吉田調書より中央による介入と情報発信の在り方について考える

朝日新聞が、福島第一原発の吉田元所長(故人)の調書を独自に入手し、話題になっているが、筆者は次の点に注目している。

『「官邸」からの電話の趣旨は、海水を使う判断は早過ぎる。廃炉につながるから極力、ろ過水なり真水を使うことを考えてくれ、というものだった。』(吉田調書 ー 真水か海水か ー 朝日新聞デジタル

これはすごい。というより開いた口が塞がらない。当時の官邸がこの原発事故を悪化させた諸悪の根源だった証拠といえるかもしれない。中央に現場の細かなオペレーションにまで口出しをさせないような分権的な仕組みの構築を急ぐ必要がある。

『原子力安全・保安院が言い出したのはプレスを止める、すなわち情報統制を敷くということだった。水源の水の枯渇から3号機が冷却不能となり、格納容器の圧力が異常に上昇、福島第一原発では所員が一時退避する事態になっている。こうした3号機の危機をテレビ局や新聞社に一切伝えないで隠そうというのだ。東電は、監督官庁による情報統制を、少しとまどいながらも受け入れた。それを、東電本店の官庁連絡班長が午前7時49分、福島第一原発と福島オフサイトセンターに伝えた。・・・』(吉田調書 2−2

これほんと? 20年前のチェルノブイリのソ連みたいなこと日本の原子力安全・保安院はやったの? これは大変恐ろしい。災害時にこのような情報統制を敷くことを厳しく関係省庁に対して禁止する新しい法律が必要だ。

吉田調書 2−2の最後の部分に次のようなコメントがある。

「吉田の言葉から、暴走する原発を止めようとする第一線の者には、住民のことを考える余裕がないことがわかる。だが、原子炉の刻一刻の状況を理解できるのは一線に立つ現場の者をおいてほかにない。
現場が発信する情報でもって住民避難を呼びかける思想・仕組みをつくらずに、周辺住民を原発災害から適切に逃がすことなど不可能に近い。監督官庁や電力会社が危機情報を隠すことを是とする国においては絶望的だ。」

これは、朝日新聞側の意見だろうと思われるが、非常に重要な点を述べている。日本では、マスコミ対応は現場の仕事ではないと思っている人が非常に多い。しかし、これは上記の理由「原子炉の刻一刻の状況を理解できるのは一線に立つ現場の者をおいてほかにない。」によって間違っていることがわかると思う。欧米のメディアを見ているとほとんどの大事故などの場合、マスコミ対応はインシデント発生現場から行われている。マスコミ対応するのはその現場指揮官である。よく指揮官が外で立ったままマスコミの質問に答えている光景を見るが、日本ではそのような光景をテレビで見たことがない。マスコミの方も現場からの独自の中継などはあるものの、本社、本庁、本省、官邸といった中央組織の発表ばかりを追う傾向がある。これではダメだと思う。米ICSというのは現場の仕組みだが、その現場組織に広報官という者がおかれ、そこがマスコミ発信の中心になる。日本の文化的背景、つまり、「責任」をあまりにも多く皆が意識しすぎているので、このような現場から発信させる仕組みを作るのはなかなか難しいかもしれないが、この吉田調書を読めばそんなことは言っていられないということがわかると思う。現場がマスコミ対応しなければならない。

 

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