通常活動とインシデント

スライド1我々は、日々、職場に行って仕事をし、家庭では勉強や余暇を楽しみ、そして、朝昼晩と食事をし、夜間は睡眠をとって体を休める。これらを「活動(Activity)」と呼び、職場での活動を「事業活動」、家庭で勉強や余暇を楽しむ活動を「私的活動」、食事や睡眠をとる活動を「生命活動」と呼ぶこととする。これらの活動には、基本的に何かの目的があるが、それらは、明確に意識されている場合もあれば、無意識的な場合もある。また、短期的な満足を目的にしたものもあれば、長期的なものもある。更に、同じような活動に見えても、その目的は、人によって認識や理解が異なることもある。しかし、全ての活動には必ず何らかの目的があり、その目的を達成するために、何かがインプット(入力)され、それらを使って、何かがアウトプット(出力)されている。

スライド2最もベーシックな活動は、「生命活動」である。人の生命活動では、食事や睡眠等がインプットされ、考えたり、体を動かしたりするために必要な基本エネルギーがアウトプットされている。「事業活動」では、人的資源やお金、材料等がインプットされ、商品やサービスがアウトプットされているし、「私的活動」でも、旅行やスポーツ、読書等で余暇を楽しむ行為がインプットされ、仕事等をするために必要な活力や能力等がアウトプットされている。

我々が日々営んでいる活動は、複雑に連関しており、ある活動のアウトプットは、別の活動のインプットになる。例えば、車の部品を作るという事業活動のアウトプットである部品は、完成車を作るという事業活動のインプットである。また、人の生命活動のアウトプットである基本エネルギーは、その人が携わっている事業活動のためのインプットであるし、ある事業活動のアウトプットである食料品は、人の生命活動のためのインプットである。

スライド1そして、個々の活動は、時として、事故や災害、病気、犯罪等によって阻害されたり、中断や停止を余儀なくされることがある。このように、何らかの活動を阻害し、中断や停止させるような出来事は「インシデント(Incident)」と呼ばれる。インシデントには、様々な種類があり、また、その規模も時と場合によって大小様々である。例えば、ある人が乗用車を運転していたとき、大型トラックと正面衝突して、車は大破、本人も重症で病院に救急搬送されたとしよう。これは、「車同士の正面衝突」というインシデントによって、運転者の生命活動が阻害され、危機的な状況に陥ったということである。もし、死に至るような事態になれば、その影響は甚大であり、その人が関わっている私的活動や事業活動の全体または一部も停止する。なお、このインシデントによって阻害される活動は、運転者の生命活動だけではない。道路が警察による実況見分などのために封鎖されてしまえば、「当該道路を走る車による輸送活動」という一種の事業活動も一時的に阻害されることになる。

正面衝突とまではいかなくとも、車をバックさせたときに電信柱にぶつけて車のバンパーをヘコましてしまったというような軽度の事故も「ちょっとした自損事故」というインシデントであることには変わりない。この場合、運転者には何ら怪我がなかったとしても、車が損傷し、その修理に1日かかるとすれば、その車によって実施されていた活動が、その間、一時的に阻害されることを意味する。

ところで、時には、事故が発生する直前に急ブレーキを踏んで衝突を回避できることもある。この場合、運転者には怪我もなく、車にも何ら損害はない。しかし、これもインシデントである。このような場合、一見、如何なる活動も中断や阻害されていないように見えるが、この急ブレーキによって、予定到着時間に若干の遅れが生じていれば、やはり、当該車による活動がその間だけ阻害されたことになるからである。

なお、インシデントによって、阻害されたり、中断や停止させられる活動は、必ずしも、人間が自ら行う活動とは限らない。機械が自動的に行う製造工程やコンピューターシステムなどの物を故障させたり、コンピューターの中の情報を盗むウィルスに感染するような出来事もインシデントである。

いずれの場合でも、ある活動のアウトプットが必ず他の活動のインプットになっていることを考えれば、インシデントの発生によって、ある活動のアウトプットが減少すれば、連鎖反応的に他の活動のアウトプットも減少していくことになる。従って、インシデントが発生した場合には、そのような連鎖反応的な拡大を防ぐための迅速な対応が必要となる。

 


(NOTE)  インシデントの定義

分野によっては、インシデントの意味が狭く捉えられ、インシデントとアクシデントが区別されている場合がある。例えば、医療分野では、誤った医療行為などが患者に実施される前に発見されたもの、あるいは誤った医療行為などが 実施されたが、結果として患者に影響を及ぼすに至らなかったものがインシデントであり、医療行為の中で患者に傷害が及び、既に損害が発生しているものはアクシデントと言われる。

航空分野では、国際民間航空条約(シカゴ条約)第13附属書にて、航空機の安全な運航に影響を与える出来事のうちアクシデント以外のものがインシデントであり、実際に乗客や機体に損害を出してしまった出来事はアクシデントと呼ぶとして明確に定義されている。インシデントの例としては、航空機同士のニアミス、機内での煙の発生や気圧の異常低下、発電機の故障、オーバーランなどがあげられる。

更に原子力分野でも、IAEA(国際原子力機関)が発行している”IAEA Safety Glossary” に定義があり、原子力災害を、小規模なものから順に、Level 1 (anomaly)、Level 2 (incident)、Level 3 (serious incident), Level 4 (accident without significant off-site risk)、Level 5 (accident with off-site risk)、Level 6 (serious accident)、Level 7 (major accident)の7段階 に分け、Level 2と3をインシデント、Level 4以上をアクシデントと呼んでいる。

これらとは対照的に防災や事業継続マネジメント(BCM)の分野では、インシデントとアクシデントの区別がない。例えば、事業継続マネジメントシステムの規格を定めたISO22301では次のような定義がある。

