政府の危機管理組織の在り方について(最終報告)

http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kaigou/saishu/index.html

上記の副大臣会合報告書だが、主たる目的は防災庁、言い換えれば、日本版FEMAは当面作らないという結論を出すことにあるのだろう。この点はいい。しかし、この報告書が出されてから、現在に至るまでの状況を見ていると政府のサボりが目立ち始めているような気がしてならない。いくつかの点について指摘したい。

1.「調整権限」

この報告書では、「調整権限」という表現を多用している。しかし、何か勘違いしていないだろうか。「調整」とは、英語でいう「Coordination」の和訳であり、幾つかの国際条約の邦訳としても法的に定着している法律用語でもある。しかし、「調整」は「関係者の合意によって意思決定する行為」である。「相手の合意がない場合でも意思決定できる行為」は「指揮統制」や「指示」または「命令」である。相手との合意を見出す行為に権限が必要だという考え方がそもそもおかしい。調整は任意に誰が誰とでも基本的に行うことができる行為であり、そこに権限などは必要ない。指揮統制や命令ならば当然何らかの権限が必要であるが、調整に権限が必要だと考えているのはどのような理由によるものなのか。「米国FEMAには強力な調整権限があり・・・」(この認識は誤りである。)のような書き方をしているので、その辺りに理由があるのかもしれないが、調整に強力も弱いもない。調整は調整であり、それに強弱はない。(⇒日本版FEMAには多くの誤解がある

日本の役所には、「総務課」とか「企画課」などという名称の、主として関係課の調整を所掌事務としている組織がある。概ね、この種の課の仕事は、窓口業務がメインであり、書類を右から左へ転がしているだけなのだが、緊急時における日本的な「調整」を主要業務とする新しい役所が出来たらどうなるか。書類の右から左への転送が増え、伝言ゲームが増え、経済学でいう「エージェンシーコスト(代理人コスト)」が増え、かえって意思決定が遅れるだけだろう。

「調整」や「指揮統制」という語を混乱して使用している学者も多い。この二つは根本的に違うものであり、調整は「場所」や「委員会」で行われるよう義務付けたり、レイゾンオフィサーを指定させることはできても、誰かに権限がないと実施できないというようなものではない。東大法学部を出た優秀な政府の事務官までもがトンチンカンな混乱はしてほしくない。

 

2.省庁横断的な対応(「縦割りではない対応」)

この報告書、これまでの政府による対応が「縦割り」だったということを認めたという意味では革命的であると思う。この縦割りを排除するために「日本版FEMA」、「現地調整」、「オールハザード(災害対応の標準化)」などの視点で議論されている。

①日本版FEMA

この報告書では「現段階において、政府における統一的な危機管理対応官庁の創設等中央省庁レベルでの抜本的な組織体制の見直しを行うべき積極的な必要性は、直ちには見出し がたい。」として、直ちに日本版FEMAを作る必要はないとしている。この認識は正しい。日本版FEMAについては、一部の勉強不足の学者や事実関係をよく認識していないマスコミが騒いでいるだけで、巨大な組織を作れば災害対応がよくなるという理由は全くない。エージェンシーコストが増え、意思決定が遅れるるだけである。日本の場合、今でも身動きがとれないほど政府部門が巨大すぎる状況であり、これを更に巨大化するような組織を作っても何もよくならない。

②現地調整

最近では「現地合同指揮本部」が関係省間で設立され、その場で調整されることが多くなった。ひと昔前にはそれすらなかったが、一定の前進であると考えられる。

③オールハザード(災害対応の標準化)

「我が国において発生が懸念される様々な災害・事故等はそれぞれ異なる特徴を有 しており、対応に必要とされる専門性も異なる一方で、災害対応について共通する 部分の標準化は重要であるところ、災害対応の標準化については、中央防災会議の 防災対策実行会議の下に設置することとした災害対策標準化推進 WG や関係府省庁 の ICS 実動省庁 WG で検討を行っている。 」とあるが、実際には何年か前に、次の報告書を出してから、次のステップへと前進しようとしている痕跡が見られない。

http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kentokai/kentokaigi/

この報告書に基づき、本来は、関係省庁間で更に検討を進めなければならないはずだが、「報告書出したからもうおしまい」と思っているのではないだろうか。実際には、現場における標準化されたマネジメントシステムの存在が効率的な震源配分や意思決定のための最も強力な武器となる。この点をおろそかにするともう一発巨大な災害をくらったときに非常に大きなツケを払わされることになる。

 

3.短期人事異動の改善

「現在の我が国政府における職員配置を見ると、多くの職員が2年程度の期間で次 のポストに異動することが通例となっている。特に、内閣官房(事態対処・危機管 理担当)及び内閣府(防災担当)については、職員数が必ずしも多くない中、他省 庁からの出向者が職員の多くを占めるため、その傾向が顕著であり、防災・危機管 理に関する専門性が組織として蓄積されにくい状況になっている。 」と問題は認識しているようだが、だから、どう改善していくかが全く書かれていない。この巨大な素人集団に少しでもプロフェッショナルを増やす努力をしなければ、ツケが大きくなるということぐらい子供でもイメージできる。

 

震災から5年も経つと、もうホトボリが覚めたような感じになり、政府役人もサボりたくなるのかもしれない。

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災害版のMBAでも作ったら?

