そもそもインシデント・コマンド・システムとは何か?

〜標準化自体が目的でありメリットである〜

See ⇒ 標準化とは何か?

最近は政府レベルでも、災害時のマネジメントシステムを標準化する必要性が少しずつ認識されてきており、まだ、ごく限られた一握りの人々の間ではあるが、検討会や勉強会が開催されている。国会議員の先生から筆者にも声がかかったのでボランティアで協力しているところであるし、民間でも、リスク対策ドットコムがインシデントコマンドシステム(ICS)の特集を実施したり、セミナーでICSの特集をやってみたりとアメリカで流行っているICSとは一体何なんだ、と関心をもつ人が少しずつ増えている。それはそれでよいことだ。

しかし、インシデント・コマンド・システムとは一体何なのか、そのメリットは何なのか、何をもってICSと定義するのか、などの点についての理論的背景については官民学を含め、まともに理解している人はどうもいないようだ。筆者は、かつて海上保安庁に勤めていた際、もう10年以上前のことだが人事院の留学制度でジョージ・ワシントン大学危機管理スクール(ICDRMという一種の危機管理専門大学院)にてこの種の理論を勉強した。これは大学院大国のアメリカでも極めてマイナーな大学院コースであるので、恐らくこの種の学問のために留学した日本人は筆者くらいしかいないのだろう。筆者は、その後、オーストラリアのボンド大学でMBAも取ったが、この両方を勉強してみると非常事態のマネジメントシステムと普通の企業経営とは大した違いがないものであり、どちらもマネジメントシステムの一種であって、その目的と時間軸が異なるだけのものである、ということに気がつく。

ある会合での他の先生方の発言を聞いていると「日本ではICSは無理だ!」とか「ICSを実践しなければならない。」などという意見があった。しかし、このように主張する場合、そもそもICSとは何なのか、どのようなものが無理なのか、何を実践すればICSを実践したことになるのか、という点をきちんと定義しなければ無意味な意見だろう。はっきり言ってしまえばアメリカと全く同じシステムを導入しようとしてもそれは確かに無理なことである。

最初に言っておきたいが、ICSとは何なのかは国際的には何も決まっていない。ICSという名のシステムを導入している国は、米英加独豪などいくつかあるが、その内容は国によって様々であり、国連等において国際標準化されているものではない。インターネットなどではアメリカのICSが主として紹介されているが、それが全てではない。

そこでICSを「アメリカの緊急時マネジメントシステム」という定義にしてしまうと、どこかの先生が言ったように「日本にICSを導入することは無理」ということになる。言い換えると「アメリカのICSと同じICSを導入することはほぼ非現実的」である。言語体系も価値観も現状の仕組みも全く異なる中で、アメリカのマニュアルをコピーし、日本語に翻訳して実施すれば日本の災害時におけるマネジメントが改善すると考えるのは、極めて浅はかな発想と言わざるえない。ある人は「Operation」を「運用部門」と訳し、他の人はこれを「実行部」と訳し、さらに別の人はこれを「事案処理班」と訳してみたりと人によって1つの単語の翻訳や解釈自体すらバラバラであるが、このように解釈がバラバラな状況下においてアメリカのマニュアルを訳して日本で即座に実施できるわけがない。即座に何か効果があると思うのは少々短絡すぎる。このように解釈がなぜ分かれるのかというと日本語と英語に間に非常に大きな概念上のギャップがあるからである。このような概念上のギャップがある中で下手な翻訳をして現場に浸透させようとすれば、現場は理解できないので大混乱を起こし、「なんでこんなことをしなければならないのだ〜!」などとの空気が広がり、正のメリットよりも負の弊害の方が大きくなるのは間違いない。実際にISO9000やISO14000という欧州発のマネジメントシステムが日本に紹介されたとき、このような空気になった。このため、私が以前、「ICSとは標準化されたマネジメントシステムである。」との説明をある会合でしたとき、何人かの人が「またISO9000みたいなことをするのか〜」と拒絶反応を示した。どうも「標準化」と聞くとISO9000などの悪いイメージを持つ人が多いようだ。