Incident = “Situation that might be, or could lead to, a disruption, loss, emergency or crisis”  (ISO22300(2.1.15)) 「中断・阻害、損失、緊急事態又は危機になり得る又はそれらを引き起こし得る状況」

上記を素直に読めば、やはり、実害が実際に発生する前の小規模な出来事を指すようにも解釈できるが、実際問題として、小さな災害がまた別の災害を引き起こし、大きくなっていくことが常であるので、実害の有無に関わらず、すぐに消し止められた小火のような出来事から大津波が一気に町を破壊してしまった東日本大震災のような出来事まで、包括的に全てインシデントと呼ばれる。米国でも国としての災害マネジメントのシステムは「National Incident Management System」と呼ばれているが、ここでいうインシデントの意味は、ISOの定義に等しい。

我が国では、インシデントが「危機」と訳されている場合もあるが、これにピッタリと相当する日本語が存在しないというのが実情である。東日本大震災のように最初から大災害のものもインシデント、日々発生しているような交通事故、医療過誤、航空機のニアミス、火事、工場での生産ラインの停止、製造ラインへの農薬混入、パソコンのウィルス感染等も全てインシデントと呼ばれる。なお、適当な日本語が存在しない以上、インシデントは外来語として取り扱われるべきである。

なお、医療事故や航空機事故、原子力事故のように災害の種類が限定される場合には、インシデントとアクシデントの違いをその規模に応じて定義することも可能であるが、地震や津波等の複合的な災害をイメージする中では、結果の規模のみによって、そのような区別を定義することは極めて難しい。英語にも、災害や事故を意味する類義語として、Incident, Accident, Disaster, Distress, Emergency, Crisis等があるが、概念としてはなんとなくイメージすることはできても、複合的な災害に対応するための制度的なマニュアル等の中で、種類を限定して規模に応じた区別をすることは難しく、また、そのようなことをする意味もあまりなければ得策でもないので、欧米でも、これらを包括的に”Incident”と呼ぶことが最近は多くなっている。筆者も、インシデントとアクシデントとの区別等はしないで、全てを「インシデント」と呼ぶ。


 

 

 

流言(デマ)の基本法則

北朝鮮と米国の間の緊張が高まっているが、このような状況は、非常にデマが拡散されやすい。実際に韓国では、4月27日に米国が北朝鮮を空爆するなどというデマが拡散され、韓国政府がそれを打ち消すのに一苦労している。

デマに関しては、G.W.オルポート(1897-1967)による『流言(デマ)の基本法則』がある。

R=I×A

R=“流言(デマ)の流布量(Rumor)”

I=“内容の重要性(Importance)”

A=“内容の曖昧さ(Ambiguity)”

つまり、人々の関心が高いインパクトのある事象で、かつ、それに関する情報があいまいで正確性が低いものに関連する情報ほど、人々はそれを「ウワサ(Rumor)」として、拡散してしまうというものだ。そして、現代は、SNSなどのネットツールが存在するので、そのデマは瞬時に右から左へと転送され、数万から数百万人にアッという間に広がってしまうだろう。逆に言うとAがゼロ、すなわち、曖昧さのない正確な情報が流れていれば、デマの量は減ることになる。

まだ、日本国内で観測された悪質なデマはないようだが、これから、人々の関心や不安が高まるにつれ、デマが拡散される可能性は高まる。なお、そもそも、リスクとは、人によって感じ方が異なるものであり、人間の主観に基づくものである。従って、ある特定の事象のリスクが高いと感じる人が、それに共鳴するような感じ方をする人々の間でそのリスク感が共有されていくのは仕方のないことである。しかし、リスクとは想定される被害規模とその発生確率をかけあわせたものであって、何一つ確実なことはない。「米軍が27日に爆撃する」などというのは、可能性としてはゼロではないだろうが、よく考えてみれば、米軍がそんな発表をするわけがないし、実際に発表されてもいない。憶測の域を出ないということはわかるはずである。

なお、そうゆう可能性もあるかもしれないと考えて準備しておくのは決して悪いことではない。むしろ、そのような慎重さは必要であると言える。しかし、根拠のない憶測が不必要に広がってしまうとパニックが発生する。一人一人が情報の信憑性を慎重に評価し、無暗に拡散しないように努める必要がある。

那須雪崩事故:改善可能なポイント

今回の雪崩事故に限らず、事故には必ず負の価値連鎖があり、その負の連鎖のどこかが断ち切られていれば8人もの死者を出すという最悪の結果には至らないものである。不幸なことに、AかつBかつCかつDという位に何重にも負の要素が重なったため発生したということであり、我々は、そのような連鎖をどこかで断ち切る努力をしなければならない。そこで、どのような部分で改善が可能なのかについて、頭の体操をしてみると次のようになる。

リスクとは、一般的に、Likelihood(被害の発生確率)とConsequence(発生した被害の大きさ)の積、すなわち、負の期待値として定義される。従って、雪崩インシデントのリスクを減少させる方法は、雪崩インシデントによる被害の発生確率を下げる方法と発生した被害の拡大を防ぐ方法の2つに分かれる。

 

1.被害の発生確率を下げる方法(Reducing Likelihood)

被害の発生確率を下げるための対策は、防災分野では、予防(Prevention)や減災(Mitigation)などと呼ばれることもあるが、細分化すると次の3つに分かれる。

(1)ハザード自体の削減(Reducing Hazard)

 雪崩インシデントを引き起こすハザードは、斜面に降り積もり、滑りやすくなっている雪である。これに更なる何らかの外的要因、例えば、大きな音や強い風、気温などの要素が加わり、それらに起因して大量の雪が斜面を滑り始める。従って、そもそものハザードである滑りやすくなっている雪を取り除いてしまえば雪崩インシデント自体が発生しない。そのための方法としては、空砲を発射したり、何かを爆発させることによって、大きな音を発生させ、その大きな音波によって雪崩を人為的に起こさせてしまう方法がある。一度、大きな雪崩を起こしてしまえば、更なる雪崩はすぐには発生しない。

