ビーコン(発信機)装着の義務付け

一昨日、栃木の那須で発生した雪崩事故。高校生等8人が犠牲になった。事実関係も少しづつ明らかになってきており、参加者全員が雪崩に埋まったときにその埋没位置を電波を発信し、仲間の受信機でその電波を受信すれば埋没位置を迅速に特定できる「雪崩ビーコン」(注)と呼ばれる電波の送受信機を全員が装着していなかったこと、雪崩が発生したのは朝8時半頃だったが、警察に110番通報があったのは、その一時間後の9時半頃だったこと、などが相次いで報道されている(3月29日付日経新聞社会面等)。

(注:電波の送信機にもなるし、受信機にもなるので、海外ではAvalanche Trascieverと呼ばれることもある。ビーコンとは電波の発信専用機を意味するので、正確には「雪崩トランシーバー」と呼ぶべきかもしれないが、日本では慣習的に「雪崩ビーコン」という名称で定着している。なお、雪崩ビーコンは、ETSI EN300 718として、欧州電気通信標準化機構(ETSI)にて国際的に標準化されている。)

まず、110番通報が雪崩発生後の1時間後だったという点だが、これでは遅過ぎる。30分も埋まっていれば生存確率は急速に低下するので、一刻も早く掘り出し救助する必要があり、発生後、自分達で仲間の救助を実施するのと同時に、山岳救助隊への連絡も直ちに行って支援を仰ぐべきである。本日の日経新聞では引率の先生が携帯電話で110番通報したとあるが、他の報道では、「9時20分ごろ 那須町の旅館から「スキー場で雪崩が発生し、高校生約50人と連絡が取れない」と110番通報」としているものもあり、どちらが事実かはわからない。山の中は多くの場合、携帯電話の電波が届かないので、後者の情報が正しいようにも思えるし、電波が届かないので先生が電波の届くところまで降りていって一時間後に通報したのかもしれない(注:29日お昼のNHKニュースによると現場では電波が届かなかったので先生の中の1人が麓の旅館まで下りて行って110番通報したというのが事実のようだ。更に登山班と麓の旅館に残っているコーチとの連絡用に無戦機も所持していたとの発表が記者会見であったが、旅館側のコーチが無線機を常時ワッチしていたわけではないことも判明している。)。現場に緊急時の通報手段が全くないというのは大変大きな問題であり、衛星携帯電話の装備などによる緊急通報手段の確保などを含め、迅速な緊急通報の確保という点で何らかの改善策を考えるべきである。

他方の雪崩ビーコンの装着がなかった点だが、これは、本格的に冬山に登る人以外にはあまり知られていないこともあり、幅広い装着を促進するためには、法的に装備を義務化するような措置が必要かもしれない。多くの人はリスクを過小評価し、「自分は大丈夫だ、自分は雪崩の起きるようなところには行かない」などと思いがち。今回も恐らくそうだったろう(実際に引率の先生方の記者会見を聞いていると「絶対に大丈夫だと思った。」などと発言していた。世の中に絶対安全などというものは存在しない。)。このような場合には公共的な安全確保という観点から、法令による装備義務付けなどの強制措置も必要になる。

例えば、車のシートベルト装着だって、本人の自己責任ということにしておくと、シートベルトの装着率が低くなり、多くの犠牲者が出た。そこで、最近の道路交通法では、運転者に対して、同乗者にシートベルトを着用させる義務を科した。他人の車に乗ってシートベルトをしなかった場合、しなかった本人は何も処分を受けないが、運転者が減点処分を受ける。同様の手法を雪崩ビーコンにも適用し、雪山での研修や登山の場合、その研修主催者や山岳ガイドなど対して、お客さんに雪崩ビーコンを装備させる義務を科し、それを怠った場合には、若干の過料を科す、などの制度を条例で作ることもできるだろう。ただし、スキー場でのスキー客にまでビーコンの装着を求めるのは少し行き過ぎということにもなるので、どのような場所に入る場合に装着が必要で、どのような場合は必要ないのかという細かな線引きが必要になり、また、どのようなビーコンならOKなのかも明確にする必要がある。従って、このような制度を作るのであれば、全国一律の法律という手段ではなく、各県ごとに状況が異なるので、各県が定める条例という手段が最も適切であるように思う。

雪崩ビーコンではないが、富山県は「ヤマタン」という富山県独自の小型ビーコンを立山に入山する者に対して無償で貸し出し、装着することを義務付けている。立山などのように入山ゲートウェイが限られる場合はこのような方法もあるが、ゲートウェイを絞り込めない地域ではこの方法は難しい。

条例などのような強制力を伴う公法によらなくても、各種の山岳団体が共同でガイドラインを作り、どのような地域に行く場合に雪崩ビーコンの装着が必要なのかを明確化し、指導ベースではあるが装着を強く推奨するという方法もあるだろう。

いずれにせよ、今回の事故は最初の緊急通報が即座に行われ、かつ、雪の下に埋まった生徒がビーコンを装着してその埋没地点を電波で発信し、迅速に掘り出し救助が行われていれば、もう少し犠牲者の数は少なかったのではなかろうか。船舶や航空機には様々なビーコンの搭載が国際条約で義務付けられているのだが、山岳登山に関してはレクレーションということもあって、制度的なものが今のところ何もない。8名もの犠牲者が出た今回の事故を受けて、制度的に何が出来るのかを考え直すべきである。