ICSの正しい定義は「インシデントに対応するための標準化されたマネジメントシステム」である。マネジメントシステムというものは、その良し悪しは別として、如何なる組織にもすでにあるものであり、そのようなバラバラなマネジメントシステムの中でもインシデントへの対応に係る部分のみを統一したものがICSであると考えればよい。言い換えれば、普段は異なる複数の組織を緊急時にはあたかも同一の組織であるかのごとく扱うということである。標準化し、組織間のコミュニケーションコスト(経済学でいう取引コストの一種)を削減するということが最大のメリットである。つまり、「標準化」すること自体にメリットがあるのであり、これをとったらほとんど意味がなくなるものである。従って、イメージは悪いかもしれないが「標準化」のメリットをまず強調した上で、今後、制度構築や世論へのアプローチを行っていかなければならない。

「標準化とは何か?」 参照

「標準化」の意味は非常に広いものであり、標準化できないものはないと言ってもよい。わかりやすいものでは、携帯電話や乾電池である。携帯電話は通信プロトコルや無線インターフェースがITUという国際機関で標準化されているから、世界中どこの国へ持って行ってもつながる。乾電池も単1だの単3だのというサイズがISOで標準化されているから、世界中どこに行っても同じサイズのものが売っている。日本語などの言語も国内で標準化されているコミュニケーションのための道具と考えることができ、「桜」といえばあの4月に咲く美しい花、と日本人ならイメージすることができるのは皆が共通認識を持っているからである。しかし、言葉は国際的には標準化されていないので、米国で日本語を喋ってもコミュニケーションできないのである。同様な発想で組織というものも標準化できるのではないだろうか、との意見がある日ISOという国際機関に持ち込まれた。その結果生まれてきたものがISO9000やISO14000というマネジメント規格と呼ばれているものであり、組織のあるべき姿を標準化したものである。ISO9000であれば、一定の品質の生産物を産出するために必要なプロセスや意思決定の仕組みを要件として定め、定められた要件を満たす企業等に証明書を発行し、「この企業には一定品質の物やサービスを作る能力がありますよ」と権威ある機関がお墨付きを与える、というものである。注意しておかなければならないのは、ISO9000を持っている企業が「良い品質」の物を作ることは保証されないということである。あくまでもISo9000を満たす企業は「一定の品質」の物を安定的に産出する能力があるということが強く推定されるにすぎない。

マクドナルドを例にとってみよう。マクドナルドではどこのお店に行っても全く同じ品質のハンバーガーを同じように短時間で買うことができる。サービスや店員の挨拶の仕方までどこへ行っても同じである。一見何の不思議もなくいつも食べているが、よく考えてみればこれは不思議なことである。そこで働いている人や店長も異なるのになぜ同じになるのだろうか。実はこれはマクドナルトという1つの企業の中で各店舗におけるプロセスや意思決定の仕組み、サービスの仕方、それに必要な資機材に至るまでが非常に詳細に標準化されているからである。言い換えればマニュアル化されているのである。職員は研修等でそのマニュアルを徹底的に覚えこまされ、訓練も受けている。だから、どこに行っても同じハンバーガーが食べられる。マクドナルドは当然ISO9000の要件を満たす企業であろう。なぜならば、「一定の品質」のものが安定的に産出されているからである。

このようにマネジメントシステムを標準化、言い換えればマニュアル化すると一定の品質のものが短時間で得られるようになる。そのためには、権限の現場への移譲なども伴わなければならない。マクドナルドの各店舗がその本社にお伺いを立てなければならない仕組みになっているとしたならば、このように短時間でハンバーガーは出てこないであろう。日本では福島第一原発事故時に首相官邸が「水を入れろ」とか「ベントしろ」などという非常に細かいことに口を挟んでいたが、これは各店舗におけるハンバーガーの焼き方についてまで本社どころか総理大臣が口を挟んだようなものであり、如何にプラスにならない行為であるか多くの人に考えてもらいたい。

