プラスの増加よりもマイナスの減少

大前健一氏らは現代は「低欲望社会」だと説く。食べる物は何でもあるし、便利なものも何でもある。物価は安くなる一方だが、どうしても欲しい、というような物はあまりない。アベノミクスでいくら資金供給をジャブジャブにしてもかつてのような成長は全くない。他方、日本国内でも経済格差は増えているし、社会に不満を募らせる人たちが「○○人は出て行け」のようなヘイトスピーチを行い、外国では移民に仕事を奪われている!などと言って、ナショナリズムが強くなり、英国ではEU離脱派が勝利し、アメリカでも差別的な事ばかり言うトランプ氏が大統領になるかもしれないなどという信じられない事態になっている。

これがどうゆうことかと一言でいうならば「全体のパイが増えていかないので、限られたパイの取り合いになっている。」ということ、更に心理的に見れば「将来に対する期待よりも、将来に対する不安の方が大きくなっている。」ということではないだろうか。

つい100年位前までは、価値を生み出す源泉は「土地」だった。農作するにも土地、工場を作るにも土地、埋蔵資源を掘るにも土地であった。しかし、土地は有限資源であるため、その土地を取り合うために戦争が起きた。しかし、第二次大戦後、それはあまりにも愚かだったと反省し、市場、言い換えれば経済空間というちょっと目に見えにくいバーチャルな土地を創造し、それを奪い合うという形で発展してきた。そして、この経済空間というのは、人の目に見えない価値感をベースにしているため、パイが膨張すればそれほど多くの敗者を出さずに済んでいた。

この経済空間は無限に広がるように思えたが、人々が「もうお腹一杯だから何もいらん」というようになると、成長が鈍化し、パイが有限資源となっていく。高齢化社会がこれに追い打ちをかける。高齢者は一般的に「新しいものなどいらん!」という集団であるので経済空間は全然広がっていかない。そうなってくると、その取り合いに敗れた敗者の数が増え、敗者復活のチャンスも限定されてくる。そして、社会は分断され、敗者の側は誰かをスケープゴートにしたくなる。

しかし、本当に経済空間は増えていかないのだろうか。目に見える土地は、2次元の平面だが、バーチャルな土地は、何次元にでもなる。ベクトルの方向も無限にとれる。例えば、人々が「もうお腹一杯だ」といっても、現状の生活水準は落としたくないものだ。現状を維持するためのビジネス、これは言い換えれば「リスクマネジメント」である。高齢者介護などのビジネスも一種のリスクマネジメントであるし、子供を刃物を持った大人から守るのもリスクマネジメントである。大規模災害から守るのも、企業のBCPも、リスクマネジメントである。

市場のベクトルがリスクマネジメントを中心とした方向に広がっていけば、経済空間はまだまだ広がる。ただし、問題は、人々がなかなかリスクの存在を認識しないという点だろう。東日本大震災級の災害があると2年位は人々は災害リスクに敏感になる。しかし、3年も立てば「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で忘れてしまうのが常である。リスクマネジメントのマーケティングは「リスクコミュニケーション」である。通常の商品のマーケティングが十分に経営科学としても研究され、企業経営の中で経験が蓄積されてきたのに対し、このリスクコミュニケーションは十分に研究されていないし、経験の蓄積も十分ではない。保険屋さんに学ぶことが多いのかもしれない。

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