雪崩捜索救助 (Avalanche Search & Rescue (AvSAR)) 

安全な登山を学ぶ場でなぜ--。栃木県那須町のスキー場で27日朝、登山講習中の県内高校生らの団体が雪崩に巻き込まれた。高校生7人と教員1人が死亡し、重傷者を含む40人が負傷する惨事に。深い雪に阻まれ、消防や警察、自衛隊による救助作業は難航。「我が子は」。保護者らは悲痛な表情で無事を祈った。【岸慶太、杉直樹、乾達】

情報源: 栃木・那須の雪崩:8人死亡 雪、一瞬で胸まで 生還生徒ぼうぜん 「無事で」祈り届かず – 毎日新聞

 

昨日、那須で発生した雪崩による高校生8人の死亡事故。雪崩事故自体は、あまり報道されていないだけで、結構、月に数度は発生し、犠牲者も毎回数人出ている。しかし、今回は、高校生が8人も犠牲になったということで、大きな社会問題になっている。警察は業務上過失致死で引率の先生方を立件する方針で捜査をしているようだが、このような事故が発生した時に誰か1人に責任を押し付けても、あまり問題の解決や改善にはつながらない。恐らく、先生方にしてみれば、事故の経験と周囲の地形、その時得られていた情報などを根拠に、この場所で歩行訓練するくらいなら大丈夫だろうと判断したのだろう。判断に甘さはあったのだろうが、それらはいずれにせよ後付けの講釈である。

冬山に入る以上、どんなに注意しても、雪崩のリスクは存在する。様々な情報をもとに極力そのリスクを回避すべきことは当然だが、最悪の場合、つまり、雪崩に巻き込まれた場合でも迅速に救助できるように準備できていたかどうかという点を見直す方が、「なんで警報が出ていたのに歩行訓練を実施したんだ!」といって責任追及するよりもより生産的で将来の犠牲者の削減につながる。

まず、生徒全員が雪崩ビーコンを所持していたのかどうか。テレビでの地元消防の記者会見や生存者の高校生のコメントなどを聞く限り、いずれも目視で、埋まっている高校生の体の一部が表層に見えている部分を頼りに掘り出し救助を行っているので、恐らく、ビーコンなどは所持させていなかったのだろう。彼らが全員ビーコンを所持し、事故発生後直ちに難を逃れた生徒と先生方で電波捜索を実施し、迅速に埋没地点が特定できていれば、もう少し、犠牲者の数は少なかったのではなかろうか。全員ビーコンを所持していなかったとの報道(⇒全員「ビーコン」不携帯)もあり、そうなると、なぜ、ビーコンを所持させなかったのかという点が問題になりうる。しかし、現状では、冬山に入るにあたり、ビーコンの所持を義務付けた法律も条例も存在しないので、ビーコンを所持していなかったからといって責任を問われるわけではない。冬山に入るにあたり、ビーコンの所持を義務付けるための制度構築なども検討する価値はあるはずである。例えば、指導者的立場にある人に指導される側の人々に対して、ビーコンを所持させる指導義務を科し、怠った場合にはなんらかの罰則を適用するということもできる。車の助手席や後部座席のシートベルト着用義務などは、着用する本人へ義務を科しているのではなく、ドライバーに助手席や後部座席に座る人にシートベルトを着用させる義務が負わされている。同じような発想が適用できないか。

消防の記者会見を聞くと、地元消防は雪崩が発生してから3時間後くらいに、体の一部が表面に出ていた3人を発見し、その周囲を掘り出した所、埋没していた5人を発見したと述べていた。しかし、3時間も経ってからの救助では生存確率が極めて低く、遅過ぎである。雪崩事故の場合、埋没してから30分間で急速に生存確率が下がり、30分以上経過した場合の生存確率は、雪の条件などにもよるが場合によっては10%以下まで落ちる(参考:カナダやスイスの雪崩生存曲線)。

雪崩に巻き込まれた仲間がいた場合、更なる雪崩に注意することは当然必要だが、そのリスクが低いと判断できた場合には、救助隊を呼ぶのと同時に、無事だった仲間によって、直ちに目視や電波捜索によって、埋没地点を特定し、迅速に掘り出し救助を実施するということが不可欠である。その捜索救助についても、誰か(昨日の事故だったら引率の先生だろう)が現場指揮官となり、トリアージを念頭に置きながら最大多数を救助するための捜索救助プランを即座に立案して、無事だった仲間の協力を得てそれを実施するという措置が必要である。

地元の消防や警察などを救助隊は、当然、呼ぶべきだが、現状では彼らの到着は事故発生から1時間も2時間もたってからになる。しかし、これでは遅い。彼らにできることは遺体の捜索ということになってしまう。

従って、今回の事故から学び、改善すべきことは次の2つである。

1.仲間による救助率を向上させるための措置: 登山者全員が雪崩ビーコンを持つと同時に、その使用方法や捜索救助方法について、必要な研修をできる限り多くの人が受け、相互主義で救助できるようにすること。ビーコン所持の義務付け及び捜索救助研修受講の義務付けなど。なお、そのための研修は、日本雪崩ネットワーク(JAN)などがすでに実施している。

