ビーコン(発信機)装着の義務付け

一昨日、栃木の那須で発生した雪崩事故。高校生等8人が犠牲になった。事実関係も少しづつ明らかになってきており、参加者全員が雪崩に埋まったときにその埋没位置を電波を発信し、仲間の受信機でその電波を受信すれば埋没位置を迅速に特定できる「雪崩ビーコン」(注)と呼ばれる電波の送受信機を全員が装着していなかったこと、雪崩が発生したのは朝8時半頃だったが、警察に110番通報があったのは、その一時間後の9時半頃だったこと、などが相次いで報道されている(3月29日付日経新聞社会面等)。

(注:電波の送信機にもなるし、受信機にもなるので、海外ではAvalanche Trascieverと呼ばれることもある。ビーコンとは電波の発信専用機を意味するので、正確には「雪崩トランシーバー」と呼ぶべきかもしれないが、日本では慣習的に「雪崩ビーコン」という名称で定着している。なお、雪崩ビーコンは、ETSI EN300 718として、欧州電気通信標準化機構(ETSI)にて国際的に標準化されている。)

まず、110番通報が雪崩発生後の1時間後だったという点だが、これでは遅過ぎる。30分も埋まっていれば生存確率は急速に低下するので、一刻も早く掘り出し救助する必要があり、発生後、自分達で仲間の救助を実施するのと同時に、山岳救助隊への連絡も直ちに行って支援を仰ぐべきである。本日の日経新聞では引率の先生が携帯電話で110番通報したとあるが、他の報道では、「9時20分ごろ 那須町の旅館から「スキー場で雪崩が発生し、高校生約50人と連絡が取れない」と110番通報」としているものもあり、どちらが事実かはわからない。山の中は多くの場合、携帯電話の電波が届かないので、後者の情報が正しいようにも思えるし、電波が届かないので先生が電波の届くところまで降りていって一時間後に通報したのかもしれない(注:29日お昼のNHKニュースによると現場では電波が届かなかったので先生の中の1人が麓の旅館まで下りて行って110番通報したというのが事実のようだ。更に登山班と麓の旅館に残っているコーチとの連絡用に無戦機も所持していたとの発表が記者会見であったが、旅館側のコーチが無線機を常時ワッチしていたわけではないことも判明している。)。現場に緊急時の通報手段が全くないというのは大変大きな問題であり、衛星携帯電話の装備などによる緊急通報手段の確保などを含め、迅速な緊急通報の確保という点で何らかの改善策を考えるべきである。

他方の雪崩ビーコンの装着がなかった点だが、これは、本格的に冬山に登る人以外にはあまり知られていないこともあり、幅広い装着を促進するためには、法的に装備を義務化するような措置が必要かもしれない。多くの人はリスクを過小評価し、「自分は大丈夫だ、自分は雪崩の起きるようなところには行かない」などと思いがち。今回も恐らくそうだったろう(実際に引率の先生方の記者会見を聞いていると「絶対に大丈夫だと思った。」などと発言していた。世の中に絶対安全などというものは存在しない。)。このような場合には公共的な安全確保という観点から、法令による装備義務付けなどの強制措置も必要になる。

例えば、車のシートベルト装着だって、本人の自己責任ということにしておくと、シートベルトの装着率が低くなり、多くの犠牲者が出た。そこで、最近の道路交通法では、運転者に対して、同乗者にシートベルトを着用させる義務を科した。他人の車に乗ってシートベルトをしなかった場合、しなかった本人は何も処分を受けないが、運転者が減点処分を受ける。同様の手法を雪崩ビーコンにも適用し、雪山での研修や登山の場合、その研修主催者や山岳ガイドなど対して、お客さんに雪崩ビーコンを装備させる義務を科し、それを怠った場合には、若干の過料を科す、などの制度を条例で作ることもできるだろう。ただし、スキー場でのスキー客にまでビーコンの装着を求めるのは少し行き過ぎということにもなるので、どのような場所に入る場合に装着が必要で、どのような場合は必要ないのかという細かな線引きが必要になり、また、どのようなビーコンならOKなのかも明確にする必要がある。従って、このような制度を作るのであれば、全国一律の法律という手段ではなく、各県ごとに状況が異なるので、各県が定める条例という手段が最も適切であるように思う。