複数の組織間で標準化の例としてはBTOパソコンが挙げられる。BTOとはBuilt To Orderの略、すなわち、顧客からHDDの容量やCPU、オプション装置の有無などの希望スペックを聞いてから注文生産されるパソコンである。注文生産と聞くと時間がかかると誰もが思うであろう。しかしながら、BTOパソコンは注文してから希望のスペックにあったパソコンが手元に届くまでは数日であり、驚くべきほど早い。これも、システムが非常に高度に標準化されているため可能になっているものである。ところで、BTOパソコンを作っているのはひとつの企業の工場で作られているわけではない。HDDはどこどこ、ディスプレイはどこどこ、RAMはどこどこというように別々の企業が生産しているものが大半であり、企業の垣根を超えてオーダーが瞬時に伝えられ、顧客の希望に沿った部品が用意され、瞬時に組み立てられ、顧客の元に届けられる。場合によっては国境を超えた別の国にある企業間でこのやり取りが行われているものさえある。これは、部品の規格や企業間でやり取りされるデータのフォーマットなどが高度に標準化され、それを瞬時に伝達する仕組みがあるから可能になっているものである。このシステムはサプライチェーン・マネジメント(SCM)と呼ばれているが、言わば企業の垣根を超えたトヨタのカンバン方式(Just In Time方式)である。

そして実は災害マネジメント、緊急事態へのマネジメントというものもこのように標準化することによって、迅速かつ高品質な対応を提供することが可能になる。災害等の緊急事態は時間との戦いになるのは言うまでもない。時間とともにどんどん被害は広がっていくものである。迅速な意思決定と迅速な対応は必要不可欠であるが、日本の場合、これが極めてトロい。非常に遅い。非常事態にあっても役所が縦割りで縄張り争いをしたり、責任の押し付け合いをする。あちこちに◯◯対策本部というものがたくさんできるが書類を右から左に転送しているだけであり、そこが何を意思決定しているのかさっぱりわからない。個々の職員は一生懸命やっているのは事実である。しかし、それが国全体として最適化されていない。これが現実である。ただし、各省庁が単独で対応するような場合、例えば、海上保安庁が単独で海難救助を実施する、消防が単独で火災を消す、警察が単独で事故に対応する、などのような場合は大きな問題なく、スムーズに行われる。これはなぜかというと各省庁には自分の省庁にのみ適用されるマニュアルが訓令や通達という形で存在するからである。日本人はこのようなマニュアルがあればきちんと動く。そうゆう緻密さがあることは間違いない。しかしながら、全省庁に適用されるような横断的なマニュアルがない。だから、動けないし、動かないし、責任の押し付け合いをする、ということになるのである。そして、この組織横断的なマニュアルに相当するものがアメリカなどで導入されているICSだ、と考えてもらうとわかりやすい。各省庁のみに適用されるマニュアルもよく分析してみれば、他の組織と共通化できるプロセスや機能や装備というものはあるものである。言い換えれば、共通化できるものとできないものとがある。共通化できるものを共通化することができれば、組織の垣根は低くなる。例えば、各省庁の保有する無線機は周波数もデジタル方式も異なるが、これを共通化するだけでも意思疎通は改善し、効果は絶大である。さらにその通信の中身である言語、用語、単語の定義なども共通化すればさらに意思疎通は改善する。さらに情報交換のフォーマットも共通化すれば情報の漏れやダブリがなくなる。どのようなプロセスでだれが意思決定をするのかが決まっていれば意思決定も迅速化する。目標管理(MBO)を採用すれば現場の自立性が更に高まる。ICSとは簡単に言えばそのようなものである。