2.外部の救助隊(警察、消防、スキーパトロール、その他)による救助の迅速化: 現状での彼ら仕事は、ほとんどの場合、遺体の捜索になっている。しかし、もっと連絡があってから現場到着までの時間を短縮し、かつ、迅速に利用可能な人員資機材などの資源を組織化するための仕組みがあれば、救助できる場面もあるはずである。山岳救助は、主として警察の仕事になってはいるが、別に警察に全てを押し付ける必要はない。その他にも救助の際に支援してくれる民間団体や半公的な団体も多い。課題は、これらの資源を迅速にどうやって組織化し、現場に投入するかである。そのための手法は唯一つ。「雪崩インシデントに対するマネジメントシステムの標準化」である。米国やカナダなど、雪崩に限らず、全てのインシデントに対するマネジメントシステムがICSなどで標準化されている国では、雪崩インシデントについてもICSを適用し、そのマネジメントシステムが標準化され、現場での組織化が図られている。日本の場合、この全国レベルでのインシデントマネジメントの標準化が全く進んでいないが、雪崩インシデントも、非常に多くの組織が関係し、その組織化が必要なインシデントである。マネジメントが標準化されれば、その組織化コストが下がり、意思決定や資源配分が迅速化する。

なお、雪崩インシデントに対するマネジメントの標準化は、外部の救助隊の組織化といる側面だけではなく、仲間による救助と外部から駆けつけてくる救助隊による救助活動とをシームレスにつなぐためにも必要となる。まずは、雪崩インシデントに対する対応ということから、その標準化を検討し、他のインシデントにも広げていけばよい。

 

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ワンウェブ(OneWeb)

ワンウェブとは、648機もの超小型の低軌道衛星(高度1200km)によって全地球をカバーし、地球の隅々にまでインターネットを行き渡らせるという計画を遂行するベンチャー会社である。途上国を中心に全世界人口の54%もの人々がインターネットにアクセスできない環境下にあり、ワンウェブはそこにインターネットを提供するため衛星を打上げるという。ワンウェブには、昨年12月に日本のソフトバンクが出資して筆頭株主となり、先月(2017年2月)にはワンウェブとインテルサット(固定通信用の静止衛星保有数では世界最大の衛星通信事業者)の合併が発表され、ソフトバンクは合併後のインテルサットの39.9%の議決権を有する筆頭株主になるという。

ワンウェブは、今流行りの超小型衛星を使う。超小型衛星は、静止衛星に使われるような大型衛星に比べると製造コストが安い。おまけに、ソフトバンクに出資してもらって、フロリダに衛星を一週間に15機も製造できる製造工場をも独自に作る計画という。これまで、衛星のメーカーと言えばボーイングやロッキード、エアバス、タレス、日本の三菱などごく一部の大企業に限られていたので、衛星の製造分野へも垂直統合的に進出するということだろう。

ワンウェブの低軌道衛星とユーザー端末との間の通信には、Kuバンド(12/14GHz)帯を使い、衛星とゲートウェイ局との間の通信にKaバンド(17-30GHz)を使うらしい。問題はこのKuバンドである。赤道上空36,000kmの多くの静止衛星がすでに使用しているため、この真下を1200mの高さで飛ぶ低軌道衛星は、静止衛星からのKuバンドの電波に干渉を与えることになる。しかし、ワンウェブは、静止衛星と同じ方向からは電波を出さない「Progressive Pitching」(特許申請中)という手法でこの問題を乗り切るらしい。また、全世界で特定のKuバンドスペクトラムを使うということになると世界中で周波数調整をしなければならず、非常に困難だが、彼らは、10年位前に頓挫した「テレデシック」という企業からこの権利を買収して確保した。テレデシックは、膨大な数の低軌道衛星で全地球をカバーするという計画で、マイクロソフトのビル・ゲイツなどが創始者として始まったものだが、多くの低軌道衛星計画と同様に破綻してしまった。考えてみれば、ワンウェブは、このテレデシックの焼き直し版とも言えるのかもしれない。

KuバンドやKaバンドの周波数は、かなり降雨減衰がある。衛星放送の電波が雨や雪のときによく止まるのと同じようにこのサービスも豪雨地帯や豪雪地帯ではかなり電波が減衰し、届きにくいことがあるはず。今でも静止衛星からのKuバンドやKaバンドの電波によるVSATサービスというのはあるが、船舶などでは、Lバンドインマルサットサービスなどと併用し、Kuの電波が切れた時にはLバンドに切り替わるようになっている。ワンウェブはこの点をどう考えているのだろうか。

