当てていく手法である。プロセスアプローチ自体は、さまざまなマネジメントシステムにて導入されているもので、決して珍しいものではない。ただし、このプロセスアプローチは、インプットからアウトプットまでの流れが明確に定義できる場合に限られる。企業の商品生産であれば、作るべき物は明確であるし、それに必要な原料や工程もすべて明確にすることができる。しかし、災害の場合はどうか。一部のパターン化した台風だけを取り上げれば、それに対する対応策のプロセスは確かに明確にできる。しかし、通常の災害は千差万別でどのような形で襲われるか予測もつかないものばかりであり、何の予告もなく、突然やってくるものばかりである。台風は、発生から上陸まで数日という余裕があるが、他の災害にそのようなものはない。

そもそも、米国の防災はオールハザードを基本にしている。すなわち、個別のシナリオに基づいて防災計画を立てるのではなく、どんな種類の災害に対しても対応できるよう柔軟なものになっている。その基本にあるのは、プロセス・アプローチではなく、「ファンクショナル・アプローチ」である。米国インシデント・マネジメント・システム(NIMS)にも書かれているように、現場においてはICS(Incident Command System)、支援活動についてはESF(Emergency Support Function)を採用し、いずれもファンクショナル・アプローチ、すなわち、時間軸や災害種類にとらわれない機能(Function)が基本に置かれている。オールハザード防災の核はこのような「ファンクショナル・アプローチ」である。従って、私には、米国が日本で紹介されているような「タイムライン」なる手法を幅広く推奨しているとは、信じがたい。ごく一部の州がハリケーン対策のためだけに独自にタイムラインなる手法を使っているのかもしれないが、あまり、一般的なものではないはずである。

なお、インシデントとは必ずしも実害の発生を意味しないので、ハリケーンの発生をもって、インシデントの発生と解釈し、ICPを立ち上げ、指揮官を置くということもできるはずであり、そうなると通常のインシデント・マネジメントである。恐らく、普通の州ではそうやっているのではないだろうか。

いずれにせよ、このタイムラインなる手法を進めようとしている人々は調査が不足しているのではないだろうか。全米標準のインシデント・マネジメント・システムとの関係を含め、理論的説明が全くない。単純に「アメリカでやってうまくいってますよ。」という主張をしているに過ぎないようだがそれにしてもその証拠もあまり見当たらない。この手法は、伝統的なシナリオベースのアプローチの一種であり、オールハザード化に逆行するものなので、当方から見ると、あまり、望ましい手法とは思えない。

政府の危機管理組織の在り方について(最終報告)

http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kaigou/saishu/index.html

上記の副大臣会合報告書だが、主たる目的は防災庁、言い換えれば、日本版FEMAは当面作らないという結論を出すことにあるのだろう。この点はいい。しかし、この報告書が出されてから、現在に至るまでの状況を見ていると政府のサボりが目立ち始めているような気がしてならない。いくつかの点について指摘したい。

1.「調整権限」

この報告書では、「調整権限」という表現を多用している。しかし、何か勘違いしていないだろうか。「調整」とは、英語でいう「Coordination」の和訳であり、幾つかの国際条約の邦訳としても法的に定着している法律用語でもある。しかし、「調整」は「関係者の合意によって意思決定する行為」である。「相手の合意がない場合でも意思決定できる行為」は「指揮統制」や「指示」または「命令」である。相手との合意を見出す行為に権限が必要だという考え方がそもそもおかしい。調整は任意に誰が誰とでも基本的に行うことができる行為であり、そこに権限などは必要ない。指揮統制や命令ならば当然何らかの権限が必要であるが、調整に権限が必要だと考えているのはどのような理由によるものなのか。「米国FEMAには強力な調整権限があり・・・」(この認識は誤りである。)のような書き方をしているので、その辺りに理由があるのかもしれないが、調整に強力も弱いもない。調整は調整であり、それに強弱はない。(⇒日本版FEMAには多くの誤解がある

日本の役所には、「総務課」とか「企画課」などという名称の、主として関係課の調整を所掌事務としている組織がある。概ね、この種の課の仕事は、窓口業務がメインであり、書類を右から左へ転がしているだけなのだが、緊急時における日本的な「調整」を主要業務とする新しい役所が出来たらどうなるか。書類の右から左への転送が増え、伝言ゲームが増え、経済学でいう「エージェンシーコスト(代理人コスト)」が増え、かえって意思決定が遅れるだけだろう。

