災害対策基本法の改正案

災害対策基本法の改正案・・村井宗明(災害対策委員長)の講演 – YouTube.

災害対策基本法の改正案の概要がこのYoutubeでわかる。要するに、被災地から要求がなくても物資を供給することができる、とか、GIS情報をもっと活用しなければならない、などといった当たり前のことを明記しただけのようだ。

逆に言うと、被災地から要求がなければ物資を送ってはならない、などという規制でもあったのか? そんなのがあるはずないだろう? こんなのは法律に「〜できる」などと権利規定を明確にしなくても、送る側から提案し、「こんなものがあるが必要か?」のように聞いて調整して送ればよい。それだけのことだろう? そして、それらが直ちに必要のないものであれば、現地に一時集積所・待機所(米国ではこれを「Staging Area」と呼んでいる。)を設置し、必要になるまでそこに置いておけばいい。法律に権利規定がないから送らなかった、などというのは言い訳にすぎない。物資は必要なところに必要なものを送らなければならない。不要なものを送ったところでもらった方はゴミが増えるだけである。こんな改正が成立したら、今度は不要な物資が大量に送りつけられるリスクもあるだろう。必要なものを必要な人に送る、これは平時も非常時も同じである。そのためのメカニズムを決めるのが法律だが、今回の改正はとにかく何か改正しないと、という行政側のアリバエ工作ともとれると思う。

GIS情報を活用しなければならない、という義務規定みたいなものを入れたからといっても利用者の側に立ったシステムでなければやはり使われない。この義務規定が入って喜ぶのはサイバーゼネコンだけである。

国はまた無駄な箱物防災に走るのか?

原子力安全委員会のディスカッションペーパーには、

米国連邦政府等が導入している「インシデント・コマンド・システム (ICS) に相当する、国や自治体の意思決定者が、的確・迅速な防護対策を意思 決定できるシステムの構築が必要である。このため、プラント情報、気象デー タ、モニタリングデータ、避難状況等の様々な情報を意思決定に役立つよう分 析評価し、インテリジェント化する意思決定支援機能が必要である。

と記されている。ICSは上記のような国や自治体の意思決定者の意思決定を支援する仕組みではないことは先日述べたが、「プラント情報、気象デー タ、モニタリングデータ、避難状況等の様々な情報を意思決定に役立つよう分 析評価し、インテリジェント化する意思決定支援機能が必要である。」というフレーズは、また、東日本大震災を理由にあまり役に立たない複雑な情報システムの開発などに税金をつぎ込もうという前触れであろう。このような情報システムはあれば確かにベターである。しかし、私の経験から言わせてもらうと、防災用の情報システムというのは普段から使っているわけではないので、いざというとき使い方がわからない、そして場合によってはそんなものがあったのか、などどあることすら忘れられているものが大半(話題になった放射能の拡散予測装置「SPEEDI」など)である。いずれにせよ、高度な情報システムに過度に依存してしまうと、災害で通信が遮断されたり、電気が停電しただけで役に立たなくなる。これはそもそも危機管理の基礎ができていないということである。基本は、このような情報システムがあればベターだが、なくても意思決定できる、という仕組みを作っておくことだろう。

情報は災害現場・事故現場に集中している。従って、現場の状況がよくわかる地点で意思決定が行われれば、複雑な情報システムがなくても意思決定できる。人が走って状況を見てきて、指揮官に報告すればいい。それだけのことだ。自治体や国は、このような現場指揮官の作業を支援するだけでよい。現場指揮官に対してああしろ、こうしろと命令するのは自治体や国の仕事ではない。今回の福島第一原発事故は、中央で現場のマイクロマネジメントまでするという意思決定手法が非現実的であり間違っていることを証明したはずだ。恐らく世界的に見ても、災害時に中央がこんなに過干渉する国はあまりないだろう。日本だけである。少なくとも欧米はこのような仕組みはとっていない。(ロシアあたりは日本と同じかもしれないが・・)

米国などで導入されているICSは、現場で意思決定するための仕組みである。日本も大幅な考え方の変更、言い換えればプラットフォームの修正を図る時期に来ているのではないだろうか。このまま関東大震災や東南海地震が発生したら、恐らく意思決定不全が発生し、被害は不必要なまでに拡大する。

災害時は逆ピラミッド型組織

1 なぜ多くの組織はピラミッド組織なのか

企業や官庁を問わず、なぜ多くの組織はピラミッド型(経営学上は「官僚制組織」と言います。)なのでしょうか。ピラミッド型組織の起原はマックスウェーバー(1864-1920)の時代にあると言われていますので、少なくとも数百年もの歴史があると思われますが、ひとつの大きな理由は通信手段です。