日本は阪神大震災や東日本大震災などを経験しているはずだが、緊急時のマネジメントシステムを改善することに関しては誰も何も手をつけて来なかった。何も変わっていないといっても過言ではない(原子力災害に関しては10年前に原子力災害対策措置法という法律ができ少し改善されたがその他は無策)。変わらない理由は幾つかあるだろう。1つには、役所のマネジメントシステムが目に見えにくいという点があげられる。2つ目は、役所の人事異動が激しすぎ(1年から2年でゴロゴロ人が変わる)、このような複雑かつ根本的な制度改正ができない、または、できる人がいない、という点もある。さらに3つ目としては、どのように改善したらよいのか、あまりよいモデルがなかった、という点もあるであろう。少なくとも3つ目のモデルとしては、海外のICSやインシデントマネジメントという概念が目に入ってきているようであるので、手元にあると言える。しかし、残りの2つも手強い。まず、役所のマネジメントシステムを目に見えるものにしなければならない。そして、役所の人事異動の周期も改善する必要がある。少なくとも災害、防災関係者は10年くらい異動がないというくらいにしなければならないであろう。災害などというものは10年に1度くらいしかない。折角、貴重な経験をしたスタッフを変えてしまって何が改善できるのか。全く、愚かである。なお、そもそも、役所はなぜ、このような超短期の人事異動を繰り返しているのかというと一言で言えば「責任回避」のためである。いろいろな経験をさせるためだとか業者との癒着防止のためなどという人もいるが、それは言い訳だ。いろいろ浅く広く経験するということは全てにおけるド素人を作っているということであり、災害時など短時間での意思決定と専門的知識が要求される場面では極めてマイナスに働くことになる。全てのスタッフを専門職化せよとは言わないが半分くらいのフタッフ、せめて防災関係者くらいは専門職化し、10年くらい異動がないようにしないと何もできないし、緊急時にロクな対応ができないであろう。

話が多少横道にそれたが、要は、災害時、緊急時におけるサプライチェーン・マネジメントのようなシステムを作ることが必要だということなのである。なお、ここでパソコンの部品に相当するものは、消防の部隊であったり、DMATのような医療専門チームであったり、海上保安庁のような海難救助の専門部隊であったり、警察の部隊であったり、道路の復旧をする自衛隊の部隊であったりするかもしれない。これらは部品といってもパソコンのHDDのような物ではなく、人や資機材の集合体と考えたほうがよいだろう。そして、この集合体を専門的には「ファンクション(機能)」と呼ぶ。災害の種類や大きさによって必要なファンクションは当然異なる。このような考え方はアメリカなどでは「ファンクショナル・アプローチ」と呼ばれている。千差万別の災害に対し、必要なファンクションを柔軟に組み合わせることによって解決する。そして、このファンクションを高度に標準化しておくとともに通信方式なども標準化しておき、いつでも誰でも瞬時にオーダーできるようにしておく、ということがICSの目的であり、本質である。このように見てみると、災害対応とはオーダーメイドのパソコン作りとあまり変わらないということが理解できるであろう。

標準化とは極めて広い概念であり、何でも含まれる。意思決定の権限を誰に与えるのか、どのような本部を作るのか、どのような手続を踏むのか、などといったことも全て含まれる。そして、これらの要素は必ずしも日本において全く標準化されていないわけではない。災害対策基本法や原子力対策特別措置法などといった法律で、さまざまな仕組みはすでに標準化されている。しかし、米国などのようにもっと詳細なファンクションやプロセスまでをも標準化する必要があるということなのである。従って、米国と全く同じICSを日本に導入するということは到底非現実的な話であるが、さまざまなマネジメント要素を標準化するということ自体は決して不可能なことではない。すでに部分的には標準化されているものはあるので、これらをどのように修正し、かつ、追加的に何を標準化すれば普段は別々の組織が緊急時には単一の組織であるかのごとく、スムーズかつ迅速に活動することができるようになるか、ということなのである。言い換えれば「最適化」作業だともいえるものである。

筆者は、「日本にインシデントコマンドシステムを導入する」とか「日本版ICSを構築する」という表現は混乱を招くものだと思っている。米国でもインシデントコマンドとインシデントマネジメントの違いは不明確である。代わりに「日本のインシデントマネジメントを標準化する」ということを目標にした方がわかりやすいし、やらなくてはいけないことを正確に表わすのではないかと考える。しかし、ここで問題になるのはインシデントの定義である。インシデントとは一体何か? ISOには次の定義がある。

Incident = “Situation that might be, or could lead to, a disruption, loss, emergency or crisis”  (ISO22300(2.1.15)) 「中断・阻害、損失、緊急事態又は危機になり得る又はそれらを引き起こし得る状況」