「調整」や「指揮統制」という語を混乱して使用している学者も多い。この二つは根本的に違うものであり、調整は「場所」や「委員会」で行われるよう義務付けたり、レイゾンオフィサーを指定させることはできても、誰かに権限がないと実施できないというようなものではない。東大法学部を出た優秀な政府の事務官までもがトンチンカンな混乱はしてほしくない。

 

2.省庁横断的な対応(「縦割りではない対応」)

この報告書、これまでの政府による対応が「縦割り」だったということを認めたという意味では革命的であると思う。この縦割りを排除するために「日本版FEMA」、「現地調整」、「オールハザード(災害対応の標準化)」などの視点で議論されている。

①日本版FEMA

この報告書では「現段階において、政府における統一的な危機管理対応官庁の創設等中央省庁レベルでの抜本的な組織体制の見直しを行うべき積極的な必要性は、直ちには見出し がたい。」として、直ちに日本版FEMAを作る必要はないとしている。この認識は正しい。日本版FEMAについては、一部の勉強不足の学者や事実関係をよく認識していないマスコミが騒いでいるだけで、巨大な組織を作れば災害対応がよくなるという理由は全くない。エージェンシーコストが増え、意思決定が遅れるるだけである。日本の場合、今でも身動きがとれないほど政府部門が巨大すぎる状況であり、これを更に巨大化するような組織を作っても何もよくならない。

②現地調整

最近では「現地合同指揮本部」が関係省間で設立され、その場で調整されることが多くなった。ひと昔前にはそれすらなかったが、一定の前進であると考えられる。

③オールハザード(災害対応の標準化)

「我が国において発生が懸念される様々な災害・事故等はそれぞれ異なる特徴を有 しており、対応に必要とされる専門性も異なる一方で、災害対応について共通する 部分の標準化は重要であるところ、災害対応の標準化については、中央防災会議の 防災対策実行会議の下に設置することとした災害対策標準化推進 WG や関係府省庁 の ICS 実動省庁 WG で検討を行っている。 」とあるが、実際には何年か前に、次の報告書を出してから、次のステップへと前進しようとしている痕跡が見られない。

http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kentokai/kentokaigi/

この報告書に基づき、本来は、関係省庁間で更に検討を進めなければならないはずだが、「報告書出したからもうおしまい」と思っているのではないだろうか。実際には、現場における標準化されたマネジメントシステムの存在が効率的な震源配分や意思決定のための最も強力な武器となる。この点をおろそかにするともう一発巨大な災害をくらったときに非常に大きなツケを払わされることになる。

 

3.短期人事異動の改善

「現在の我が国政府における職員配置を見ると、多くの職員が2年程度の期間で次 のポストに異動することが通例となっている。特に、内閣官房(事態対処・危機管 理担当)及び内閣府(防災担当)については、職員数が必ずしも多くない中、他省 庁からの出向者が職員の多くを占めるため、その傾向が顕著であり、防災・危機管 理に関する専門性が組織として蓄積されにくい状況になっている。 」と問題は認識しているようだが、だから、どう改善していくかが全く書かれていない。この巨大な素人集団に少しでもプロフェッショナルを増やす努力をしなければ、ツケが大きくなるということぐらい子供でもイメージできる。

 

震災から5年も経つと、もうホトボリが覚めたような感じになり、政府役人もサボりたくなるのかもしれない。

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Italy earthquake: Before and after images show destruction – BBC News

Images from before and after an earthquake struck central Italy show the huge scale of the disaster.

情報源: Italy earthquake: Before and after images show destruction – BBC News

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Does M6.2 earthquake have a power to destroy a town?  This is a big surprise for us.  Maybe the earthquake center was very close to the ground surface.  But anyway, BBC’s comparison photos gave me a big shock.

European houses are made from bricks.  On the other hands, Japanese houses are made from woods.  If they were made from woods, probably small spaces for human-being to survive for some hours would be left even if the houses were collapsed due to the earthquake. However, probably, no space for human-being will be left if brick made houses are collapsed.

Two big earthquakes, M6.5 and M7.3, hit Kumamoto Japan last April.  The number of total death in these earthquakes was 50.  But Italian earthquake’s death toll has already reached at least 250.

