リスクとは何か?

リスクを定量的に定義しようとした場合には、これを負の期待値として捉えようとする場合と標準偏差として捉えようとする場合の2種類があるように思う。負の期待値として捉えているのは主として工学系のグループ、標準偏差として捉えようとするのは主として金融系のグループである。この他にも様々な抽象的な定義は存在するが、ここではそれらについては省略したい。

1.負の期待値として捉える方法

この捉え方を最初に整理したのはStanley KaplanとB.Johon Garrickが1980年に書いた”On The Quantitative Definition of Risk” (Risk Analysis, Vol.1, No.1, 1981)だと言われる。そこでKaplanの定義をまず簡単に説明したい。

◎定性的な定義

Kaplanは、まず、リスクを定性的に表現するためにリスクと不確実性(uncertainty)の違い及びリスクとハザード(hazard)の違いについて次のように述べる。

  • 「リスクは、不確実性(uncertainty)と被害(damage)の両方を含むものである。」(Risk = uncertainty + damage)
  • 「リスクは、防護手段(safeguard)によって小さくされたハザード(hazard)である。」(Risk = hazard / safeguard)
  • 「リスクは、人によって感じ方が異なるものであり、相対的なものである。」

上記のように定義する場合には、不確実性とハザードの意味を定義しなければならないが、我が国においては「不確実性」の意味・解釈に様々なものがあり、一定ではない。発生確率がわからないものが不確実性であり、発生確率がわかっているものがリスクであるとする説(Wikipedia「不確実性」参照)などもあるが、Kaplanはそんなに厳密に分けているわけではなく、特定の被害が発生することが確実ではない状態を「不確実性」と呼んでおり、不確実性を持つ被害がリスクであると定性的に述べる。そして危険の根本要因(a source of danger)をハザードと呼び、リスクは、防護手段(safeguard)によってハザードを小さくしたものである、とする。このため、防護手段を大きくすればリスクは小さくなるが、決してゼロになることはない、ということになる。更にある人にとっては重大なリスクも他の人にとっては些細なリスクである場合があり、その人の経験や知識などによって決まる主観的なものである、と述べる。

◎定量的な定義

リスクを定量的に定義する場合には、次の3つの要素による関数となる。

  • シナリオ(s)・・・・・・何が発生するのか?
  • 発生する可能性(l)・・・それが発生する可能性はどの程度あるのか?
  • 結果(c)・・・・・・・・それが発生した場合の結果はどの程度か?

そしてリスク(R)とは、発生することが予測される全てのシナリオ(Scenario)を検討し、それぞれのシナリオ毎にそれが発生する可能性(Likelihood)とその結果(Consequence)を推定して、それらを全て足しあわせた和である。これを極めて簡単に表すと、

  •  R = L1 x C1 + L2 x C2 + L3 x C3 + ———-  Ln x Cn

ということになる。つまり、数学でいうところの「期待値」である。

ところで、発生する可能性(l)は、それを発生確率(p)として表すことも、発生頻度(f)として表すこともできる。また、これらを組み合わせた発生頻度の発生確率(probability of frequency)として表されることもある。発生確率にしろ、発生頻度にしろ、過去に経験したことのある事象であればそれをある程度正確に数値化することができるが、過去に経験したこともないような事象の場合は、推定するしかない。この推定作業はかなり主観的なものにならざる得ない。その主観的な確率を何らかの証拠となる事象が現れるたびに修正していかなければならない。

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  • P(B) = 事象Aが起きる前の、事象Bの確率(事前確率, prior probability)
  • P(B|A) = 事象Aが起きた後での、事象Bの確率(事後確率条件付き確率, posterior probability,conditional probability)

これはベイズの定理と呼ばれている。

つまり、まず、何らかの手段によって、リスク発生のシナリオを予測する。そして、何らかの証拠となる具体的な事象が発生する度にその確率を修正していく、という考え方である。危機管理サイクルを米国などは、準備(Preparedness)⇒対応(Response)⇒復旧(Recovery)⇒減災(Mitigation)という順番で定義しており、減災(Mitigation)⇒準備(Preparedness)⇒対応(Response)⇒復旧(Recovery)という順番ではないが、これも実際に災害が発生した後、つまり、証拠となる事象が発生した後に事前に予測した確率を修正し、対策もそれに合わせて修正するという考え方に立つからだろう。

ベイズ理論による確率は「主観的確率」とも呼ばれるため、信用できないなどとして批判的な学者なども多いように思う。確かに過去に全く経験したこともないような事象の場合は証拠となる事象がないために主観的だとして非難されるのも仕方がないのかもしれない。しかしながら、具体的な事象が起こるたびにその確率が修正されていけば当然精度は上がってくる。従って、一概に主観的なものだからあてにならないとしてしまうのも好ましくない。