(2)顕在化の抑制(Reducing Exposure)

 英語の「Exposure」には「隠れていたものが見えるようになる」という意味がある。ハザードも通常は隠れていて表に出てこなければ問題はない。ハザード自体を取り除くことができない場合でも、それが我々の目の前に現れ、危害が加えられるような状態にならなければ問題はない。このように、あるハザードによりインシデントが発生したとしても、それが我々の目の前に現れないようにすることを「ハザードが顕在化しないようにする」と表現する。このための方法としては、ハザードの周りを何か頑丈なもので固める、ハザードとの物理的な距離を広げる、時間的にハザードが顕在化しにくい時間帯を選ぶ、などの方法があるだろう。言い換えれば、物理的空間や時間的空間をマネジメントすることによって、インシデントが発生したとしても、それが直接的に我々の身に及ばないようにすることである。

 雪崩を引き起こすハザードが顕在化しないようにするためには、そもそも冬山に入らない、雪崩が発生しやすい時間帯や季節、気象条件のときには山に入らない、顕在化しそうな時には専門家が警報を発令して人を近づけない、山に入ったとしても短時間で下りてくる、山に入る人の数を必要最小限にする、などの方法があるだろう。

(3)脆弱性の削減(Reducing Vulnerability)

 (1)のハザードの削減は、戦争に例えれば敵を攻撃して殲滅することを意味し、(2)の顕在化の抑制は、敵との距離を離しておくことを意味する。これに対し、脆弱性の削減とは、防御力、守備力を高めるということを意味し、自らの弱点を補強し、インシデントが発生し、それが自らに及んで来たとしても、守りきるだけの力をつけるということである。

 雪崩インシデントに対する脆弱性削減の手段としては、例えば、雪崩防護柵やスノーネットを訓練エリアの周りに張る、あるいは、もっと直接的に雪崩に襲われた時に膨み自分の体が雪の中に埋没することを防ぐ「アバランチ・エアバッグ」を身につけておく、などの方法がある(ただし、あまり一般的なものではないかもしれない)。

 

2.被害の拡大を防ぐ方法(Reducing Consequence)

被害の拡大を防ぐための手段は、準備(Preparedness)、対応(Response)及び復旧(Recovery)という3つのプロセスに大きく分解することができる。

(1)準備(Preparedness)

万一の遭難に対しての備えは、救助される側と救助する側の双方で必要な準備がされていなければならず、双方の連絡体制や遭難時に必要となる装備が備えられ、かつ、必要な訓練が実施されていなければならない。なお、雪崩インシデントへの対応を想定する限り、登山者自らが救助される側にも救助する側にもなりうる。仲間が雪崩に巻き込まれた場合、山岳救助隊などの支援を求めるのは当然のプロセスだが、その到着までには相当の時間を要するため、まずは、現場周辺にて無事だった仲間による捜索救助活動が実施されるのが望ましいためである。

イ 登山者側の準備

 登山者は、雪崩のリスクが完全にゼロの場合を除き、最悪の場合には雪崩に巻き込まれて遭難するという前提で、必要な準備をしておく必要がある。この場合、自分自身が埋まった場合への備えと仲間が埋まった場合への備えの2つに分かれる。

(イ)自分自身が埋まってしまった場合への備え

 雪崩ビーコンを必ず装着し、電池残量が十分であることを確認しておく。雪崩ビーコンには送信モードと受信モードがあるが、通常は送信モードにしておく。受信モードは、(ロ)で述べるように仲間を救助する場合に切り替えて使用する。

 那須での事故時には、高校生や教員を含め、誰も雪崩ビーコンを装着・装備していなかったようである。

(ロ)仲間が埋まってしまった場合への備え

 一緒に登山している仲間が雪崩に埋まってしまった場合、山岳救助隊への通報をして支援を求めるとともに、山岳救助隊の到着する前であっても、更なる雪崩のリスクなどがない場合には、自分達で救助活動を実施しなければならない。雪の下に人が埋没した場合、30分も経つと急速に生存確率が低下するため、一刻も早く掘り出す必要がある。そのために必要な準備は次のとおりである。

 ・緊急通報手段

 自分達だけで仲間を救助できる場合はよいのだが、多くの場合はそうではない。その場合には、救助隊等に緊急連絡し、救助隊等を派遣して貰わなければならない。そのためには、110番通報のための携帯電話、無線機、衛星携帯電話、緊急通報発信機などが必要となる。山岳地帯は携帯電話の基地局が十分設置されているわけではないので、携帯電話は繋がらない場合の方が多いということを認識しておく必要がある。できる限り、携帯電話以外の通信手段も用意しておかなければならない。

・救助するための装備

 雪崩ビーコン、掘り出し用のスコップ、プローブ、マーキング用フラッグなど。仲間が埋まった場合には、まず、雪崩ビーコンを受信モードに切り替えて、雪の下に埋まっている仲間のビーコンが発信している電波を探知する。雪崩ビーコンを受信モードにして測定すれば、埋没者の方向や距離が大まかに分かる。埋没地点が判明した後は、更に詳細に埋没深度などをも確認するためプローブと呼ばれる細い棒を延ばして雪の中に挿し、プローブの先に何かが当たらないかをズボズボと確認する。それがヒットした場合には、人手が十分いる場合にはすぐにでもスコップで掘り出しにかかるべきだが、人手が十分ではない場合は、その地点に小さなフラッグを立て、後からやってくる救助隊にその位置がわかるようにしておく。装備があれば、仲間による迅速な救助も、ある程度できる。

・捜索救助訓練

 上記のような装備があったとしても、それらの操作などに習熟していなければ、やはり、迅速な救助はなかなか難しい。雪崩ビーコンにしても、全く訓練なしにその使い方がわかるようなものではなく、捜索の方法やトリアージによる捜索や救助の優先順位付け、人員資機材などの資源の組織化、現場における救命措置など、多くの訓練が必要である。