Italian rescue teams do every efforts for search and rescue activities for survivors, but I believe probably the largest issue is how to mitigate the damage to the houses for earthquake.   We cannot recommend them wooden houses, but something should be considered for architecture of houses.

M6.2で、こんなに破壊されてしまうのだろうか。よほど震源が浅かったのだろうが、それにしても、この地震の前後の比較写真には驚かされる。欧米はレンガ作りの家が多いため、このような倒壊の仕方をするのだろうか。日本の熊本地震の家屋の倒壊もすさまじかったが、これを見ると、まだ、木造の方がよい、と思わざる得ない。木造だったら、家が振動に耐えられなくてつぶれたとしても、まだ、そこに生存空間ができ、何時間か生き延びられる可能性がある。しかし、レンガ作るの家が倒壊した場合、直ちにレンガの下敷きになり、生存空間ができる可能性もないのではないだろうか。

熊本地震での地震による直接死者は、4月に発生したM6.5とM7.3の2回の地震で、50人だった。しかし、イタリア地震では、M6.2であるにも関わらず、すでに250人に上り、さらに増加する可能性があるという。

こんなに死者数が多いのは、救助活動の問題以前であり、建築物の構造規制の問題が大きいのではないだろうか。欧州の人に「レンガ作りの家はやめろ」とは言えないかもしれないが、何か考えた方がよいように思う。

東京オリンピックの警備と防災

リオデジャネイロオリンピックが終わった。過去最高のメダル数だったし、非常に多くの感動があった。最後の閉会式で土管の下から湧き出てきた安倍総理大臣だけは余計だったが、ドラえもんを使ったアニメーションも非常によかったように思う。

リオでは選手村の水回りの不良が相次ぎ、卓球の福原愛の部屋のトイレが故障し、言ってもなかなか修理に来ないので自分で直してしまった、というエピソードは有名だが、東京でやる限り、このような間の抜けた品質不良のサービスが提供される可能性はまずない。町中で選手が泥棒に遭ったり、殴られたりという事件がリオでは多発したようだが、これも日本では発生しないだろう。日本は、未だに犯罪に対する安全性や物やサービスにおける品質の面では、世界一だろうと思う。

ただし、東京オリンピック中に大規模災害やテロなどの大規模インシデントが発生した場合に、関係機関が横のつながりを密にして、効率的なマネジメントを実施できるか、という視点で見ると、非常に心もとない。この点では制度的に見て、先進国中、最低最悪の期待値とならざる得ない。

東京オリンピックともなれば、警視庁が全国の警察から応援を受けて、間違いなく、厳重な警備を大規模に実施するだろう。しかし、リオでもそうだったが、東京でも、恐らく、非常に多くのボランティアが様々な面で参加するはずである。自衛隊や消防などもそれぞれの分野で警備や防災などに従事するだろう。更にセコムやALSOK等の全国の警備会社約9000社も東京オリンピックの警備で協力するという。このように、関係者や関係機関が多くなると、ひとたび、大事件や大災害が発生した場合、その意思決定が遅延・混乱し、現場が大混乱する、というのが日本の歴史上の事実である。東日本大震災や熊本地震の場合、被害者は基本的に日本人だけだったが、東京オリンピックの最中にこんなことが起きれば、被害者は全世界のアスリートや観光客になり、そのステークホルダーは全世界に及ぶ。国内関係機関のみならず、全世界のステークホルダーを融合的にマネジメントして、インシデントに対応する能力は、今のところ、日本にはない。

唯一、これを可能にする方法は、全関係機関が標準化されたインシデント・マネジメントを採用し、発生したインシデントに対して、柔軟にその組織規模や構成機関を変更して、対応にあたることである。インシデント・マネジメントを標準化するということは、それほど難しいことではない。緊急時に編成する組織の機能や用語、組織の編成方法、意思決定のプロセスや実施計画書のテンプレートなどを事前に決めて統一マニュアルを策定し、関係機関がそれを熟知しておけばよいのである。このような標準化によって組織化コストが削減され、調整及び意思決定が改善され、資源の最適配分も達成されやすくなる。