インシデントを「危機」とか「事案」とか訳している方もいるが、これらは不適当である。実はこれに相当する日本語が存在しないのである。東日本大震災のように最初から大災害のものもインシデント、日々発生しているような交通事故もインシデント、医療事故もインシデント、航空機がニアミスを起こすのもインシデントであり、火事もインシデント、企業の工場で生産ラインが止まってしまうのもインシデント、製造ラインに農薬を混入されるのもインシデント、パソコンがウィルス感染するのは情報セキュリティインシデント、みな全てインシデントである。そもそも、かつては事故(アクシデント)が発生する一歩手前の状況がインシデントと呼ばれていたのだが、事故などが発生した後でもほっておけば被害は拡大していくわけであり、その意味ではその事故自体がまた他の事故や危機の発生する一歩手前と考えられるという観点から目に見える事故が発生する一歩手前の状況からすでに目に見える事故や災害が発生してしまった状況までをも含めてインシデントと呼ばれるようになり、ISOではそのような定義がされたのであろう。突発的な出来事で、迅速な対応が要求され、即座に対応しなければ被害が広がっていくものは全てインシデントという言葉で含有されるのであり、インシデントには大小様々、種類様々なものがあるということである。決して危機とか大災害だけを指すものではなく、また、事故が起きる一歩手前の状況のみをインシデントと呼ぶわけでもない。普段発生しているような小規模なインシデントから10年に一度しか発生しないような大規模なインシデントまで、全てを同列に扱うこと、これがインシデントマネジメントの基本であり、それを可能にするのがファンクショナル・アプローチという発想なのである。なお、適当な日本語が存在しない以上、インシデントは外来語としてそのまま普及に務めた方がよいのではないかと思っている。

なお、マネジメントには継続的な改善が必要不可欠である。つまり、現状を踏まえた上で問題点を抽出し、少しずつ改善していかなければ組織全体にはなかなか浸透しない。従って、米国のICSマニュアルを日本の役所などにいきなりもってきて、そのまま実施せよと言われても理解できるわけがない。これは水と油のような関係である。米国のみならず諸外国のシステムを研究し、どのようなマネジメント要素が共通化され、どのような要素が共通化されていないのか、を詳細に分析し、そのような理論的背景を十分踏まえた上で自分たちのマニュアルのどこを切り離して共通化し、どこを共通化しないのかを考えなければ実用的なものはできない。

現在、インシデントマネジメントの標準化に携わっている方々には今一度標準化の目的を考えていただき、何のための標準化なのか、どんなメリットがあるのかを再認識してもらいたいと思っている。

国はまた無駄な箱物防災に走るのか?

原子力安全委員会のディスカッションペーパーには、

米国連邦政府等が導入している「インシデント・コマンド・システム (ICS) に相当する、国や自治体の意思決定者が、的確・迅速な防護対策を意思 決定できるシステムの構築が必要である。このため、プラント情報、気象デー タ、モニタリングデータ、避難状況等の様々な情報を意思決定に役立つよう分 析評価し、インテリジェント化する意思決定支援機能が必要である。

と記されている。ICSは上記のような国や自治体の意思決定者の意思決定を支援する仕組みではないことは先日述べたが、「プラント情報、気象デー タ、モニタリングデータ、避難状況等の様々な情報を意思決定に役立つよう分 析評価し、インテリジェント化する意思決定支援機能が必要である。」というフレーズは、また、東日本大震災を理由にあまり役に立たない複雑な情報システムの開発などに税金をつぎ込もうという前触れであろう。このような情報システムはあれば確かにベターである。しかし、私の経験から言わせてもらうと、防災用の情報システムというのは普段から使っているわけではないので、いざというとき使い方がわからない、そして場合によってはそんなものがあったのか、などどあることすら忘れられているものが大半(話題になった放射能の拡散予測装置「SPEEDI」など)である。いずれにせよ、高度な情報システムに過度に依存してしまうと、災害で通信が遮断されたり、電気が停電しただけで役に立たなくなる。これはそもそも危機管理の基礎ができていないということである。基本は、このような情報システムがあればベターだが、なくても意思決定できる、という仕組みを作っておくことだろう。