インターネットのような広範囲の人に同時に情報を送ることができる手段(これらを「1対N型」または「N対N型」と呼びます。)が発明される前は、通信は電話のように基本的には「1対1」で情報を交換するタイプのものでした。電気通信が発明される以前では、人が紙に書いて運ぶか、走って口頭で伝えに行く、ということしかできなかったでしょう。このような1対1型通信しかなかった時代の意思決定は、どうしてもどこか1カ所に情報を集約し、そこで情報を整理した上で、最適な策を選択するという方法を取らざる得ません。

そして、その情報集約拠点は、更に上位の情報集約拠点に対して情報を報告し、上位の拠点は更に全体的かつ長期的な戦略に関する意思決定をしていく、これがピラミッド型組織の基本です。ピラミッド型組織は、ベンチャー企業のように比較的組織が小さい場合には、ピラミッドの階層が少なく、組織の風通しが阻害されませんので、組織の調整機能が有効に働き、組織力を発揮することができます。

しかしながら、組織が大きくなってくるとピラミッド型組織には数多くの問題点がみられるようになります。これはロバート・キング・マートン(1910-2003)らによって明らかにされた「官僚制の逆機能」といわれるものです。

  • 規則万能(例:規則に無いから出来ないという杓子定規な対応)
  • 責任回避・自己保身(事なかれ主義)
  • 秘密主義
  • 前例主義による保守的傾向
  • 画一的傾向
  • 権威主義的傾向(例:役所窓口などでの冷淡で横柄な対応)
  • 繁文縟礼(はんぶんじょくれい)(例:膨大な処理済文書の保管を専門とする部署が存在すること)
  • セクショナリズム(例:縦割り行政、専門外・管轄外の業務を避けようとするなどの閉鎖的傾向)

これらは、一般に官僚主義と呼ばれているもので、先例がないからやらない、規則に示されていないからやらない、上司の了解がないといってやらない、自分たちの業務・専門以外やらない、など日本の役所や大企業によく見られる傾向ですが、私はこれらに加えて、意思決定に非常に長時間を要する点と、情報が上層部に正確に伝わらない点も大きな問題点として指摘したいと思います。

情報が下から上へと各情報集約拠点を経由して徐々に上がっていく、そして、その過程である程度情報が加工変形されるので、上層部にはなかなか正確な情報が上がらないと同時に情報の伝達に時間がかかる、これは災害発生時などの緊急事態の場合には致命的な問題点です。

2 情報革命が組織を変える~崩れゆくピラミッド組織

2002年5月12日に放送されたNHKスペシャル「変革の世紀 第2回 情報革命が組織を変える~崩れゆくピラミッド組織」は、このようなピラミッド型組織が、徐々に変わりつつあるということを伝えた非常に興味深い番組でした。ピラミッド型組織の原点とも言えるのが軍隊ですが、その軍隊でさえもピラミッド型組織を見直しているというのです。

番組は、米国軍隊での中央集権による指示命令系統が見直されたきっかけは、ソマリアでの作戦の失敗だとして、当時の状況を詳細に説明しています。多数の犠牲者が出た地上の車両の状況を、空中の戦闘ヘリは把握しており、悲劇を回避するための情報は握っていました。しかし、命令系統は、司令部から戦闘ヘリという流れで、そのルートで指示がなされたときには、既に悲劇ははじまっていたというのです。軍隊の構成員が命令系統を変えたり、臨機応変に行動することは許されません。この悲劇に学んだ米国陸軍は、兵士一人一人が、責任をもち行動するという方式に改めることになりました。

そのための鍵は情報です。これまでのピラミッド型組織では情報を司令部に集めてそこが命令を出すという流れでしたが、それでは遅いということですので、兵士自らが司令部からの命令を待たずに意思決定をしなければなりません。そのためには、敵の位置や勢力、味方の位置や勢力など意思決定に必要な情報が必要ですが、インターネットを活用した情報技術がそれを可能にしました。兵士が着用しているヘルメットには小さな液晶画面がついており、恐らく、この画面上に航空機や他の味方勢力から集められたあらゆる情報が表示されるのでしょう(このように一枚の地図上に現状を表示させ、関係者で情報を共有するための仕組みをCOP(Common Operational Picture)といいいます。)。兵士はこの画面を見て司令部からの命令を待たずに必要とあれば敵を攻撃する。これが未来の兵士の姿だというのです。米軍ではこのようにインターネット技術の活用やCOPの構築による組織のフラット化が進められています。

番組は、この他、自動車メーカのフォードなどを事例に出して、ピラミッド型組織の対局とも言うべき、「逆ピラミッド型組織」についても紹介しています。これは「上司は部下より偉い」という考え方ではなく、「上司は部下が仕事をしやすいようにサポートする存在」という考え方に立ち、顧客(顧客第一主義の下では最も偉いのは顧客です)に直接接触する営業現場最前線こそが偉いという考え方です。このような組織では、部下の尻を叩いて働かせるということではなく、上司の決断の遅さや、組織内の問題などの要因で部下の仕事を止めないようにすることを重視します。そういう意味で、「上司は部下の仕事を支える存在」「上司は部下への奉仕者」ということになります。なお、逆ピラミッド型組織でも、当然ながら意思決定の鍵となるのは情報ですので、現場最前線の営業マンが必要とする情報は社内情報システムなどによって共有されています。

逆ピラミッド型組織のメリットは、何と言っても意思決定の早さです。現場が上層部にお伺いを立てることなく意思決定できるわけですから、情報が変形することもなく、素早い意思決定が可能です。反面、各現場がそれぞれ勝手に行動するため、同じ事を重複して行ったり、その結果、不必要な対立が発生したりする点がデメリットです。つまり、組織内における調整が不足しがちになります。

3 ベストな組織とは?

