権限は何の関数か?

今日の危機管理コンフェランスにて一部の人に「意思決定の権限を現場に委譲するためには予算も委譲しないと・・・」というような意見があったが、権限とはお金との関数だけで決まるものではない。民間企業の所有関係の場合には、持ち株の割合によって確かに意思決定への関与度合は異なる。しかし、緊急時における意思決定権限までをもそれと同じように考えてしまうのは誤っている。

誰が何を決める権限があるのかという問題は、意思決定対象に対する所有権の有無、言い換えればお金との関数であるだけでなく、情報や速度との関数でもある。ピーター・ドラッカーは、

意思決定は常に、可能な限り低いレベル、行動に近いところで行う必要がある(第一原則)。同時に意思決定は、それによって影響を受ける活動全体を見通せるだけの高いレベルで行う必要がある(第二原則)。(「マネジメント 基本と原則」 P192)

と述べたが、この第一原則は、「速度」との関係、すなわち、素早く行動に移すためには、極力、その行動を起こす本人が意思決定者であることが望ましいということ、これに対して第二原則は、「情報」との関係、すなわち、意思決定をするために必要な情報を持っている人が意思決定するのが望ましいということである。この2つは互いに相反するものであるので、このトレードオフの中で最適な意思決定者を決める、というのがマネジメントの基本原則である。

意思決定権限は、地位や階級に対してオートマチックに付随するものではなく、会社の社長や総理大臣なら何でも決める権限を持っていると考えるのはいささか考え方が単純すぎる。日本は独裁国家ではないし、一民間企業の場合も社長による独裁などはない。しかし、今日のコンフェランスを聞いていると、個々の個人の自律的意思決定の重要性を指摘している方もいたが、多くの発表者がこの大きな問題を理解していないようだった。(⇒「初動対応における意思決定」「災害時は逆ピラミッド型組織」)

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政府が屋内退避を求めた結果

情報源: 熊本地震 | 衆議院議員 河野太郎公式サイト

上記は、国家公安委員長の公式ブログ。この中に次のメモがある。

「午前11時15分、官邸の総理執務室でここまでの情報を集約して総理に報告し、総理からは屋外に避難している人を確実に今日中に屋内に収容せよという指示がありました。」

総理大臣が、このような細かい指示を出したとすれば、これは中央がやってはいけないマイクロマネジメント。実際、この指示を聞いた熊本県知事も「現場を知らぬ」と怒ったとの話。

下記のTogetherの内容が事実だとすると、責任は重大ということになる。

政府が屋内退避を求めた結果

「きのう帰宅途中の車のラジオを聞いてたら、今晩は外ではなく家の中ですごせと災害専門を名乗る職員が執拗にゆってた。寒さをしのげということだった。絶対という言葉まで使ったと思う。ひとの行動を指図しすぎだと思った。そして0115にM7.3地震が起こった。家に潰されて死んだ人が少なくない。」

このように現場から遠く離れたところから強制的な命令が発せられると現場は悲惨なことになるものである。米国などの先進国では、常に最高指揮官は、災害現場を自分の目で見たり、肌で感じたりできる位置にいる人である。現場のトップ、すなわち現場指揮官が総理大臣よりも災害時には偉い、ということにしなければならない。災害時には逆ピラミッド型組織である。

参考(P.F.ドラッカー「マネジメント 基本と原則」 P192):

意思決定は常に、可能な限り低いレベル、行動に近いところで行う必要がある(第一原則)。同時に意思決定は、それによって影響を受ける活動全体を見通せるだけの高いレベルで行う必要がある(第二原則)。

今回は、5年前の菅内閣に比べれば全般的に遥かにマシという印象は持っているが、細部を検証すれば、上記のような良くないマネジメントも恐らく多数あるに違いない。検証が必要である。