Kaバンドが衛星と地上のゲートウェイ局との間の通信に使われるらしいが、私は当初、Kaバンドと聞き、イリジウムで行われているのと同様な衛星間通信用としてKaバンドが使われるのだろうと思っていた。しかし、ワンウェブがITUでプレゼンした際の資料をよく読むとKaバンドはゲートウェイ局と衛星との間の通信用と書かれている。ということは、このワンウェブの衛星システムは、既存のグローバルスター衛星システムと同様のベントパイプ衛星システムということになり、衛星は地上のゲートウェイ局とユーザー端末との間を周波数を変換して、中継するだけのものということになる。グローバルスターシステムのカバーエリア図を見ればわかるとおり、衛星間通信を行わないシステムの場合は全地球をカバーするということができない。どうしても、ゲートウェイを設置できない海のど真ん中では通信できないことになるし、シベリアの奥地などのように陸地でも誰もゲートウェイを設置しないだろうと思われる地域では通信できない。イリジウムはKaバンドで衛星間通信が行われているので、地上のゲートウェイ局は地球上に一つあれば全地球をカバーできる。しかし、イリジウムのような衛星間通信を行うシステムの衛星は複雑になり、衛星の製造コストが高くなる。イリジウムが第二世代衛星を未だに打上げられないのもこの衛星コストのためである。ワンウェブの衛星が、単に衛星ひとつで地上と地上の通信を周波数変換して中継するだけのベントパイプ衛星なら、確かに衛星の製造コストはそんなにかからないが、衛星間通信をしないと全地球をくまなくカバーするということはできないので、このシステムは、船舶や航空機用としては、あまり望ましいものではない。更に、Kaバンドが地上との間に使用されているということになるとKaはKu以上に降雨減衰の影響を鋭く受けるので、雨や雪が激しい時には特定の地域の通信が途切れるということが発生するということになる。

このワンウェブのCEOであるグレッグ・ワイラーという人、O3bという地上8000kmの中軌道衛星で途上国にインターネットを提供するというビジネスを2007年に設立し、2012年にワンウェブを設立するまでそれに携わっていた。O3bは、Other 3 billion(忘れられた30億の人々)という意味で、目的はワンウェブと同じように地球上の隅々にまでインターネットを行き渡らせるというものである。O3bとワンウェブの違いは、衛星の高度や衛星の軌道、通信周波数、端末の大きさ、カバーエリアなどである。O3bの衛星は全地球をカバーする軌道を飛んでいないため、赤道下の国々にしかサービスが提供されない。なお、O3bは、すでに十数機もの衛星が打上げ済。なぜ、このワイラーという人は、自分で始めたO3bを途中で放り出し、ワンウェブを設立したのかよくわからない。O3bではカバーエリアが狭いということが理由だろうとの意見もあったが、ワンウェブも上記の通り衛星間通信なしでは必ずしも全地球をカバーできるものにはならないのであまり変わりはないはずである。衛星高度が低いので通信の遅延が少いというメリットは確かにあるが、データ通信を行っている限り、1秒前後の遅れなど誰も気にならない。O3bもワンウェブも、途上国の通信事業者をターゲットにしたBtoB型ビジネスモデルであり、それ以外は、あまり大きな違いはないようにも見える。もし、様々な理由で創始者たるワイラーという人がギブアップしたということであれば、このO3bはもうオダブツということだろうか。

端末は、フェーズドアレーアンテナを使用した小型端末で、WiFiや3G/LTEなどの電波によって、スマホやパソコンなどと接続する。200メートルくらいしか飛ばない携帯電話の基地局とも言える。この他、船舶向けの端末や既存の携帯電話のタワーに設置するための装置なども用意するらしい。

 

アイデアや構想は、非常におもしろいように見えるが、これらは決して珍しいものではなく、既存のものの焼き直しであり、何らかの形で似たようなものが存在する。

そして、最大の問題は、ビジネスとして成り立つのか、という点である。すでに掲げたワンウェブの前身とも言うべきテレデシックも途中で頓挫しているし、ひょっとするとO3bもすでにズッコケそうなのかもしれない。低軌道衛星システムの本家本元と言えば、イリジウム、グローバルスター、オーブコムなどだが、これらはいずれも、一度や二度は、チャプター・イレブン倒産を経験しているのが普通である。倒産したからと言って衛星がなくなるわけではないので、オーナーが替わったり、政府に救われたりしながら、何とか細々と継続されているものが多いが、低軌道衛星サービスは、静止衛星サービスと比べ、多くの衛星が必要になり、衛星コストがかかりすぎるため、大体失敗するのがこれまでは普通であった。

ワンウェブは、この最大のネックだった、衛星コストを超小型衛星を安く大量生産することで解決する意図のようだ。しかし、衛星がいくら安くなったといっても、648機もの衛星が必要ということになるとその費用はバカにならないだろう。イリジウムも、かなり小型衛星で、たった66機必要なのだが、それでもコケている。

ワンウェブは、インテルサットとの合併、ソフトバンクによる出資などによって、衛星の打上げに必要な膨大な資金は、なんとか確保できるのかもしれない。問題は、衛星が無事全部上がったとして、ほんとにそれが、ビジネスとして成り立っていくかであろう。648個の衛星を継続的に維持していくにはかなりコストがかかるはず。

ワンウェブのみならず、スペースXなども似たような計画を有しており、O3bも含めると新たな低軌道衛星による高速インターネットサービスにも、複数のプレーヤーが存在することになる。既存のイリジウムやグローバルスターのようなサービスや静止衛星によるサービスも加えると競争は更に激しいものになる。