Kaplanはベイズ理論を「it’s the very definition of logic it- self. It’s what we mean by logical, rational thinking.」(”Word of Risk Analysis”, Risk Analysis, Vol.17, No.4, 1997)つまり「論理的思考そのもの」とまで呼んでいる。つまり、仮説を立て、それを証拠で証明していく、というプロセスを論理的思考と呼ぶならば、ベイズ理論は確かに論理的思考そのものであろう。

では、リスク発生のシナリオというのはどのように推定すればよいのだろうか。Kaplanは、ロシアで発達した手法であるTRIZを勧めている(wikipedia “TRIZ”)。これは「どんな問題が発生するだろうか?」という問いを「私が問題を発生させようと思ったらどのように問題を発生させるだろうか?」などというように質問の内容を言い換えることによって想像力を働かせるというものである。実際にはそんなに単純なものではないようだが、一考に値する。

(参考文献)

  • Stanley Kaplan & B.Johon Garrick, “On The Quantitative Definition of Risk” , Risk Analysis, Vol.1, No.1, 1981
  • Stanley Kaplan, “Word of Risk Analysis”, Risk Analysis, Vol.17, No.4, 1997

 

2.リスクを数学上の「分散(標準偏差)」として捉える考え方

上記は、災害やプラントなどのリスク評価する場合に用いられるリスクの定義であるが、経済学ではリスクを「ある事象の変動に関する不確実性と定義している。つまり、平均値からの誤差、言い換えれば数学上の分散または標準偏差である。(http://dsl4.eee.u-ryukyu.ac.jp/DOCS/error/node18.html参照)

この考え方に立つと、プラスの利益が生まれる場合もリスクに含まれてしまう点が気分的にはよくないが、利得がある不確実性を「アップサイドリスク」、損失がある不確実性を「ダウンサイドリスク」と呼んで分けている場合もある。世間一般では損失のある不確実性を「リスク」と呼んでいる場合が多いようには思う。株などの金融資産の場合は、その確率が正規分布するものが多いため、このような定義をすることがシンプルでわかりやすいとは思うが、ダウンサイドリスクを見る限りにおいてはKaplanの定義と変わらない。期待値として考えると棒グラフのように角角としてしまうが、それを細分化してなめらかなカーブにしたところ、それがたまたま正規分布になるものだった、というだけのことだろう。

 

電波が無い場所でもメッセージを送り合えるモバイルアンテナ「goTenna」

電波が無い場所でもメッセージを送り合えるモバイルアンテナ「goTenna」(追記あり) : ギズモード・ジャパン.

大災害時などには、地上の携帯電話や固定電話はまず機能しない。インフラそれ自体の倒壊、故障に加え、通信トラフィックの急増による飽和及びそれに伴い通信会社が実施する発信制限などがその理由である(詳しくは以前の投稿を参照)。

最も使えるものはネットワーク、つまり交換機や携帯の基地局などを経由しないで相手と直接つなぐタイプの無線設備である。伝統的なPTTトランシーバーなどもこれに属するものであるが、既存の携帯電話に外部アンテナを取り付けることによって、同じアンテナを付けている相手の携帯電話と直接通信できるという上記記事の機器が外国では販売されるようだ。正確には外部アンテナといっても、携帯に有線でつなぐわけではなく、携帯とこのアンテナの間はブルートゥースで繋ぎ、アンテナからは150MHz帯で2Wの電波を送信して相手と繋ぐというものである。アンテナ自体は非常に小さく、リュックサックの中にでも入れておくことができる。この発想、非常に賛同できる。これに類する短距離ビーコンと呼ばれるものには実はかなりいろいろなものはあるのだが(筆者がある会合で使ったプレゼン参照)、既存の携帯を使ったものというのはあまりないと思う。

携帯同士をブルートゥースかWifiで繋ぐということでもアプリさえあれば同じことはできるだろうが、それでは電波の飛距離が短い(数10メートルしか飛ばない)。既存のWifiルータは、携帯とルーターの間はWifiでルータと基地局との間は3GやLTEという携帯電話の電波というものだが、この3GやLTEの電波の部分で基地局を介さずに相手と繋ぐことができれば、これも同じことができるが、たぶん、携帯の今の規格ではできないだろう。

この機器、安いし、非常に魅力的なのだが、問題は日本の電波法上の規制である。80kmくらい離れていても繋がるように設計されているようで、そのための出力が2Wである。この「2W」が日本では問題になる。

日本でも無免許で使える特定小電力無線局という制度があるにはあるが、この制度上の今の最大出力は「1W」であり、その周波数にも制限がある。従って、この機器を日本で使うためには、ユーザーが無線従事者の資格を保有し、無線局の免許を取得しなければならない、ということになる。これでは誰でもが買えばすぐに使えるというようなものにはならないので、普及も進まないだろう。