情報は災害現場・事故現場に集中している。従って、現場の状況がよくわかる地点で意思決定が行われれば、複雑な情報システムがなくても意思決定できる。人が走って状況を見てきて、指揮官に報告すればいい。それだけのことだ。自治体や国は、このような現場指揮官の作業を支援するだけでよい。現場指揮官に対してああしろ、こうしろと命令するのは自治体や国の仕事ではない。今回の福島第一原発事故は、中央で現場のマイクロマネジメントまでするという意思決定手法が非現実的であり間違っていることを証明したはずだ。恐らく世界的に見ても、災害時に中央がこんなに過干渉する国はあまりないだろう。日本だけである。少なくとも欧米はこのような仕組みはとっていない。(ロシアあたりは日本と同じかもしれないが・・)

米国などで導入されているICSは、現場で意思決定するための仕組みである。日本も大幅な考え方の変更、言い換えればプラットフォームの修正を図る時期に来ているのではないだろうか。このまま関東大震災や東南海地震が発生したら、恐らく意思決定不全が発生し、被害は不必要なまでに拡大する。

災害時は逆ピラミッド型組織

1 なぜ多くの組織はピラミッド組織なのか

企業や官庁を問わず、なぜ多くの組織はピラミッド型(経営学上は「官僚制組織」と言います。)なのでしょうか。ピラミッド型組織の起原はマックスウェーバー(1864-1920)の時代にあると言われていますので、少なくとも数百年もの歴史があると思われますが、ひとつの大きな理由は通信手段です。

インターネットのような広範囲の人に同時に情報を送ることができる手段(これらを「1対N型」または「N対N型」と呼びます。)が発明される前は、通信は電話のように基本的には「1対1」で情報を交換するタイプのものでした。電気通信が発明される以前では、人が紙に書いて運ぶか、走って口頭で伝えに行く、ということしかできなかったでしょう。このような1対1型通信しかなかった時代の意思決定は、どうしてもどこか1カ所に情報を集約し、そこで情報を整理した上で、最適な策を選択するという方法を取らざる得ません。

そして、その情報集約拠点は、更に上位の情報集約拠点に対して情報を報告し、上位の拠点は更に全体的かつ長期的な戦略に関する意思決定をしていく、これがピラミッド型組織の基本です。ピラミッド型組織は、ベンチャー企業のように比較的組織が小さい場合には、ピラミッドの階層が少なく、組織の風通しが阻害されませんので、組織の調整機能が有効に働き、組織力を発揮することができます。

しかしながら、組織が大きくなってくるとピラミッド型組織には数多くの問題点がみられるようになります。これはロバート・キング・マートン(1910-2003)らによって明らかにされた「官僚制の逆機能」といわれるものです。

  • 規則万能(例:規則に無いから出来ないという杓子定規な対応)
  • 責任回避・自己保身(事なかれ主義)
  • 秘密主義
  • 前例主義による保守的傾向
  • 画一的傾向
  • 権威主義的傾向(例:役所窓口などでの冷淡で横柄な対応)
  • 繁文縟礼(はんぶんじょくれい)(例:膨大な処理済文書の保管を専門とする部署が存在すること)
  • セクショナリズム(例:縦割り行政、専門外・管轄外の業務を避けようとするなどの閉鎖的傾向)

これらは、一般に官僚主義と呼ばれているもので、先例がないからやらない、規則に示されていないからやらない、上司の了解がないといってやらない、自分たちの業務・専門以外やらない、など日本の役所や大企業によく見られる傾向ですが、私はこれらに加えて、意思決定に非常に長時間を要する点と、情報が上層部に正確に伝わらない点も大きな問題点として指摘したいと思います。

情報が下から上へと各情報集約拠点を経由して徐々に上がっていく、そして、その過程である程度情報が加工変形されるので、上層部にはなかなか正確な情報が上がらないと同時に情報の伝達に時間がかかる、これは災害発生時などの緊急事態の場合には致命的な問題点です。