米国のインシデント・コマンド・システム(ICS)も、オリンピック警備などですでに採用されており、有効に活用されている。ICSは、災害などのインシデントが発生した後に編成される現場組織に適用されるものと思われがちだが、それに限定されることはない。警備体制というのは、何かの犯罪インシデントの発生に備えての事前体制のことだが、ひとたび、実際にテロなどのインシデントが発生した場合には、資源を追加投入し、対応組織を拡大していかなければならない。このような拡大をシステマチックに行うための仕組みとして、そもそもICSのような標準化されたシステムは存在しているのであり、何も発生していない時点では、会場を巡回している警備員とその指揮官が小規模な組織の中で運用されるだけのことである。

最近、アメリカのICSの真似事をする民間団体も多少あるし、政府でも、統一用語、統一マニュアルを作ろうとしている痕跡は多少ある。ただし、まだまだ、標準化のメリットをよく理解している人は皆無に近く、先は遠い。東京オリンピックで日本の醜態をさらけ出さなくても済むように頑張ってもらいたいものである。

 

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400mリレー銀は「カイゼン」の賜物

リオ五輪での陸上男子400メートルリレー銀メダルはすばらしい。個々の選手の速度は100メートル10秒台であるにも関わらず、100メートル9秒台を出す選手を並べてきた他国に勝ったからである。通常は、リレーではバトンを上から渡す。しかし、日本チームは下から渡すことにした。これだと、バトンを落とすリスクは高まるが、後続選手の初速度が落ちないため、個々の選手の速度で劣っていても、全体としてのパフォーマンスが「カイゼン」されるというものだ。このリスクを下げるため、相当繰り返し練習したのだろうが、非常に感動的だったのと同時に、この戦略には日本らしさを感じる。

このバトンパスは、よく考えてみれば、日本の製造業などがかつてよく工場で実施してきた「カイゼン」活動と全く同じであろう。どこに、ムリやムダがあるのかを皆で徹底的に議論し、改善して全体としての品質を向上させる、これは多くの企業でかつて実施されていたことだと思う。これが日本ブランドは品質がよいという評価につながった。

このように、このバトンパス、「カイゼン」であると同時に、4つのプロセスのインタフェースを「最適化」したものであり、最もよいやり方の「標準」を自分たち作って全員で実施したもの、ということもできる。すなわち、「標準化」でもある。

一見、関係なさそうに見えるスポーツのリレーと、企業での生産工程、実は考え方は同じだ。チームとしての生産性、パフォーマンスを上げるためには、チームを構成する個々の個人や組織などの構成要素のインターフェースのカイゼン、最適化、標準化が常に必要となる。「カイゼン」「最適化」「標準化」は、スポーツでも、ビジネスでも、そして、危機管理でも必要になる。危機管理用の組織最適化ツールが米国などのICSである。

 

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非常時のコミュニケーション

災害や事故の大小にかかわらず、自分一人の力で全てを解決できる場合を除き、災害をマネジメントするために必ず必要になるのがコミュニケーションである。ただし、これは、必ずしも携帯電話や無線による電気的な通信という意味ではない。人と人、人と物、物と物との間のあらゆる次元での情報を含む資源のやり取りを意味するものである。

コミュニケーションという語から瞬間的にイメージされるのは携帯電話などの物理的な通信手段であろう。しかし、これは情報が流れるための物理的な「土管」に過ぎない。例えば、言葉が全く通じない外国人が電話機の向こう側にいたとしよう。この場合、いくら携帯電話や衛星電話で相手とつながっていたとしても、全く情報は相手に伝わらず、相手からの情報もこちらに伝わらないということになる。

相手との間でコミュニケーションが成立するためには、まず第一に、お互いが共通言語を持っているということが必要になる。日本人と外国人との間では、通訳人を介さないとコミュニケーションは成立しないが、日本人同士であれば概ね可能である。では、日本人同士であれば、常に100%コミュニケーションが成立しているかというと決してそんなことはない。同じ日本の中でも様々な方言がある。方言とは、特定の地方や田舎に特有の発音や単語だが、方言がきつい地方を旅行すると、ほんとに同じ日本人同士でも何を言っているのかわからない。

では、方言のない標準語を話す日本人同士なら常にコミュニケーションが成立しているだろうか。よく考えてみればそんなことはない。ある分野の専門家と呼ばれる人達が、普通の人たちには全くわからないような専門用語を羅列して、専門外の人に向けて説明している場面がよくある。この場合、専門用語というのは、ある分野で働いている人々に特有の方言のようなものである。こうゆう、専門用語が多い話というは往々にして聞いていて眠いものだ。「自己満足もいい加減にしてくれ!」と文句のひとつも言いたくなる。