ロ 外部の救助隊側の準備

 公的な山岳救助は、日本の場合は警察が中心となる。ただし、警察以外にも、消防や各県の防災ヘリ、民間の救助隊などさまざまな資源が投入されることが多い。そして、このような後から現場にかけつけてくる救助隊に加えて、現場に無事だった仲間たちがいる場合には、上記に述べた通り、これらの仲間たちが、初動対応に従事することもある。このように多くの異なる組織・団体が十分スームレスに組織化された対応をとれるような仕組みが日本にあるかというと、実は十分ではない。それは、標準化されたインシデントマネジメントシステムが日本に導入されていないためである。米国やカナダなどでは、ICSが雪崩インシデントに対する捜索救助活動にも適用され運用されているのだが、日本の場合にはそれがない。従って、どうしても、不十分な連携、救助の遅延、責任の押し付け合いといった組織論上の問題が発生する。

 今回の事故では、主催した学校側の意思決定の問題にばかり焦点があたっているが、その他にも改善できる部分は多数あるはずである。救助にあたった外部組織なども含め、改めてどこか改善できる点がなかったか見直す必要があるのではないだろうか。

 登山者側に様々な装備や訓練が必要であるのと同様に救助機関側でも、救助に必要な装備を備え、定期的な訓練が実施されていなければならないのだが、今回の救助にあたった機関の装備や訓練は十分だったのか。また、多くの機関を巻き込むような今回のような大規模インシデント発生時に適切な組織化ができるようなマニュアルが準備されていたのか。

 (2)対応(Response)

 (1)にて述べた準備(Preparedness)は、インシデントの発生前に備えておくべき事項であるが、必要な準備があったとしても、実際にインシデントが発生した場合には、様々な資源配分や捜索救助計画に関する意思決定上の問題や不必要な遅延などが発生するものである。

 例えば、110当番通報があったのは、9時半頃だったが、8人が掘り出されたのは11時半頃だったという報道がある(正確なところは不明)。そうだとすれば、連絡を受けてから緊急出動し、掘り出し完了まで2時間かかっていることになる。

 また、今回は警察、消防、DMAT、民間団体等の多くの機関の資源が投入されているが、それらの資源配分は効果的だったのか、要救助者に対するトリアージは適切に行われていたのか、どこかに改善の余地はないのか。一般的に完璧な救助活動などというものは存在せず、どこかに何かの改善余地があるのが普通である。今回、8人もの犠牲者を出している。高校側ばかり非難するのではなく、救助機関側の改善余地についても十分に検証すべきである。

(3)復旧(Recovery)

 一般的な災害時には、道路や鉄道、建物などの物的資源が被災し、それらを復旧するというプロセスが存在する。しかし、今回のような雪崩インシデントの場合には、基本的にそのような物的資源の被害はなく、復旧というプロセスが存在しないように見える。しかし、広義に考えれば、怪我をした高校生などに対する治療や医療サービスなどは、人的資源に対する復旧プロセスである。これらのプロセスにて必要な資源が適切に投入されていたのかどうかも検証する必要がある。

 

このように最悪の事態に至る前にその負の価値連鎖を止めるチャンスは何度かあったはずであり、高校側の責任ばかりを追求するのではなく、マネジメントシステムとして捉えた場合にどこに問題があったのかを真剣に検討し、検証することが、同様のインシデント発生時に被害者を出さないようにするために必要不可欠である。

事故を避けるための必要な努力、または、事故が発生した時に対する必要な備えについて、あらかじめ、妥当だと思われる規範(法令やガイドライン等)があって、それらを守っていなかったということであれば、それを守らなかった人は非難されても仕方がないが、そのような規範がなかったのであれば、皆で協力して、新たな規範を作るということが同様の被害の発生を防ぐためには必要である。

よく報道などに出てきて「そんなのは常識だ」みたいなことを述べ、その常識に反していることをもって非難する人もいるが、常識などという曖昧な規範で人を裁いたりするようなことはできない。やはり、キチンと文書化されたものでなければならない。それがないのであれば作れば良いだけである。「作ってないのか」といって非難するのもあまり建設的な行為ではない。素直に事故分析の結果を反省し、「作りましょう」と合意し、関係者が協力すればよい。なお、そのような規範は必ずしも法律や条例のような公法である必要はない。まずは、任意のガイドラインというような形でもよい。最初から公法を作るのは難しいので、まず最初はガイドラインを作り、それを広く普及させるための研修・訓練の仕組みの構築などを始めるべきである。

 

にほんブログ村 政治ブログ 政策研究・政策提言へ
にほんブログ村


政策研究・提言 ブログランキングへ

ビーコン(発信機)装着の義務付け

一昨日、栃木の那須で発生した雪崩事故。高校生等8人が犠牲になった。事実関係も少しづつ明らかになってきており、参加者全員が雪崩に埋まったときにその埋没位置を電波を発信し、仲間の受信機でその電波を受信すれば埋没位置を迅速に特定できる「雪崩ビーコン」(注)と呼ばれる電波の送受信機を全員が装着していなかったこと、雪崩が発生したのは朝8時半頃だったが、警察に110番通報があったのは、その一時間後の9時半頃だったこと、などが相次いで報道されている(3月29日付日経新聞社会面等)。

(注:電波の送信機にもなるし、受信機にもなるので、海外ではAvalanche Trascieverと呼ばれることもある。ビーコンとは電波の発信専用機を意味するので、正確には「雪崩トランシーバー」と呼ぶべきかもしれないが、日本では慣習的に「雪崩ビーコン」という名称で定着している。なお、雪崩ビーコンは、ETSI EN300 718として、欧州電気通信標準化機構(ETSI)にて国際的に標準化されている。)