ところで、ソフトバンクは、6年前の3・11以降、防災用との観点から衛星通信にかなり熱心になり、スラヤと提携してみたり、Sバンドを使った独自衛星の打上げを画策してみたりしていたようだが、この独自衛星というプランは消え、ワンウェブにシフトしていくということだろうか。

いずれにせよ、ソフトバンクグループのお手並み拝見である。

 

 

 

 

秋田でのミサイル避難訓練

北朝鮮の弾道ミサイル発射を想定して17日に秋田県男鹿市で行われた初の避難訓練は、避難場所まで半径100メートル以内の場所にいた住民たちが訓練の対象となり、比較的…

情報源: 【北ミサイル】「生ぬるい」と戦争経験者 秋田のミサイル避難訓練 核弾頭搭載なら被害は…(1/3ページ) – 産経ニュース

 

秋田でミサイル避難訓練があったようだ。J-Alertで”空襲警報”が出され、それを聞いた市民が屋内に退避するという訓練。何もやらないよりはよいという考え方もあるが、B29に竹槍で立ち向かう訓練をしているようなものであり、私は、多くの問題があると思う。

まず、第一に、北朝鮮がミサイルを発射したとしても、それが日本本土に着弾するまでに要する時間は数分しかない点。ロケットの速度はジェット機の20倍〜30倍であり、日韓間をジェット機で飛んだとして2時間程度の距離なので、単純な割り算をすれば、4〜6分で到達することになる。防衛省のミサイル防衛システムで、北朝鮮がミサイルを発射したとたんに弾道を計算し、本土への着弾を予測して、J-Alertで空襲警報を出すなどということができるのか。できるのであれば、北朝鮮はすでに秋田近海に着弾するミサイルを何度も発射しており、その際にも発令されなければいけないと思うが、大体は着弾後の事後通報だった。そもそも、総理大臣の承認なしに、そうゆう短時間でこんな重大な警報を出すような権限が防衛当局にあるとは到底思えないが、大臣の承認などとっている時間はない。誤報になるリスクも高く、これを出すのは相当に勇気がいる行為である。警報を出すことを考えるよりも、日本海に展開しているイージス艦で撃ち落とすことを考えてもらいたい。

第二は、その警報を市民が信じるかという点。火災報知器が警報を鳴らしても、誰も信じないのと同様に、特段、北朝鮮と戦争している状況でもない中で、突然出された警報をどれだけの人が信用するだろうか。今でこそ、つい先日、北朝鮮が4発ものミサイルを発射した後なので、信じる人は多いかもしれないが、1年も何もなければ、そうゆう緊張感は途切れる。

第三は、屋内退避がほんとうに適切なのかという点。防空壕のような設備があるところは現代にはなく、通常の家屋であれば、屋内にいたが故に、家の下敷きになったり、火災に巻き込まれてしまうというリスクも高い。屋外にいれば、目視で最適な逃げる方向を選択し、被害の少なそうな方向に走っていくということもできるが、屋内でじっとしているのが安全だというためには、ミサイル攻撃に耐えうるようなよほど頑丈な建物でないとならない。従って、一様に屋内退避を行政が呼びかけてしまうのは問題であり、どこか決められたところに避難するということではなく、臨機応変に最適な方向へ走って逃げるという方が適切だろう。

基本的には、事後的な対応によって、被害を最小化するしかない。ミサイルに特化した訓練ということではなく、地震や火災時の防災訓練を地域で十分にやって、初期消火や迅速な人命救助を実施できるようにすることが重要である。ミサイルが飛んできて被害が出たとした場合、発生する災害は火災や建物の崩壊等であって、これらに対する対応手段は、地震や火災時のものと何ら変わらない。

通常の弾道ミサイルなら朝鮮半島から日本までは数分で到達

3月6日、北朝鮮が再びミサイルの発射実験を実施し、4発中3発が日本のEEZ内海域に落下した。マレーシアでは在マレーシアの北朝鮮大使が国外退去処分とされ、国交断然も視野に入っているようだし、最近特に北朝鮮に対する国際世論が極限状況にまで悪化している中での発射である。もう、北朝鮮には何を言っても無駄だろう。こうなってくると、米軍が北朝鮮へ何らかの軍事オプションを選択する可能性が非常に高くなってくる。そう感じているのは私だけではないだろう。北がVXなどのような化学兵器を保有しているということになれば米軍が軍事介入する理由にはなる。5〜6年前、シリアが化学兵器を保有していることが判明した時、オバマ大統領は「アサドは一線を超えた!」などと言って軍事介入をする意思を固めたが、ロシアがシリアに化学兵器の廃棄を確約させ、あの時は収まった。しかし、今回は北が化学兵器を放棄するとは考えられないし、おまけに核兵器まで保有しようとしている。

そもそも、1994年頃、クリントン政権時代にも米軍が北朝鮮を限定空爆する直前の状態にまで緊張したことがあった。北朝鮮がNPTを遵守せず、極秘に核兵器開発を行っていることが明らかになったからである。このときは、韓国の金泳三大統領(当時)が反対し、結局中止になったが、その金元大統領は、中止要請したことを後日後悔しているとも伝えられている(金泳三元大統領、米国の北朝鮮爆撃計画阻止を後悔…ウィキリークス)。