河野太郎防災相は13日、都内で講演し、災害対応を専門に担う省庁の設置に否定的な見方を示した。「『防災庁』をつくるより、いざというときに必要な人間をオペレーションにスムーズに加える体制が大事だ」と述べた。防災庁を巡っては石破茂地方創生相や自民党の東日本大震災の検証チームが設置すべきだと提言している。(5月13日付 日経新聞より)

情報源: 防災相、「防災庁」設置に否定的

この”防災庁”というアイデア、恐らく、”日本版FEMA”のことではないだろうか。これまでに国会等で提案のあった日本版FEMAのアイデアは、中央への集権的な体制を強化するようなものであったので、それは望ましくない(「日本版FEMAのイメージには多くの誤解がある」参照)。

河野防災相は、その辺りのことをよく理解されているようで、「いざというときに必要な人間をオペレーションにスムーズに加える体制が大事だ」と述べている。災害時に専門家をコンサルタントとして現地に派遣して、現場指揮官を補佐するというアイデアなのかもしれない。そうであれば、この考え方には同感。米国FEMAなどがやっているのはまさしくこのような感じのもの。

つまり、社長のマネジメントや意思決定を補佐するために経営コンサルタントを派遣するようなものだ。災害の場合、社長に相当するのは、市町村長かもしれないし、あるいは、さらにそれよりの小さな単位の区長や地域の長になるかもしれないが、いずれにせよ、災害などはそんなに頻繁にあるわけではないので、災害経験がない現場の長が、マネジメントや意思決定に混乱を生じるはある意味当然だろう。そのような現場に対し、災害時のマネジメントの専門家をコンサルタントとして派遣して、現場のマネジメントそのものを支援する、という仕組みがあってしかるべきだと思う。

現在、支援物資や労働力といった経営資源については、相当量の支援があるように思うが、それらの経営資源のマネジメントそのものを支援する人的資源を派遣する仕組みは今のところない。これらの人は、いわゆるコンサルタントであるので、意思決定そのものを行う権限はない。あくまで意思決定は現場の長が行わなければならない。それは経営コンサルタントと社長の関係と同様である。しかし、このようなマネジメントのコンサルタントが要所要所にいれば、意思決定や外部への支援要請などももっと迅速かつ適切に行えるだろう(当然、そのコンサルタントが優秀であれば、ということになるが・・・)。

なお、そのような優秀なコンサルタントを養成するためには、災害版のMBAを作る必要がある。企業のコンサルタントをするような人は、みんな、外国のビジネススクールで2年くらいは勉強して、MBA(経営学修士号)をとってくる。災害版のビジネススクールが必要だろう。日本にも防災に関する研修コースのようなものはいくつかあるが、いずれも、1日とか数日といった超短期のものが多く、そんなもので十分なはずがない。少なくとも1年から2年はみっちりと勉強しなければならないと思う。ちなみに米国の大学院にはすでにいくつかそのような危機管理スクールがある(例:ジョージ・ワシントン大学など(筆者は10年前にココで学んだ))。

修了にした人に、Master of Incident Management(インシデント・マネジメント修士号)でも発行すればいい。

 

 

日本版FEMAのイメージには多くの誤解がある

日本版FEMAの創設を政府が検討している(サンケイニュース参照)

それはそれで良いことだし、当然あったほうがよいだろう。しかし、昔から感じているのだが、日本では政治家を含め多くの人が米国FEMAの仕事を誤解している。「米国FEMAは強大な権限を持ち・・・」とか「米国ではFEMAに一元化されているので・・・」などという論調や国会答弁を何度も見たことがあるが、何を根拠にそんなことを言っているのかなと常々思っている。大体、日本の学者などは「日本の危機管理を一元化しろ!」などというが、その「一元化」の定義たるや一体何なのか? おそらく、マスコミもよく理解していないのでこれらの誤解を煽っている。

そもそもFEMAのミッションをそのWebサイトで見てみよう。そこには次のように書かれている。

Mission

FEMA’s mission is to support our citizens and first responders to ensure that as a nation we work together to build, sustain and improve our capability to prepare for, protect against, respond to, recover from and mitigate all hazards