まず、110番通報が雪崩発生後の1時間後だったという点だが、これでは遅過ぎる。30分も埋まっていれば生存確率は急速に低下するので、一刻も早く掘り出し救助する必要があり、発生後、自分達で仲間の救助を実施するのと同時に、山岳救助隊への連絡も直ちに行って支援を仰ぐべきである。本日の日経新聞では引率の先生が携帯電話で110番通報したとあるが、他の報道では、「9時20分ごろ 那須町の旅館から「スキー場で雪崩が発生し、高校生約50人と連絡が取れない」と110番通報」としているものもあり、どちらが事実かはわからない。山の中は多くの場合、携帯電話の電波が届かないので、後者の情報が正しいようにも思えるし、電波が届かないので先生が電波の届くところまで降りていって一時間後に通報したのかもしれない(注:29日お昼のNHKニュースによると現場では電波が届かなかったので先生の中の1人が麓の旅館まで下りて行って110番通報したというのが事実のようだ。更に登山班と麓の旅館に残っているコーチとの連絡用に無戦機も所持していたとの発表が記者会見であったが、旅館側のコーチが無線機を常時ワッチしていたわけではないことも判明している。)。現場に緊急時の通報手段が全くないというのは大変大きな問題であり、衛星携帯電話の装備などによる緊急通報手段の確保などを含め、迅速な緊急通報の確保という点で何らかの改善策を考えるべきである。

他方の雪崩ビーコンの装着がなかった点だが、これは、本格的に冬山に登る人以外にはあまり知られていないこともあり、幅広い装着を促進するためには、法的に装備を義務化するような措置が必要かもしれない。多くの人はリスクを過小評価し、「自分は大丈夫だ、自分は雪崩の起きるようなところには行かない」などと思いがち。今回も恐らくそうだったろう(実際に引率の先生方の記者会見を聞いていると「絶対に大丈夫だと思った。」などと発言していた。世の中に絶対安全などというものは存在しない。)。このような場合には公共的な安全確保という観点から、法令による装備義務付けなどの強制措置も必要になる。

例えば、車のシートベルト装着だって、本人の自己責任ということにしておくと、シートベルトの装着率が低くなり、多くの犠牲者が出た。そこで、最近の道路交通法では、運転者に対して、同乗者にシートベルトを着用させる義務を科した。他人の車に乗ってシートベルトをしなかった場合、しなかった本人は何も処分を受けないが、運転者が減点処分を受ける。同様の手法を雪崩ビーコンにも適用し、雪山での研修や登山の場合、その研修主催者や山岳ガイドなど対して、お客さんに雪崩ビーコンを装備させる義務を科し、それを怠った場合には、若干の過料を科す、などの制度を条例で作ることもできるだろう。ただし、スキー場でのスキー客にまでビーコンの装着を求めるのは少し行き過ぎということにもなるので、どのような場所に入る場合に装着が必要で、どのような場合は必要ないのかという細かな線引きが必要になり、また、どのようなビーコンならOKなのかも明確にする必要がある。従って、このような制度を作るのであれば、全国一律の法律という手段ではなく、各県ごとに状況が異なるので、各県が定める条例という手段が最も適切であるように思う。

雪崩ビーコンではないが、富山県は「ヤマタン」という富山県独自の小型ビーコンを立山に入山する者に対して無償で貸し出し、装着することを義務付けている。立山などのように入山ゲートウェイが限られる場合はこのような方法もあるが、ゲートウェイを絞り込めない地域ではこの方法は難しい。

条例などのような強制力を伴う公法によらなくても、各種の山岳団体が共同でガイドラインを作り、どのような地域に行く場合に雪崩ビーコンの装着が必要なのかを明確化し、指導ベースではあるが装着を強く推奨するという方法もあるだろう。

いずれにせよ、今回の事故は最初の緊急通報が即座に行われ、かつ、雪の下に埋まった生徒がビーコンを装着してその埋没地点を電波で発信し、迅速に掘り出し救助が行われていれば、もう少し犠牲者の数は少なかったのではなかろうか。船舶や航空機には様々なビーコンの搭載が国際条約で義務付けられているのだが、山岳登山に関してはレクレーションということもあって、制度的なものが今のところ何もない。8名もの犠牲者が出た今回の事故を受けて、制度的に何が出来るのかを考え直すべきである。

雪崩捜索救助 (Avalanche Search & Rescue (AvSAR)) 

安全な登山を学ぶ場でなぜ--。栃木県那須町のスキー場で27日朝、登山講習中の県内高校生らの団体が雪崩に巻き込まれた。高校生7人と教員1人が死亡し、重傷者を含む40人が負傷する惨事に。深い雪に阻まれ、消防や警察、自衛隊による救助作業は難航。「我が子は」。保護者らは悲痛な表情で無事を祈った。【岸慶太、杉直樹、乾達】

情報源: 栃木・那須の雪崩:8人死亡 雪、一瞬で胸まで 生還生徒ぼうぜん 「無事で」祈り届かず – 毎日新聞

 

昨日、那須で発生した雪崩による高校生8人の死亡事故。雪崩事故自体は、あまり報道されていないだけで、結構、月に数度は発生し、犠牲者も毎回数人出ている。しかし、今回は、高校生が8人も犠牲になったということで、大きな社会問題になっている。警察は業務上過失致死で引率の先生方を立件する方針で捜査をしているようだが、このような事故が発生した時に誰か1人に責任を押し付けても、あまり問題の解決や改善にはつながらない。恐らく、先生方にしてみれば、事故の経験と周囲の地形、その時得られていた情報などを根拠に、この場所で歩行訓練するくらいなら大丈夫だろうと判断したのだろう。判断に甘さはあったのだろうが、それらはいずれにせよ後付けの講釈である。