恐らく、これまでにも度々、米国防省は大統領に対して、軍事的選択肢を提示してきただろうし、トランプのテーブルの上にもそれはのっているだろう。「世界の警察官ややらない」などと主張してきたトランプだが、自己顕示欲が非常に強い彼なら、これを選択し、「これまでのどの大統領も解決できなかった北朝鮮の核問題を俺が力で解決したんだ!」と主張したいだろう。それにより、北朝鮮からの攻撃や押し寄せる難民などを回避したい韓国や中国は、簡単には同意できないだろうが、外国の立場など全く考慮するつもりがないトランプならそれを無視してでも実施してしまう可能性が高い。

「大量破壊兵器を保有している」との理由でイラクへの軍事侵攻を決定した米国である。結局のところ、イラクから大量破壊兵器は発見されなかったのだが、アメリカにとっては事実かどうかは関係なく大義名分があればよい。戦争は米国にとって公共事業のようなもの。日本で必要もない道路をドンドン作るのと同様に、米国は戦争を起こすことによって関連する産業にお金が流れるようにしたい。今回は、特に、ウソを「Alternative Factだ」などと発表し、公然と事実を曲げることを厭わないトランプ政権であり、この政権は公共事業に多額の税金を使うことに非常に積極的でもある。朝鮮半島で最悪の事態が発生するリスクが非常に高まっている(参考:「北朝鮮の核問題、トランプ政権下で最悪の事態も」ロイター)。

もし、そのような事態になった場合、日本も北朝鮮から攻撃される可能性があるが、我々はどうすべきか。J-Alert(全国瞬時警報システム)などは、全く役に立たない。政府がいくら「北朝鮮がミサイルを発射しました!」とSUPERBIRD衛星を経由して各自治体の防災無線で空襲警報を出したとしても、我々にできることなど何もない。一般的な弾道ミサイルの速度は、約28,000Km/hである。ジャンボジェットの速度は約900Km/h。従ってミサイルの速度はジェット機の速度の約30倍。東京とソウルの間をジェット機で飛べば2時間位であるので、単純化して、この2時間の30分の1の時間で日本に到達すると仮定するとその時間は、たったの4分。これでは警報など出されても何もできることはないだろう。地震のように机の下の隠れたとしても、まあ、ほとんど意味のない世界である。

また、仮に逃げる時間が十分あったとしても、各家庭にシェルターがあるわけでもなく、どこに落ちるかピンポイントで示されるわけでもないので、どこかに逃げても意味がない。避難所となっている地域の小学校の体育館と今自分がいる場所と比較してどちらかが安全と言えるような事態ではない。屋内退避指示が出されることもあるようだが、何故に屋内の方が屋外よりも安全と言えるのか。屋内にいれば家の下敷きになるリスクがあるが、屋外にいればそのリスクはない。いずれにせよ、ミサイルの場合、どこにいれば確率的により安全といえるような具体的な証拠や論理が全くない。

ただし、救助機関がJ-Alertによる警報が出された時に直ちに非常体制に入ることができるというメリットは多少ある。しかし、ミサイルは数分で北朝鮮から日本に到達するので、その数分間の間に何が準備できるのかと考えれば、恐らく何もできない。そもそも、これまでに何度も北朝鮮は日本海に向けてミサイルを発射したが、その際、それを探知し、J-Alertで国民に対して空襲警報が出されたことはあるか。日本海に落ちるか、日本の陸上に落ちるかを識別できるのか。日本海で落ちそうもないときに限って警報を出すなどという芸当ができるのか。恐らく、そんなことはできないし、仮にできたとしても警報が出てから着弾までの時間が数分では何もできない。

防衛省のミサイル防衛システムが機能することを祈るばかりだが、結局のところ、地域のレベルでできることは、事後的な対応(Response)によって、被害を最小限にすることだけである。その際に必要となるのは、災害時におけるインシデントマネジメントと全く同じであり、皆で協力し、優先順位を決め、迅速に対応するしかない。

 

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トリアージの本質

適切な日本語が存在しない仏語を語源とする外来語である。「患者の重症度に基づいて、治療の優先度を決定して選別を行うこと」(Wikipediaより)などと説明されているため、災害医療の専門用語だと勘違いしている人が多いが、これは決して医療分野に限った用語ではなく、欧米では捜索救助(Search & Rescue)や事業継続マネジメント(BCM)でも使用される概念である。正確に定義すると「災害などのため利用可能な資源と時間が限られている中で、救助を要する資源(注:人とは限らない。物やサービスも含まれる。)が複数ある場合に、最大多数を救助するために救助の優先順位を決定すること。」である。

メディアでも時々紹介される医療トリアージでは、災害などで医療資源に限りがあるにも関わらず、多くの患者がいる場合に、レベル0(死亡者または蘇生不可能者)には黒、レベルI(要緊急治療者)には赤、レベルⅡ(準要緊急治療者)には黄、レベルⅢ(待機可能者)には緑のタグをつけ、赤⇒黄⇒緑⇒黒の順に優先的に治療を実施する。タグ付けの判断は基本的には訓練された医療従事者が、標準化された分類基準(START法)に基いて行う。緊急に治療をすれば助かる可能性が高い人を優先的に治療し、怪我はしているもののすぐに治療しなくても直ちに生命に危険があるような状態ではない人の治療は後回しにするということである。そして、すでに死亡した者や助かる見込みのない者への対応は最後とする。ここで難しいのは黒の判断である。