経営学者のチェスター・バーナード(1886-1961)は、組織の成立要件として次の3つを挙げています。

  1. 伝達(Communication)
  2. 貢献意欲(Willingness to serve)
  3. 共通目的(Common purpose)

これら3つを私なりに解釈し、組織形態を検討する場合の要素として言い換えると(1)の伝達は「意思決定の早さ・正確さ」、(2)の貢献意欲は「職員の自主性」、(3)の共通目的は「組織内の調整機能」ということができると思います。そして、これら3要素でピラミッド型、逆ピラミッド型を比較すると次のようになります。

ピラミッド型組織 逆ピラミッド型組織
(1)意思決定の早さ・正確さ
(2)職員の自主性
(3)組織内の調整機能

なお、実際には純粋なピラミッド型組織、逆ピラミッド型組織というものは存在しません。あらゆる組織はピラミッド型を基本とした上で、程度の大小はあるにせよ下部組織に意思決定権限の移譲などしていますので、ピラミッド型と逆ピラミッド型を何らかの形で混在させているのが現実です。 組織論の世界では、事業部制、ネットワーク型、マトリックス型、スタッフ制、プロジェクト型など、実に多くの形態の組織がありますが、結局のところ、この2つを様々な形でミックスしたものということができるでしょう。

それでは、災害等の非常事態に最も適した組織形態とはどのようなものでしょうか。私は、国という大きな組織の視点で見た場合には意思決定の遅延や情報混乱を避けるため現場に意思決定権限を委譲した逆ピラミッド型として地方自治体や国はあくまでも現場のサポートに徹するものとし、反対に災害・事故等の現場レベルでは現場指揮官をトップとする強力なピラミッド型として合理的な役割分担を即座に決定・実施に移すことが望ましいためと思っています。なお、現場に構築されるピラミッド型組織は、大きすぎても小さすぎても問題が発生します。大きすぎれば、官僚制の逆機能が働き、機能しなくなります。逆に小さすぎれば、現場職員の負担が増大し、やはり機能しなくなります。このちょうどよい組織を構築するということが非常に難しいわけですが、それを可能にしているのが、現場指揮システム(ICS: Incident Command System)というものです。

原子力安全委員会の検討状況

原子力安全委員会からオフサイトセンターの機能に関するディスカッションペーパーが発表されている。

この中には次のような記述がある。

I 緊急事態における意思決定システム
(論点1) 米国連邦政府等が導入している「インシデント・コマンド・システム (ICS) に相当する、国や自治体の意思決定者が、的確・迅速な防護対策を意思 決定できるシステムの構築が必要である。このため、プラント情報、気象デー タ、モニタリングデータ、避難状況等の様々な情報を意思決定に役立つよう分 析評価し、インテリジェント化する意思決定支援機能が必要である。
意志の伝達や情報の交換を支障なく行うためには、個人で扱う責任の数、権 限の及ぶ人数ともに限界があるため、「責任範囲の明確化」が必要であり、国の 対策本部で意思決定すること、現地対策本部において事案処理レベルで意思決 定することを明確にすることや「指揮命令系統の一本化」も重要である。また 国及び自治体等が協力して活動するためには、「状況認識の統一」の手段が整備 されていることが重要である。さらに意思決定者の不在、通信不良等不測の事 態に対しても、迅速、的確に防護措置が取れるよう、意思決定者の代行順位を 明確にするとともに、緊急の場合は、上部の指示がなくても、現地で意思決定 できるよう意思決定手続きを予め明確にしておくことが必要である。

残念だが、これを読む限り、我が国の原子力安全委員会はICSの仕組みやメリットを全く理解していないようだ。ICSは「国や自治体の意思決定者が、的確・迅速な防護対策を意思 決定できるシステム」では全くない。ICSは事故現場での意思決定とマネジメントの仕組みであり、国や自治体はこの現場を支援するだけのことである。このあたりが恐らく日本の役人には理解できないだろう。

最近、私と米軍の友人らとでウィキペディアに「インシデント・コマンド・システム」という項目を作った。(⇒ウィキペディアへのリンク

多くの人に読んでもらい、我が国の緊急事態でのマネジメントシステムを大幅に改善してもらいたい。