冬山に入る以上、どんなに注意しても、雪崩のリスクは存在する。様々な情報をもとに極力そのリスクを回避すべきことは当然だが、最悪の場合、つまり、雪崩に巻き込まれた場合でも迅速に救助できるように準備できていたかどうかという点を見直す方が、「なんで警報が出ていたのに歩行訓練を実施したんだ!」といって責任追及するよりもより生産的で将来の犠牲者の削減につながる。

まず、生徒全員が雪崩ビーコンを所持していたのかどうか。テレビでの地元消防の記者会見や生存者の高校生のコメントなどを聞く限り、いずれも目視で、埋まっている高校生の体の一部が表層に見えている部分を頼りに掘り出し救助を行っているので、恐らく、ビーコンなどは所持させていなかったのだろう。彼らが全員ビーコンを所持し、事故発生後直ちに難を逃れた生徒と先生方で電波捜索を実施し、迅速に埋没地点が特定できていれば、もう少し、犠牲者の数は少なかったのではなかろうか。全員ビーコンを所持していなかったとの報道(⇒全員「ビーコン」不携帯)もあり、そうなると、なぜ、ビーコンを所持させなかったのかという点が問題になりうる。しかし、現状では、冬山に入るにあたり、ビーコンの所持を義務付けた法律も条例も存在しないので、ビーコンを所持していなかったからといって責任を問われるわけではない。冬山に入るにあたり、ビーコンの所持を義務付けるための制度構築なども検討する価値はあるはずである。例えば、指導者的立場にある人に指導される側の人々に対して、ビーコンを所持させる指導義務を科し、怠った場合にはなんらかの罰則を適用するということもできる。車の助手席や後部座席のシートベルト着用義務などは、着用する本人へ義務を科しているのではなく、ドライバーに助手席や後部座席に座る人にシートベルトを着用させる義務が負わされている。同じような発想が適用できないか。

消防の記者会見を聞くと、地元消防は雪崩が発生してから3時間後くらいに、体の一部が表面に出ていた3人を発見し、その周囲を掘り出した所、埋没していた5人を発見したと述べていた。しかし、3時間も経ってからの救助では生存確率が極めて低く、遅過ぎである。雪崩事故の場合、埋没してから30分間で急速に生存確率が下がり、30分以上経過した場合の生存確率は、雪の条件などにもよるが場合によっては10%以下まで落ちる(参考:カナダやスイスの雪崩生存曲線)。

雪崩に巻き込まれた仲間がいた場合、更なる雪崩に注意することは当然必要だが、そのリスクが低いと判断できた場合には、救助隊を呼ぶのと同時に、無事だった仲間によって、直ちに目視や電波捜索によって、埋没地点を特定し、迅速に掘り出し救助を実施するということが不可欠である。その捜索救助についても、誰か(昨日の事故だったら引率の先生だろう)が現場指揮官となり、トリアージを念頭に置きながら最大多数を救助するための捜索救助プランを即座に立案して、無事だった仲間の協力を得てそれを実施するという措置が必要である。

地元の消防や警察などを救助隊は、当然、呼ぶべきだが、現状では彼らの到着は事故発生から1時間も2時間もたってからになる。しかし、これでは遅い。彼らにできることは遺体の捜索ということになってしまう。

従って、今回の事故から学び、改善すべきことは次の2つである。

1.仲間による救助率を向上させるための措置: 登山者全員が雪崩ビーコンを持つと同時に、その使用方法や捜索救助方法について、必要な研修をできる限り多くの人が受け、相互主義で救助できるようにすること。ビーコン所持の義務付け及び捜索救助研修受講の義務付けなど。なお、そのための研修は、日本雪崩ネットワーク(JAN)などがすでに実施している。

2.外部の救助隊(警察、消防、スキーパトロール、その他)による救助の迅速化: 現状での彼ら仕事は、ほとんどの場合、遺体の捜索になっている。しかし、もっと連絡があってから現場到着までの時間を短縮し、かつ、迅速に利用可能な人員資機材などの資源を組織化するための仕組みがあれば、救助できる場面もあるはずである。山岳救助は、主として警察の仕事になってはいるが、別に警察に全てを押し付ける必要はない。その他にも救助の際に支援してくれる民間団体や半公的な団体も多い。課題は、これらの資源を迅速にどうやって組織化し、現場に投入するかである。そのための手法は唯一つ。「雪崩インシデントに対するマネジメントシステムの標準化」である。米国やカナダなど、雪崩に限らず、全てのインシデントに対するマネジメントシステムがICSなどで標準化されている国では、雪崩インシデントについてもICSを適用し、そのマネジメントシステムが標準化され、現場での組織化が図られている。日本の場合、この全国レベルでのインシデントマネジメントの標準化が全く進んでいないが、雪崩インシデントも、非常に多くの組織が関係し、その組織化が必要なインシデントである。マネジメントが標準化されれば、その組織化コストが下がり、意思決定や資源配分が迅速化する。

なお、雪崩インシデントに対するマネジメントの標準化は、外部の救助隊の組織化といる側面だけではなく、仲間による救助と外部から駆けつけてくる救助隊による救助活動とをシームレスにつなぐためにも必要となる。まずは、雪崩インシデントに対する対応ということから、その標準化を検討し、他のインシデントにも広げていけばよい。

 

にほんブログ村 政治ブログ 政策研究・政策提言へ
にほんブログ村


政策研究・提言 ブログランキングへ

ワンウェブ(OneWeb)

ワンウェブとは、648機もの超小型の低軌道衛星(高度1200km)によって全地球をカバーし、地球の隅々にまでインターネットを行き渡らせるという計画を遂行するベンチャー会社である。途上国を中心に全世界人口の54%もの人々がインターネットにアクセスできない環境下にあり、ワンウェブはそこにインターネットを提供するため衛星を打上げるという。ワンウェブには、昨年12月に日本のソフトバンクが出資して筆頭株主となり、先月(2017年2月)にはワンウェブとインテルサット(固定通信用の静止衛星保有数では世界最大の衛星通信事業者)の合併が発表され、ソフトバンクは合併後のインテルサットの39.9%の議決権を有する筆頭株主になるという。