災害時などのように提供可能な医療資源が限定される中で、大量の怪我人などが発生した場合には、平常時のように先着順で治療にあたることは合理的ではなく、救える命が少なくなる。例えば、次のような場合を仮定する。残念なことに救急救命室に医者は1人しかいない。

「そこへ6人の患者がやってくる。彼らはひどい路面電車の事故に遭ったんだ。うち5人は中程度の怪我をしている。1人は重症だ。重症患者に一日中かかりきりで手当てをすれば助かるが、その場合、5人は死ぬ。逆に中程度の5人の手当てをすれば5人は助かるが、その間に重症患者は亡くなる。医者として5人を助けるべきか? それとも1人を助けるべきか?」(マイケル・サンデル『ハーバード白熱教室講義録(上)』早川書房、18ページ)

これは、あの有名なハーバード大学マイケル・サンデル教授の講義の一コマなのだが、1人を助けると答えた学生はほとんどいなかった。実は、これが典型的なトリアージである。このような場合には、5人の治療を優先して実施することに異論を唱える人は少いだろう。この例でトリアージ・タグをつける場合、難しい決断になるが、重症患者である1人には黒タグをつけなければならない。黒タグはすでに死亡が確認された患者につけるものと思われがちだが、実はそうではない。前掲したWikipediaにも次のように記されている。

黒とは正しくは、「何もしないと死亡することが予測されるが、その場の医療能力と全傷病者状態により、救命行為(搬送も含めて)を行うことが、結果として全体の不利益になると判断される傷病者」のことである。しかし、「その場での救命の可能性がない傷病者」と誤解される事が多い。たとえば、心室細動で心肺停止状態の傷病病者を想定する。初期から心肺蘇生法を行えば、救命の可能性は十分ある。しかし、その心肺蘇生には数人かつ10分以上必要である。その傷病者にそれだけの医療能力を割り当てることが可能ならば赤タグとなり、不可能ならば黒タグとなる。このように優先度分類は相対的なものである。

マイケル・サンデル氏の講義は、上記の6人の患者の例のみならず、様々なバリエーションで議論が促される。講義冒頭の質問は「君は路面電車の運転手で、時速100Kmで走っている。行く手に5人の労働者がいることに気がついたがブレーキが利かない。そのとき、脇に逸れる待避線があることに気がつく。しかし、そこにも働いている人が1人いる。ブレーキは利かないがハンドルは利く。ハンドルを切って1人を殺して5人を助けるか否か?」(上掲書、13ページ)という問いであった。この例でも、1人を殺してでも5人を助けると答えた学生が多かった。同氏は、次に「君は電車の線路の上に掛かる橋にいる。電車が走ってくるのが見えたが、線路の先には5人の労働者がいる。ブレーキが利かないように見えた。そこに自分の隣に橋から身を乗り出しているものすごい太った1人の男がいることに気づく。君がこの男を突き落とせば彼は電車の前に落ちる。彼は死ぬが、5人を助けることができる。君は彼を橋から突き落とすか?」(上掲書、15ページ)と問う。この例だと、彼を突き落として5人を助けると答える学生は圧倒的に少なくなった。何が2つの例で違うのか? 最初に述べた例は行為の帰結(帰結論)に重きを置き、後の例は行為の本質(定言論)に重きが置かれた結果、異なる結論に行き着いたのである。帰結論はベンサム、定言論はカントが有名だが、そこまでいくと哲学の世界に深入りし過ぎてしまうので、これ以上、ここで論ずることはしない。しかし、トリアージという考え方は、ベンサムなどの帰結主義的道徳原理、言い換えれば、「最大多数の最大幸福」を追求する功利主義に基づくものだと言えるだろう。行為の本質に大きな違いがない場合には大きな問題にならないが、それが異なる場合は、社会的コンセンサスを得るのが難しくなる。

現実的には、人としての良心や周囲の反応などのため、必要な資源が不足していることを理由に重傷者に黒タグをつけてしまうのは非常に難しいだろう。しかし、その重傷者にかかりっきりになることによって、他の大勢が救えなくなるという事態は実際に発生しうることである。このような場合には、黒タグではなく、何か別の色、たとえば紫とか濃い赤などをつけ、十分な医療資源が確保できた時点で治療にあたるなどといった仕組み必要だと考える。

さて、このトリアージだが、災害医療(「メディカル・トリアージ」と呼ばれる。)以外の状況でも必要になる。例えば捜索救助(Search & Rescue)である。

今、10人で冬のアルプスに登山しているパーティーがいたとする。そこに突然雪崩が発生し、8人が雪崩に飲まれたが、2人は無事だった。無事だった2人は、雪崩に埋まった8人をどのような順序で救助すべきか、という意思決定の問題もレスキュー・トリアージと呼ばれるトリアージの一種である。