ここに書かれているとおり、彼らのミッションは「to support」(支援すること)であり、他の役所や州政府などを「to direct」つまり指示や命令する権限などはどこにもない。これは米国という国家体制を考えてみれば容易に理解できることである。米国は各州が独立国に近い権限を持つ「連邦制」である。日本のように中央集権的な国家ではない。中央省庁の権限強化が目的なら、すでに日本のほうが米国よりもはるかに強い権限を持っている。災害時に干渉し過ぎなほどである。そもそも、連邦政府は州政府を補完しているにすぎず、何でも連邦政府で決められるわけではない。よく、日本の中央省庁の公務員が人事院の留学制度などを利用して米国に調査に行くと、大体、多くの人が日本の中央省庁でやっていることは米国でも連邦政府でやっているに違いないと思っていくのだが、実際はそうではなく、よく米側から「それは各州政府に聞いて下さいね・・・」と言われる。米国とはそもそも個人の自立、地方の自立、州の自立が基本にあり、足らないところを連邦が支援しているに過ぎない。

基本的に米国のインシデントマネジメントは、ボトムアップである。トップダウンではない。まず、何らかのインシデントが発生した場合には、市町村など地元で対応する。しかし、地元だけでは対応できない場合には州政府に支援を依頼する。そして、その州政府でも十分な対応できない場合に初めて連邦政府に支援が要請される。何か発生するとすぐにFEMAが飛んできて強力に地元を指揮して対応する、などというのは映画の見過ぎであり、事実ではない。そして連邦政府の支援と言えどもFEMAだけで全てできるわけではない。捜索救助(SAR)なら沿岸警備隊(USCG)や空軍に頼まなければできないし、外国からの支援が必要なときには国務省に頼らなければならない。通信のことならFCCに頼る必要があるし、農業支援が必要なら農務省に頼る必要があるだろう。専門的な支援は、それを専門とする役所が支援しなければならないのであって、何でもかんでもFEMAでできるわけではない。これは筆者が10年前ジョージ・ワシントン大学大学院で勉強した時に、USCG OBの教授から最初に教わったことである。教授は「アメリカのインシデントマネジメントは、ボトムアップだと思いますか? トップダウンと思いますか?」と学生に聞く。すると多くの学生が「トップダウン!」という。しかし先生から「NO! ボトムアップ!」と言われて上記のような説明を聞くのである。

 

ではFEMAの役割とは何か?

The Federal Emergency Management Agency coordinates the federal government’s role in preparing for, preventing, mitigating the effects of, responding to, and recovering from all domestic disasters, whether natural or man-made, including acts of terror. (FEMA Webサイトより)

つまり連邦政府の調整(coordinate)である。「調整」の言葉には他の役所に指示したり、命令したりする権限は含まれない。必ず、相手の同意が必要になる。他の連邦政府の役割を調整し、それでも足らないところは自らすすんで行うということである。州政府に減災するための予算を配分したり、緊急時に対応するためのトレーニング(ICSの研修など)を行ったり、当然、緊急時に自らが保有する資機材や人員を派遣して支援することもあるし、場合によっては災害マネジメントそのものを支援(企業経営に例えれば外部の経営コンサルタントが顧客企業の社長に戦略アドバイスをするようなものである。意思決定者は現場のインシデント・コマンダーであってFEMAではない。)することもある。しかしながら、FEMAがいれば全て大丈夫、ということではないし、そんなに万能ではない。

実際問題としては、米軍がイラクに反政府勢力に対して空爆するにあたっても、原則としてイラク政府からの要請がなければできないが、実際には様々なルートを使って圧力をかけて「要請させる」ということがあるように、災害対応するにあたってもFEMAが現地の現場指揮に対して「要請させる」ということはあるかもしれない。しかし、この場合においても、FEMAに「強力な権限」があるから行っているわけではなく、「高い能力、ノウハウ、専門性的知識」があるから行っているわけである。従って、日本版FEMAを作る時に勘違いをして「強力な権限」だけを与えても中身が1年か2年間隔の人事異動ですぐに変わってしまうような専門性の低い集団になってしまったら、何の役にも立たない。権限よりも高い専門性という実態の方が重要なのである。権限はなくても専門性のある集団は役にたつが、専門性がないのに強大な権限だけある集団ができたら悪夢である。

日本版FEMAを作るとしたらどんな役割が必要なのだろうか? 日本の場合、減災のための予算というのはこれまでにもかなりつぎ込まれてきているし、別に日本版FEMAがなければ予算配分できないというようなこともないだろう。問題は実践的な対応(Response)をするためのICSやNIMSのような統一的、つまり、標準化されたマニュアルなり仕組みを作り、それを研修や訓練などにより全国に浸透させるという部分だろう。この部分は今の内閣府などでは不十分であるように思う。また、日本版FEMA自体が様々な資機材(各省庁共通の通信機器など)や多くの専門家(最低でも10年は人事異動なしの集団が必要である)を保有し、関係省庁では足らない部分を支援できるようにできるならば更によいことは間違いない。