釜石の奇跡と洞爺丸事故/セウォル号事故

青函連絡船「洞爺丸」の沈没。この悲劇を今となっては知っている人も覚えている人も少ないだろう。今から62年前のちょうど今日のことである。1954年(昭和29年)9月26日の夜、青函連絡船「洞爺丸」は、洞爺丸台風とも呼ばれる極めて強力な台風15号に遭遇し、函館の七重浜沖で沈没・転覆した。「洞爺丸」だけで1155名、同時に沈没した「十勝丸」「第十一青函丸」「北見丸」「日高丸」を合わせると5隻の同時海難で計1447名の乗員・乗客の命が一度に失われた。生存者は、「洞爺丸」で159名、5隻を全て含めても202名にすぎない。(注:犠牲者の数は資料によりバラつきがあり、正確な数字が把握されていない。上記の数字はWikipediaによる。)

タイタニック号事故(1912年4月14日発生、乗員・乗客約1500名死亡、生存者約700名)は、映画にもなっているので多くの人が知っていると思われるが、洞爺丸海難は、世界的に見ると、このタイタニック号事故に次ぐ大参事であり、日本国内では海難史上最悪の事故である。

他方、2014年4月16日に韓国で発生した大型旅客船「セウォル号」海難は記憶に新しい。修学旅行中の多くの高校生が亡くなった。こちらも、295名死亡、行方不明9名、生存者172名という韓国国内海難史上で最悪の事故であった。

この洞爺丸海難とセウォル号海難、いくつかの点で類似しており、考えさせられる。なお、ここでは洞爺丸海難の詳細については説明しない。インターネット上のいくつものサイトで詳しく説明されているし、出版物も多い。私は、以下の書物を参考にした。(特に上前淳一郎[1987]は一読の価値大。)

韓国のセウォル号事故では「船内で待機せよ。」という船内放送が流されていたため、この指示に従っていた多くの高校生が船内に閉じ込められ、逃げられなくなったことが原因だ、として船長が殺人罪で起訴され、死刑まで求刑された。判決は殺人罪については無罪、業務上過失致死として懲役36年となったようだが、それにしても、船長や乗組員に責任を押し付け過ぎだと感じる(注:日本の刑法では業務上過失致死は5年以下の懲役または100万円以下の罰金であり最大でも5年である。過失犯で36年の懲役などというのは信じられない。)。世論が誰かの責任にしたがるのはよくあることだが、それにしても、韓国検察が「死刑」を求刑するなどというのは、あまりにも大衆迎合主義に偏り過ぎであり、事実を覆い隠すことにもつながってしまう。恐らく、最大の原因は、過積載や不適切な船体改造などであり、それを見逃したか、見て見ぬふりをした検査当局の役人の責任の方が遥かに大きい。負の因果関係の流れの中で最後のジョーカーを引いた人間に全てを押し付けるなどということがあってはならない。(⇒災害時における責任の在り方

洞爺丸事故もそうだった。当時の海難審判は、船長に全ての責任を押し付け、船長の過失ということで終わった。しかし、このときの近藤船長(救命胴衣もつけずに最後まで最善を尽くして亡くなられている)は、誰の目から見ても台風の目が通過したと思われたため即座に出港を決断したのであって、それが台風の目ではなく、閉塞前線の通過に伴う一瞬の晴れ間だったなどとは、レーダーや気象衛星もない当時の気象技術などからは誰も見抜けなかったろう。それに台風の時は、船舶を岸壁に係留しておく方が危険であり、船を沖出しするというのは船乗りなら今も昔も常識である。同船長は、非常に注意深い人として知られ、当時の状況と判断基準からは、全て常識的に妥当だと考えられる判断を下していた。

対照的なのは、タイタニック号事故である。原因調査が審判委員会により行われ、スミス船長(事故で死亡)に対しては「多くの船長達が経験によって無事故だった航法をとったのだから過失として責められないが、将来同様のことが起きたら疑いもなく過失となる」(田中正吾[1999]、4ページ)とされた。これは、キリスト教を基盤とする欧米文化と仏教や儒教を基盤とする日本や韓国の文化の違いとして片づけることもできるが、日本も先進国を自称するなら、過失に対する過度な刑事責任の追及についてよく考えてみる必要がある。