埋まった8人とも雪崩ビーコンを身につけてはいるが、見渡す限り真っ白で、8人の手がかりが全くない場合、無事だった2人が最初にすべきは、まず、山岳救助隊に連絡し、救助隊を派遣してもらうことである。2人で8人を救助するのは難しい。どうしても救助隊に来てもらう必要があるだろう。しかし、ただ、救助隊の到着を待っているだけではいけない。雪崩に埋もれてから30分もすれば死亡する確率が非常に高くなる。2人で協力し、できるだけ早く生存者を見つけなければならない。2人は手分けしてビーコン受信機を使って埋まっている8人から発信される電波の探知を始めた。まもなく、電波をキャッチし、8人のうちの1人の埋没位置を特定することができた。このとき、直ちに掘り出しを開始すべきか否か? この場合、埋没の深さによって答えは異なる(注:雪崩ビーコンでは埋没深度もある程度わかる。)。埋没深度が5メートルだった場合には2人の力で掘り出すのは時間がかかりすぎる。そこで、マークだけして、次の人の捜索に向かい、その人の掘り出しは、後からかけつけてくる山岳救助隊に任せるすべきだろう。しかし、それが50センチくらいの浅いところだったらどうか。その場合、2人でもすぐに掘り出せるので、直ちに掘り出しを開始し、救助してしまった方がよい。その救助された人が元気なら、救助された人にも、捜索活動を手伝ってもらうことができる。埋没地域全体をまずビーコン捜索して8人全員の埋没地点をマーキングし、掘り出しの優先順位をトリアージして確定してから掘り出しを開始すべきとの意見もあるかもしれない。しかし、埋没したと思われる地域が広く、深い雪中をズボズボと歩きながら捜索するには時間がかかり過ぎるような場合には、体の一部が表層に出ている埋没者や掘り出し可能深度の埋没者を発見次第、掘り出していくという意思決定も立派なトリアージだろう。なお、上記の例は8人埋没、2人無事としたが、この数字が逆であれば、当然ならがトリアージの意思決定は異なったものになる。

どこを探すか、という問題もトリアージである。これは、リモート・トリアージとも呼ばれる。雪崩インシデントの場合、例えば、雪崩が流れた先に大きな崖があったとしよう。その場合、その崖の下にまで遭難者が流されているとしたら、まず、生存の可能性はない。従って、崖の下は捜索区域から除外し、埋まっているとしても生存している可能性が高い地域から捜索していかなければならない。目撃者の証言や残留物などの手がかりがある場合にはその周辺に埋もれている確率が高いので、そこから優先的に捜索するのが適切だろう。

船舶遭難などの場合も、最後に位置通報があった地点を中心に、船舶の大きさの他、風向、風力、海流などの気象条件や経過時間などを入力し、コンピューターで遭難船舶の所在公算位置を計算し、そこを起点として捜索区域を設定する。船舶の捜索救助(SAR)の分野では、これをトリアージとは呼んでいなかったが、これもリモート・トリアージの一種と言えるだろう。

その他、ヘリコプターなどの輸送資源が少いにも関わらず、多くの怪我人がいる場合に、彼らをどのような優先順位で病院に搬送するのかという意思決定を「搬出トリアージ」、避難所として使える施設が少いにも関わらず、住居を失った被災者が多数いる場合に、どのような優先順位で被災者を避難所に入れるのかという意思決定を「避難所トリアージ」と呼ぶこともある。

ここまでの事例は、いずれも人命、言い換えれば人的資源に関係するものだったが、トリアージの概念は人的資源以外の物やサービス、事業などの経営資源に対してインシデントが発生し、それへの対応及び復旧が必要な場合にも適用できる。言い換えれば、事業継続マネジメント(BCM)の場合である。今、ある企業で商品Aと商品Bの製造ラインが大災害で被災して製造できなくなってしまったとする。そしてその復旧のために投入できる経営資源はあまり多くない。この場合、どちらの製造ラインを優先的に復旧すべきか。商品Aはこの企業の主力製品で売上の8割を占めているが、商品Bは不人気な商品で売上の2割を占めるに過ぎない場合、商品Aのラインを優先的に復旧するという意思決定には誰も反対しないだろう。しかし、商品AとBが共に売上の5割を占める甲乙つけがたい商品である場合はどうか。この場合、復旧にそれほど時間がかからない方を優先的に復旧すべきである。その方が企業としての損失は小さくなる。では、商品AとBが共に売上の5割を占めるもので、かつ、どちらの復旧に要する時間も同じだが、商品Aについては競合他社の商品Zで代替可能なものである場合はどうか。この場合、商品Aのラインの復旧が遅れるとマーケットシェアが商品Zによって奪われてしまうので商品Aの復旧を優先すべきである。なお、社員などの人的資源と製造ラインなどの物理的資源の2つが天秤にかけられるとしたら、社員の人命救助及び安全確保が最優先になるのは言うまでもない。人的資源は、一度失われたら復旧不可能な最も重要な経営資源であるためである。このような事業継続上の優先順位付けをトリアージと呼ぶ人はまだいないようだが、私は、これを「事業継続トリアージ」と呼ぶことにする。

 

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