2 情報革命が組織を変える~崩れゆくピラミッド組織

2002年5月12日に放送されたNHKスペシャル「変革の世紀 第2回 情報革命が組織を変える~崩れゆくピラミッド組織」は、このようなピラミッド型組織が、徐々に変わりつつあるということを伝えた非常に興味深い番組でした。ピラミッド型組織の原点とも言えるのが軍隊ですが、その軍隊でさえもピラミッド型組織を見直しているというのです。

番組は、米国軍隊での中央集権による指示命令系統が見直されたきっかけは、ソマリアでの作戦の失敗だとして、当時の状況を詳細に説明しています。多数の犠牲者が出た地上の車両の状況を、空中の戦闘ヘリは把握しており、悲劇を回避するための情報は握っていました。しかし、命令系統は、司令部から戦闘ヘリという流れで、そのルートで指示がなされたときには、既に悲劇ははじまっていたというのです。軍隊の構成員が命令系統を変えたり、臨機応変に行動することは許されません。この悲劇に学んだ米国陸軍は、兵士一人一人が、責任をもち行動するという方式に改めることになりました。

そのための鍵は情報です。これまでのピラミッド型組織では情報を司令部に集めてそこが命令を出すという流れでしたが、それでは遅いということですので、兵士自らが司令部からの命令を待たずに意思決定をしなければなりません。そのためには、敵の位置や勢力、味方の位置や勢力など意思決定に必要な情報が必要ですが、インターネットを活用した情報技術がそれを可能にしました。兵士が着用しているヘルメットには小さな液晶画面がついており、恐らく、この画面上に航空機や他の味方勢力から集められたあらゆる情報が表示されるのでしょう(このように一枚の地図上に現状を表示させ、関係者で情報を共有するための仕組みをCOP(Common Operational Picture)といいいます。)。兵士はこの画面を見て司令部からの命令を待たずに必要とあれば敵を攻撃する。これが未来の兵士の姿だというのです。米軍ではこのようにインターネット技術の活用やCOPの構築による組織のフラット化が進められています。

番組は、この他、自動車メーカのフォードなどを事例に出して、ピラミッド型組織の対局とも言うべき、「逆ピラミッド型組織」についても紹介しています。これは「上司は部下より偉い」という考え方ではなく、「上司は部下が仕事をしやすいようにサポートする存在」という考え方に立ち、顧客(顧客第一主義の下では最も偉いのは顧客です)に直接接触する営業現場最前線こそが偉いという考え方です。このような組織では、部下の尻を叩いて働かせるということではなく、上司の決断の遅さや、組織内の問題などの要因で部下の仕事を止めないようにすることを重視します。そういう意味で、「上司は部下の仕事を支える存在」「上司は部下への奉仕者」ということになります。なお、逆ピラミッド型組織でも、当然ながら意思決定の鍵となるのは情報ですので、現場最前線の営業マンが必要とする情報は社内情報システムなどによって共有されています。

逆ピラミッド型組織のメリットは、何と言っても意思決定の早さです。現場が上層部にお伺いを立てることなく意思決定できるわけですから、情報が変形することもなく、素早い意思決定が可能です。反面、各現場がそれぞれ勝手に行動するため、同じ事を重複して行ったり、その結果、不必要な対立が発生したりする点がデメリットです。つまり、組織内における調整が不足しがちになります。

3 ベストな組織とは?

経営学者のチェスター・バーナード(1886-1961)は、組織の成立要件として次の3つを挙げています。

  1. 伝達(Communication)
  2. 貢献意欲(Willingness to serve)
  3. 共通目的(Common purpose)

これら3つを私なりに解釈し、組織形態を検討する場合の要素として言い換えると(1)の伝達は「意思決定の早さ・正確さ」、(2)の貢献意欲は「職員の自主性」、(3)の共通目的は「組織内の調整機能」ということができると思います。そして、これら3要素でピラミッド型、逆ピラミッド型を比較すると次のようになります。