ちなみに米国の刑法(米国の場合、連邦制のため、各州が独自に刑法を定めている。)では、どの州でも日本の刑法に定められているような過失犯という犯罪が存在しない。かつて、練習船えひめ丸と衝突事故を起こした潜水艦のワルド艦長が来日を拒否したのも米国にはない業務上過失致死などの日本特有の犯罪で逮捕されることを恐れてのことである(⇒Yahoo知恵袋)。米国などではなぜ、日本のように過失犯を処罰しないのだろうか。それは、刑事捜査では事故の原因を明らかにすることが困難だからである。事故は、人間の過失によってのみ起こるものではない。複雑なシステムではシステムの流れのどこかに不適切な部分があるから事故が誘発されるのである。それを追求するためには、事故を起こした本人にありのままを話してもらう必要があるが、刑事責任を問われれるということになると、本人は事実を話すことを躊躇してしまうだろう。だから米国では過失犯については刑事責任を問わずに、事故の原因調査を優先させる(⇒ヒューマンエラーと刑事法)。(注:民事上の過失は別問題)

日本や韓国では、事故などが発生した場合、誰かを処罰しなければ世論が納得しない(責任志向)。これに対して米国などは、原因を解明し、将来に生かすことを優先する(原因志向)。私は、この責任志向の文化が、災害時に意思決定の回避や遅れを生じさせ、現場レベルでは意思決定できず、東京の中央官庁間などで責任の押し付け合い現象が発生する最も根本的な原因(Root Cause)ではないかと思っている。事故も災害も同じである。実行行為者本人は最善だと思っていることがほとんどである。それを結果論的に、「こうすれば助かったのだから、おまえが悪い。」と言ってしまうと、緊急時に誰も意思決定できなくなる。災害や事故の際は、実行行為者に何か特別な悪意でもない限り、その意思決定の責任を追及すべきではない。災害や事故時の意思決定に100%正しい正解などはそもそも存在しない。少なくともタイタニックの調査委員会のように「多くの船長達が経験によって無事故だった航法をとったのだから過失として責められないが、将来同様のことが起きたら疑いもなく過失となる」ということにする必要があるだろう。「責任志向から原因志向へ」、このような社会的コンセンサスを醸成することが災害マネジメントを改善する上で必要不可欠である。

さて、話をセウォル号の「船内で待機せよ。」の問題に戻す。実は、これと全く同じことが洞爺丸の中でも行われていた。当時の洞爺丸の乗組員達は、乗客たちが焦ってデッキにでることは危険と思い、乗客たちに船内に留まるよう案内し、加えて乗客が船内から外に出られないように多くの扉を外側からロックして中から開けられないようにしてしまったのである。恐らく、乗組員達は、まさか洞爺丸が転覆するなどとは夢にも思わなかったのだろう。しかし、結果的にこれが犠牲者を増加してしまった。船外に脱出して生き残った乗客の田村豊作(42)と川崎哲志郎(27)は次のように述べている。「二人ともボートデッキへ脱出していて海に飛び込み助かったが、ボーイや乗組員の注意に従って密閉された船室内にいた人は、そのまま海底へ沈んだようだ。今でもはっきり思い出されるのは二等客室の光景だ。客室内通路に救命具をつけたお客さんがぎっしり腰をおろしていたが、船が大きく傾くとその客が低い方へゴロゴロころがっていく。ボーイは絶対客室の戸を開けようとせず、海中に飛び込んではいけない、と声をからして注意していた。もし、早目に船を離れていたらもっとたくさんの人が助かっていたと思う。」(田中正吾[1999]、135~136ページ)

セウォル号や洞爺丸の乗組員達は、殺人で起訴した韓国検察が主張するように乗客が死んでもいいと思ってそんなことをしたのだろうか。まず、常識的にはそんなことは考えられない。恐らく彼らはまさか船が転覆するとは思わなかったため、海に飛び込むより船内の方が安全と考えたためだろう(⇒正常性バイアス)。あるいは、パニックが起きることを警戒し(⇒但し、パニックは神話)、船内マニュアルでそう指導するように書かれていたのかしれない。しかし、結果的にこの判断は誤っていたのである。重要なことは、セウォル号でも洞爺丸でも、乗組員の指導を無視して、自分の判断で早目に海に飛び込んだ人が助かっているという事実である。