専門用語という範疇に入るか入らないかわからないような業界用語や企業内用語というものも非常に多いし、同じ単語でも企業によって異なる意味でつかわれているというようなことも非常によくある。例えば、「営業」という仕事は、企業Aでは単なる「販売」だが、企業Bでは「販売+市場調査+顧客サービス」などということもある。「企画」などという業務は非常に曖昧で、本来は何か新しいことを考えるのが仕事なのだろうが、往々にして複数部署の利害調整だけが仕事であったりする。

更に言えば、異なる単語が同じ意味で使用されているということもある。いわゆる「同義語」であるが、「ピンポン」と「卓球」が同じスポーツであるということぐらいなら、普通の人でもわかることだが、ある企業の「企画部」と他の企業の「総務部」が全く同じ仕事をしているということだってあるだろう。このような場合は組織の定義を聞いてみるまでは、同じかどうかは全くわからない。

このようにコミュニケーションというものは、単に携帯電話や衛星電話のように情報の流れる「土管」を用意しただけでは十分ではなく、その「土管」を流れる情報の定義のひとつひとつが、「土管」の出口で待っている人間の全てに理解できるものになっていなければコミュニケーションは成り立たない。情報の送り主と受け手の間で情報の定義にギャップがある場合、そこに「組織化コスト」が発生する。母国語が異なる外国人との間でコミュニケーションを図ろうとすれば、お金を払って通訳人を雇わなければコミュニケーションができないのと同様に、難しい専門用語を使って説明しようとすれば相手にまずその専門分野を学んでもらわなければならないので、そのための時間や教育のコストが必要になってくるし、同じ単語が異なる意味で使用されていたり、異なる単語が同じ意味で使用されているような環境では、まず、その違いに気づくまでにかなりの時間(コスト)がかかり、違いに気がつかないままの状態で、複数の人が協力して仕事をしていれば、そこに不必要な問題が発生し、その問題解決に不必要なコストが発生してくるものである。

時間に比較的ゆとりがある通常時であればこのような組織化コストはあまり大きな問題にはならない。しかし、一刻を争うような非常事態にこのようなコストが発生していると救える命が救えなかったり、致命傷を回避できたはずの物理的資源が致命傷となったりする。従って、このような組織化コストが時間のない非常時にあまり大きくならないよう、如何にして事前にそのためのコストをかけておくことができるかに非常時のマネジメントが成功するかどうかはかかっていると言える。

以前にも書いた標準化(標準化とは何か)は、そのための唯一の手段である。標準化は、それを幅広く実施しようとすればするほどそのためのコストは大きくなる。しかし、自己の組織及びイザというときに協力しなければならない組織等の間でだけでも標準化ができていれば、非常時の組織化コストはかなり下がる。

マネジメントとは、その大半はコミュニケーションの問題であろう。権限や仕事の割り当てという問題も、結局のところ、ある単語に特定の権限や仕事の内容を紐づけた「定義」の問題に過ぎない。

 

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保健所のICS

災害対応の業務における問題
・市役所と保健所でマニュアルの内容が異なる。 (方針が異なって調整されていない。)
・情報が来ない。
・連絡を取ることもままならない。
・上からの指示が来ない。
・自分たちの役割がわからない。
・市でも保健所でも同じ内容の会議をしている。
・ここの責任者は誰だ? ・A病院はいっぱいなのに、B病院は患者がいない。 (資源の活用アンバランス) などなど

災害時に起きる問題の 大部分は、 技術・知識の問題ではなく、 管理の問題です。

情報源:ICS理論から入る 危機管理調整システムの理解 – 全国保健所長会

ネット上にあるICS関係の資料は、誤解が多く正しく理解していないものが非常に多いのだが、この資料は、正しい理解に基づいた非常に良いプレゼンテーションだと思う。ICSは、アメリカの真似をしてICSごっごをしたところで何かが直ちに改善するというようなものではないので、このプレゼンテーション資料にあるようにその背景にある理論を学び、なぜ、このような仕組みを標準化することが合理的なのかを理解し、自分たちで、自分たちの組織に合わせて、仕組みを構築することが非常に重要である。

保健所や病院は、災害時に大混乱をする最前線であり、たぶん、現場でのマネジメントの重要性が理解できるのだろう。この資料からは真剣さが感じられる。もっと、このような理解を促進する必要がある。