ワンウェブは、今流行りの超小型衛星を使う。超小型衛星は、静止衛星に使われるような大型衛星に比べると製造コストが安い。おまけに、ソフトバンクに出資してもらって、フロリダに衛星を一週間に15機も製造できる製造工場をも独自に作る計画という。これまで、衛星のメーカーと言えばボーイングやロッキード、エアバス、タレス、日本の三菱などごく一部の大企業に限られていたので、衛星の製造分野へも垂直統合的に進出するということだろう。

ワンウェブの低軌道衛星とユーザー端末との間の通信には、Kuバンド(12/14GHz)帯を使い、衛星とゲートウェイ局との間の通信にKaバンド(17-30GHz)を使うらしい。問題はこのKuバンドである。赤道上空36,000kmの多くの静止衛星がすでに使用しているため、この真下を1200mの高さで飛ぶ低軌道衛星は、静止衛星からのKuバンドの電波に干渉を与えることになる。しかし、ワンウェブは、静止衛星と同じ方向からは電波を出さない「Progressive Pitching」(特許申請中)という手法でこの問題を乗り切るらしい。また、全世界で特定のKuバンドスペクトラムを使うということになると世界中で周波数調整をしなければならず、非常に困難だが、彼らは、10年位前に頓挫した「テレデシック」という企業からこの権利を買収して確保した。テレデシックは、膨大な数の低軌道衛星で全地球をカバーするという計画で、マイクロソフトのビル・ゲイツなどが創始者として始まったものだが、多くの低軌道衛星計画と同様に破綻してしまった。考えてみれば、ワンウェブは、このテレデシックの焼き直し版とも言えるのかもしれない。

KuバンドやKaバンドの周波数は、かなり降雨減衰がある。衛星放送の電波が雨や雪のときによく止まるのと同じようにこのサービスも豪雨地帯や豪雪地帯ではかなり電波が減衰し、届きにくいことがあるはず。今でも静止衛星からのKuバンドやKaバンドの電波によるVSATサービスというのはあるが、船舶などでは、Lバンドインマルサットサービスなどと併用し、Kuの電波が切れた時にはLバンドに切り替わるようになっている。ワンウェブはこの点をどう考えているのだろうか。

Kaバンドが衛星と地上のゲートウェイ局との間の通信に使われるらしいが、私は当初、Kaバンドと聞き、イリジウムで行われているのと同様な衛星間通信用としてKaバンドが使われるのだろうと思っていた。しかし、ワンウェブがITUでプレゼンした際の資料をよく読むとKaバンドはゲートウェイ局と衛星との間の通信用と書かれている。ということは、このワンウェブの衛星システムは、既存のグローバルスター衛星システムと同様のベントパイプ衛星システムということになり、衛星は地上のゲートウェイ局とユーザー端末との間を周波数を変換して、中継するだけのものということになる。グローバルスターシステムのカバーエリア図を見ればわかるとおり、衛星間通信を行わないシステムの場合は全地球をカバーするということができない。どうしても、ゲートウェイを設置できない海のど真ん中では通信できないことになるし、シベリアの奥地などのように陸地でも誰もゲートウェイを設置しないだろうと思われる地域では通信できない。イリジウムはKaバンドで衛星間通信が行われているので、地上のゲートウェイ局は地球上に一つあれば全地球をカバーできる。しかし、イリジウムのような衛星間通信を行うシステムの衛星は複雑になり、衛星の製造コストが高くなる。イリジウムが第二世代衛星を未だに打上げられないのもこの衛星コストのためである。ワンウェブの衛星が、単に衛星ひとつで地上と地上の通信を周波数変換して中継するだけのベントパイプ衛星なら、確かに衛星の製造コストはそんなにかからないが、衛星間通信をしないと全地球をくまなくカバーするということはできないので、このシステムは、船舶や航空機用としては、あまり望ましいものではない。更に、Kaバンドが地上との間に使用されているということになるとKaはKu以上に降雨減衰の影響を鋭く受けるので、雨や雪が激しい時には特定の地域の通信が途切れるということが発生するということになる。

このワンウェブのCEOであるグレッグ・ワイラーという人、O3bという地上8000kmの中軌道衛星で途上国にインターネットを提供するというビジネスを2007年に設立し、2012年にワンウェブを設立するまでそれに携わっていた。O3bは、Other 3 billion(忘れられた30億の人々)という意味で、目的はワンウェブと同じように地球上の隅々にまでインターネットを行き渡らせるというものである。O3bとワンウェブの違いは、衛星の高度や衛星の軌道、通信周波数、端末の大きさ、カバーエリアなどである。O3bの衛星は全地球をカバーする軌道を飛んでいないため、赤道下の国々にしかサービスが提供されない。なお、O3bは、すでに十数機もの衛星が打上げ済。なぜ、このワイラーという人は、自分で始めたO3bを途中で放り出し、ワンウェブを設立したのかよくわからない。O3bではカバーエリアが狭いということが理由だろうとの意見もあったが、ワンウェブも上記の通り衛星間通信なしでは必ずしも全地球をカバーできるものにはならないのであまり変わりはないはずである。衛星高度が低いので通信の遅延が少いというメリットは確かにあるが、データ通信を行っている限り、1秒前後の遅れなど誰も気にならない。O3bもワンウェブも、途上国の通信事業者をターゲットにしたBtoB型ビジネスモデルであり、それ以外は、あまり大きな違いはないようにも見える。もし、様々な理由で創始者たるワイラーという人がギブアップしたということであれば、このO3bはもうオダブツということだろうか。