これは、全ての災害に共通して言えることである。災害時に行政などの言うことなどを信じたために命を落とした人は極めて多い。例えば、東日本大震災時の釜石でも全く同じことが発生していた。行政が用意した津波避難所に避難し、ここは行政が大丈夫だといっている場所だから大丈夫だと信じていた多くの人が津波に巻き込まれたのに対し、イザというときは、行政の指導など無視してもいいから、自分ひとりだけでも、より高いところ、より高いところへと早目に避難しなさい、と群馬大学の片田敏孝教授らの教育を受けていた小学生たちは、ひとりの犠牲者も出さずに助かった。「釜石の奇跡」と呼ばれているこの事実とセウォル号や洞爺丸の生存者の行動、私には全く同じに見える。

緊急事態では、行政や船員の指示が正しいとは限らない。例えば、行政が豪雨の際に避難指示を市内全域に出したとする。しかし、夜間だったり、高齢者だったりした場合、行政が指示した小学校に行くよりも、家の2階に避難した方がよいという場合もあるだろう。あくまでも、行政は一律にしか指示を出せないが、個別に判断した場合、それが正しいとは限らない。最終的には、自分自身で判断するしかないのである

なお、結果的に、船が転覆しなかった場合、船内に留まっていた人が助かり、早目に飛び込んだ人が命を落とすこともあるだろう。上記の豪雨災害の例でも、ムリをしてでも小学校に避難した人は助かり、家の2階に避難した人は水没してしまう可能性だってある。緊急時は、最終的に次に何が発生するかは誰にもわからない。ケースバイケースで判断するしかなく、非常に難しい意思決定である。

セウォル号の事故の裁判では被告側で「頭のいい人間は生き残った」と発言し、遺族の怒りを買った者がいたらしい。発言を聞いた傍聴席の遺族は「うちの子がばかだから死んだというのか」と声を上げたという(⇒NAVAR)。この愚かな発言には私も憤りを感じる。素直に船員の指示に従った高校生を非難することは誰にも当然できない。高校生達に責任はない。しかし、もしも釜石の奇跡を生み出したような指導を誰かが高校生達に行っていたら、結果はもう少し違ったのかもしれないと思う。問題は、誰もそのような指導をしていなかったということである。

最後に群馬大学の片田教授の書物から一部を引用しておきたい。

「避難というのは、本来は三つの考え方で理解されるべきだと思います。英語では三種類に分類されています。

一つは、緊急避難。命からがらの避難です。例えば、津波をイメージしてください。避難勧告の有無など関係ありません。津波が来たら、他人の建物であろうが、鉄道の高架であろうが、電信柱であろうが、駆け上がるわけです。こうゆう、命からがらの緊急避難をエバキュエーション(evacuation)といいます。

二つ目は滞在避難、シェルタリング(sheltering)です。体育館などの避難所で一時生活をするような避難のことです。

三つ目は難民避難、レフュージ(refuge)といいます。避難をしたが、家に戻れないので仮設住宅で生活しているような状態です。これは本来、難民生活というべきですが、日本では避難生活という語で済ませています。

この三つの避難のうち、行政が対応できるのは滞在避難と難民避難です。これはしっかりやるべきです。しかし緊急避難、エバキュエーションについては、個人個人みんな条件が違いますから、その主体を国民に返していくべきではないかと私は考えているのです。要するに「自分で判断しましょう」ということです・・・・・・」(片田敏孝[2012]、「人が死なない防災」集英社新書、210~211ページ)

ただし、片田氏もハザードマップ、警戒区域の指定、どの他の方法により、どこが危ないかという知識を提供するとともに率先避難者を養成する必要があるとも述べている。

また、過剰な行政依存について警鐘を鳴らしている。2004年新潟豪雨災害では状況の進展が早く、避難勧告、避難指示がうまく伝わらなかったことに対し、住民は「浸水が進んでも避難勧告がなく、避難できなかった。市の責任は重い」と怒ったという。一見最もだが、

「水が来た。だけど、逃げろと言われなかったので逃げなかった。市の責任は重い。」あなたは逃げろと言われなければ逃げないのか、と言いたくなるような状況がここにあります。・・・・「避難勧告がなかった。市は何をやっているのか」と怒ってばかりいる。いったいどうなっているのだろう、と思うわけです。(片田敏孝[2012]、「人が死なない防災」集英社新書、222~223ページ)

冷たいようだが、災害時にエバキュエーションするかどうか、船が沈没しそうなときに海に飛び込むかどうか、これらは自分自身で判断し、決断して、動かなければならない、ということである。社会は、そのような場合に最適な判断ができるよう教育や情報の提供といった手段で支援していくことしかできないだろう。

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