更にこの記事によると周波数は151MHz/154MHzのようだが、この周波数は周波数割当計画によると陸上移動用とあるので目的には適合するようには思うが、いずれにせよ「無免許でもよい」ということにはならない周波数である。

従って、これを日本で使えるようにするには次の方法が考えられる。

1.これを買った人が無線従事者及び無線局の免許を取得して使用する。(⇒既存の制度の枠内で使えるが、だれでも手軽にということにはならないので、普及が進まない。)

2.情報通信審議会に諮問して、この機器を特定小電力無線局(または登録無線局)として使えるようにしてもらう。(⇒理想型だが、承認される保証はないし、時間も相当かかる。)

3.日本向けに既存の特定小電力無線局として使えるように出力ダウン、周波数変更したものを誰かが開発する。(⇒その投資が回収できるという事業計画を策定できるかどうかが問題。)

個人的には、難しいことはわかっているが、2の方法をとってもらいたいと考えている。

なお、北陸総合通信局では、7月から「<150MHz帯特定小電力無線局を活用>北陸総通、山岳における人の位置検知システムの調査検討会」というものを正式に開催している(北陸総通発表)。これは、山岳緊急通報用のシステムとして、まさに150MHz帯を特定小電力無線局として認めるため、隣接周波数(142MHz帯)を使用している動物検知通報システムへの干渉がないか調査しましょう、というもののようだが、このgoTennaあたりも一緒に検討してもらうとよいかもしれない(ただし、2Wを1W以下にするなど上記3の措置をメーカー側で実施する必要はあるとは思われるが・・・)。

 

 

 

 

標準化の種類と戦略

「標準化とは何か?」

物や仕組みを標準化するといっても、そのレベルや規模にはいろいろある。全世界的に標準化されているものもあれば、国内だけで標準化されているものもある。業界団体が自らの業界内でのみ標準化したため、業界ごとに異なる標準が適用されている場合もある。法律や条約といった強制法規によって標準の使用を政府がトップダウンで強制化している場合もあれば、民間の中で徐々にその利用が広がっていって事実上の標準(デファクトスタンダード)ができる場合もある。

一定のグループ内である特定の基準やルールを使用することに合意できればそのグループ内に標準ができたということできるが、その対象となるグループが大きくなればなるほど標準化は容易ではなく、時間もかかる。しかしながら、広範囲に使用される標準が一度できてしまえば、マイナーグループで使用されている標準は自然に淘汰されていく。そして、その広範囲に使用されている標準をあとから変更することは難しくなる。

標準化というのは企業戦略上も非常に重要な武器になる。かつて、ビデオデッキの規格をめぐってVHSとベータが激しく争っていたことがあるが、VHS陣営の松下幸之助はこの規格を欧米の競合企業にも無償で公開し、多くの企業がVHS規格を採用したため、これが事実上の標準(デファクトスタンダード)となった。そして、レンタルビデオもVHS方式のものばかりになってしまったため、マイナーグループであったソニーのベータ方式は自然に淘汰されていった。競合企業にもその技術を無償で公開してしまうというのは一見無謀なように思われるかもしれないが、それによって標準ができ、マーケット全体が広がれば、必然的に自社の売上も拡大していくことになる。ベータ方式の方が技術的には優れていたとよく言われるが、市場では技術的に優れたものが必ずしも勝つわけではないのである。標準をおさえることができれば、技術的に劣ったものが市場を制するということもありうるということだ。その意味では、マイクロソフトのWindowsも、アップルのMac OSと比べて必ずしも技術的に優れていたとは言えないが、標準を制して市場を支配した事例と言えるであろう。最もアップル社も最近は別の戦略で反撃していることも事実であるが。

標準化のレベルを簡単に階層化すると次図のようになる。上に行こうとすればするほど、時間もかかるし、容易ではない。しかし、小さなグループで適用される標準、例えば社内標準や地域標準を作ることは比較的容易にできる。そして、その標準を無償で公開していけばやがて大きな標準になるであろう。インシデントマネジメントを標準化する必要性について筆者は過去に何度も述べたが、これも小さく始めて全国に広げる、例えば、東北の一部の被災地で地域標準を作ってそれを全国に公開して広げていく、または、一部の行政機関で使用されている仕組みを他の行政機関にも広げる(欧米の場合はコレ。消防の仕組みが他にも広がった。)、というシナリオを誰かが明確に描き、そのビジョンを多くの人に共有させるなどして、戦略的に物事をすすめる必要がある。マネジメントの標準化というものはかなりの試行錯誤と経験の蓄積がなければうまくいかない。

危機管理の標準化(3_9ページ)

「標準化とは何か?」