端末は、フェーズドアレーアンテナを使用した小型端末で、WiFiや3G/LTEなどの電波によって、スマホやパソコンなどと接続する。200メートルくらいしか飛ばない携帯電話の基地局とも言える。この他、船舶向けの端末や既存の携帯電話のタワーに設置するための装置なども用意するらしい。

 

アイデアや構想は、非常におもしろいように見えるが、これらは決して珍しいものではなく、既存のものの焼き直しであり、何らかの形で似たようなものが存在する。

そして、最大の問題は、ビジネスとして成り立つのか、という点である。すでに掲げたワンウェブの前身とも言うべきテレデシックも途中で頓挫しているし、ひょっとするとO3bもすでにズッコケそうなのかもしれない。低軌道衛星システムの本家本元と言えば、イリジウム、グローバルスター、オーブコムなどだが、これらはいずれも、一度や二度は、チャプター・イレブン倒産を経験しているのが普通である。倒産したからと言って衛星がなくなるわけではないので、オーナーが替わったり、政府に救われたりしながら、何とか細々と継続されているものが多いが、低軌道衛星サービスは、静止衛星サービスと比べ、多くの衛星が必要になり、衛星コストがかかりすぎるため、大体失敗するのがこれまでは普通であった。

ワンウェブは、この最大のネックだった、衛星コストを超小型衛星を安く大量生産することで解決する意図のようだ。しかし、衛星がいくら安くなったといっても、648機もの衛星が必要ということになるとその費用はバカにならないだろう。イリジウムも、かなり小型衛星で、たった66機必要なのだが、それでもコケている。

ワンウェブは、インテルサットとの合併、ソフトバンクによる出資などによって、衛星の打上げに必要な膨大な資金は、なんとか確保できるのかもしれない。問題は、衛星が無事全部上がったとして、ほんとにそれが、ビジネスとして成り立っていくかであろう。648個の衛星を継続的に維持していくにはかなりコストがかかるはず。

ワンウェブのみならず、スペースXなども似たような計画を有しており、O3bも含めると新たな低軌道衛星による高速インターネットサービスにも、複数のプレーヤーが存在することになる。既存のイリジウムやグローバルスターのようなサービスや静止衛星によるサービスも加えると競争は更に激しいものになる。

ところで、ソフトバンクは、6年前の3・11以降、防災用との観点から衛星通信にかなり熱心になり、スラヤと提携してみたり、Sバンドを使った独自衛星の打上げを画策してみたりしていたようだが、この独自衛星というプランは消え、ワンウェブにシフトしていくということだろうか。

いずれにせよ、ソフトバンクグループのお手並み拝見である。

 

 

 

 

秋田でのミサイル避難訓練

北朝鮮の弾道ミサイル発射を想定して17日に秋田県男鹿市で行われた初の避難訓練は、避難場所まで半径100メートル以内の場所にいた住民たちが訓練の対象となり、比較的…

情報源: 【北ミサイル】「生ぬるい」と戦争経験者 秋田のミサイル避難訓練 核弾頭搭載なら被害は…(1/3ページ) – 産経ニュース

 

秋田でミサイル避難訓練があったようだ。J-Alertで”空襲警報”が出され、それを聞いた市民が屋内に退避するという訓練。何もやらないよりはよいという考え方もあるが、B29に竹槍で立ち向かう訓練をしているようなものであり、私は、多くの問題があると思う。

まず、第一に、北朝鮮がミサイルを発射したとしても、それが日本本土に着弾するまでに要する時間は数分しかない点。ロケットの速度はジェット機の20倍〜30倍であり、日韓間をジェット機で飛んだとして2時間程度の距離なので、単純な割り算をすれば、4〜6分で到達することになる。防衛省のミサイル防衛システムで、北朝鮮がミサイルを発射したとたんに弾道を計算し、本土への着弾を予測して、J-Alertで空襲警報を出すなどということができるのか。できるのであれば、北朝鮮はすでに秋田近海に着弾するミサイルを何度も発射しており、その際にも発令されなければいけないと思うが、大体は着弾後の事後通報だった。そもそも、総理大臣の承認なしに、そうゆう短時間でこんな重大な警報を出すような権限が防衛当局にあるとは到底思えないが、大臣の承認などとっている時間はない。誤報になるリスクも高く、これを出すのは相当に勇気がいる行為である。警報を出すことを考えるよりも、日本海に展開しているイージス艦で撃ち落とすことを考えてもらいたい。

第二は、その警報を市民が信じるかという点。火災報知器が警報を鳴らしても、誰も信じないのと同様に、特段、北朝鮮と戦争している状況でもない中で、突然出された警報をどれだけの人が信用するだろうか。今でこそ、つい先日、北朝鮮が4発ものミサイルを発射した後なので、信じる人は多いかもしれないが、1年も何もなければ、そうゆう緊張感は途切れる。

第三は、屋内退避がほんとうに適切なのかという点。防空壕のような設備があるところは現代にはなく、通常の家屋であれば、屋内にいたが故に、家の下敷きになったり、火災に巻き込まれてしまうというリスクも高い。屋外にいれば、目視で最適な逃げる方向を選択し、被害の少なそうな方向に走っていくということもできるが、屋内でじっとしているのが安全だというためには、ミサイル攻撃に耐えうるようなよほど頑丈な建物でないとならない。従って、一様に屋内退避を行政が呼びかけてしまうのは問題であり、どこか決められたところに避難するということではなく、臨機応変に最適な方向へ走って逃げるという方が適切だろう。

基本的には、事後的な対応によって、被害を最小化するしかない。ミサイルに特化した訓練ということではなく、地震や火災時の防災訓練を地域で十分にやって、初期消火や迅速な人命救助を実施できるようにすることが重要である。ミサイルが飛んできて被害が出たとした場合、発生する災害は火災や建物の崩壊等であって、これらに対する対応手段は、地震や火災時のものと何ら変わらない。