ピラミッド型組織 逆ピラミッド型組織
(1)意思決定の早さ・正確さ
(2)職員の自主性
(3)組織内の調整機能

なお、実際には純粋なピラミッド型組織、逆ピラミッド型組織というものは存在しません。あらゆる組織はピラミッド型を基本とした上で、程度の大小はあるにせよ下部組織に意思決定権限の移譲などしていますので、ピラミッド型と逆ピラミッド型を何らかの形で混在させているのが現実です。 組織論の世界では、事業部制、ネットワーク型、マトリックス型、スタッフ制、プロジェクト型など、実に多くの形態の組織がありますが、結局のところ、この2つを様々な形でミックスしたものということができるでしょう。

それでは、災害等の非常事態に最も適した組織形態とはどのようなものでしょうか。私は、国という大きな組織の視点で見た場合には意思決定の遅延や情報混乱を避けるため現場に意思決定権限を委譲した逆ピラミッド型として地方自治体や国はあくまでも現場のサポートに徹するものとし、反対に災害・事故等の現場レベルでは現場指揮官をトップとする強力なピラミッド型として合理的な役割分担を即座に決定・実施に移すことが望ましいためと思っています。なお、現場に構築されるピラミッド型組織は、大きすぎても小さすぎても問題が発生します。大きすぎれば、官僚制の逆機能が働き、機能しなくなります。逆に小さすぎれば、現場職員の負担が増大し、やはり機能しなくなります。このちょうどよい組織を構築するということが非常に難しいわけですが、それを可能にしているのが、現場指揮システム(ICS: Incident Command System)というものです。

一年前に図書館で予約した「もしドラ」がやっと届いた

1年も待った本が届いた。図書館に一年前に予約したところ、40人待ちだったものだ。もう予約したことさえ忘れていた。読んでみたら内容もおもしろく、軽く読める。週末に一気に読んでしまった。マネジメントの基本の基が記されており、今更のようだが、頭の中がすっきりする。ビジネス・マネジメント、リスク・マネジメント、クライシス・マネジメントなど「マネジメント」にはいろいろあるが、これは全てに共通する内容を含んでいる。できれば、原本を読みたいと思い、私は、Kindle on iPadで読むことにして、米アマゾンのKindle Storeで初めてeBookを買ってみた。これは、iPadで本を読むはじめての試みということもあるが、楽しみである。

緊急事態法の制定を求む

今回の東日本大震災でも、政府の規制が障害となり、支援がスムーズに行かない事例が多数報告されている。私が、TV等のマスコミで知った事例だけでも、「食料の増産を要求されているが各種シールの添付など規制を順守させられ時間がかかる。(食品メーカー)」、「民間のヘリコプターは安全規制上支援物資を空輸できない。」など、多数ある。また、3月22日のTime誌のネット記事も、「非常時には非常手段でのぞまなければならないにも関わらず日本の役所の官僚制(Red Tape)のため規制が緩和されず支援が遅れた。例えば、NYK(日本郵船)がヘリコプターを同社のコンテナ船に着船させ緊急物資を船から輸送したいと提案したら安全上問題ありとして拒否され、また、外国人医師が緊急医療のためボランティアを申し出たら日本の医師免許がないからと拒否された。」と指摘する。

One major bottleneck has been Japan’s fondness for red tape. “In special times, you have to do things in a special way,” says Kensuke Kobayashi, an IBM employee in Tokyo who has tried to organize relief efforts to Tohoku from the Japanese capital. “But in Japan, there is a legal wall that stops everything.” Japanese shipping company NYK offered to provide a container ship for helicopters to land on when ferrying in relief supplies to coastal areas. But the government rejected the offer because the NYK shipmates lacked the proper licenses to help with such work. After some wrangling, volunteer foreign doctors were told that because they didn’t have Japanese medical licenses, they could conduct only the “minimum necessary medical procedures” in the disaster zone.

Some medicine donations from overseas haven’t reached the many elderly suffering in the earthquake’s aftermath because Japanese regulatory agencies have not yet given the drugs approval. Local logistics companies have complained — off the record, for fear of angering the bureaucrats whom they depend on for future licensing — of days-long waits for permission from the central government to deliver donated goods. Only when their trucks get the magic pass can they start moving toward Tohoku. Until then, the boxes of relief goods, some of which were donated just hours after the earthquake and tsunami hit, sit in Tokyo warehouses.

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