雪崩ビーコンではないが、富山県は「ヤマタン」という富山県独自の小型ビーコンを立山に入山する者に対して無償で貸し出し、装着することを義務付けている。立山などのように入山ゲートウェイが限られる場合はこのような方法もあるが、ゲートウェイを絞り込めない地域ではこの方法は難しい。

条例などのような強制力を伴う公法によらなくても、各種の山岳団体が共同でガイドラインを作り、どのような地域に行く場合に雪崩ビーコンの装着が必要なのかを明確化し、指導ベースではあるが装着を強く推奨するという方法もあるだろう。

いずれにせよ、今回の事故は最初の緊急通報が即座に行われ、かつ、雪の下に埋まった生徒がビーコンを装着してその埋没地点を電波で発信し、迅速に掘り出し救助が行われていれば、もう少し犠牲者の数は少なかったのではなかろうか。船舶や航空機には様々なビーコンの搭載が国際条約で義務付けられているのだが、山岳登山に関してはレクレーションということもあって、制度的なものが今のところ何もない。8名もの犠牲者が出た今回の事故を受けて、制度的に何が出来るのかを考え直すべきである。

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増加する山岳遭難者を救助するためには?

今日のお昼のニュースによると新潟・長野・群馬で山岳遭難が発生し、7人と連絡がとれないという

このような山岳遭難が発生するといつも思うことがある。それは、山の中では携帯電話の電波が届かないため、110番も119番も使えない、家族にも連絡がとれないということだ。携帯各社は、主要な登山ルートにアンテナを立てたりしてはいるが、複雑怪奇な山岳地帯をマイクロ波を使っている携帯の電波で全てカバーすることはほぼ不可能である。非常に沢山のアンテナを立てればカバーできるかもしれないが、それは私企業である携帯電話会社にとってその投資を正当化できるような話ではない。

ユーザーにとっては普段使い慣れている携帯電話が使えれば、最近の携帯からの110番や119番ではGPSによる正確な情報も伝達されるため最も好ましいであろう。しかし、それが困難なのであれば次善の策として「衛星通信」に頼るしかない。しかし、これも実は日本では規制や制度不備のため使えないものが多い。

アメリカやオーストラリアでは、山岳登山者や砂漠旅行者などに幅広く使用されている「緊急信号発信機」がある。船舶や航空機では標準的に使用されているコスパス・サーサット(Cospas-Sarsat)という捜索救助専用の衛星を使用した個人用の小型ビーコン「PLB」(Personal Locator Beacon)というものだ。アメリカなどではアマゾンでも簡単に買えるし、ホームセンターでは山積みされている。まだ日本のメーカーは製造していないが、欧米のメーカーからはすでに携帯電話サイズや時計サイズの非常に小型なものまでが販売されている。グーグルで「PLB」をイメージ検索すると沢山出てくる。

仕組みは簡単で、ユーザーはいざという時ボタンを押すだけ。これだけで、地球上のどこで電波を出しても、衛星がキャッチし、世界中の最も適切な救助センターに自分の遭難位置を含む救難信号を配信してくれるというものだ。日本では船舶用のEPIRB(非常用位置指示無線標識)ELT(航空機用救命無線機)がすでに使用されており、小型船や小型航空機以外の船舶・航空機は法律で搭載が義務付けられているためもあるが多数の船舶・航空機に搭載され、有効に利用されている。

PLBの電波は地球上のどこで発射されても必ず衛星がキャッチし、各国政府が運用している地上受信局とデータの配信センターであるMCC(Mission Control Center)を経由して救助機関に連絡が届くことになっている。日本では海上保安庁が受信局とMCCを運用しており、日本周辺でEPIRBが発射されると海上保安庁のMRCC(海難救助調整本部)(全国11カ所)に救難信号が届けられ、同様に日本で航空機が墜落しELTが発射されると、海上保安庁のMCCを経由して羽田空港にあるARCC(航空機救助調整本部)にデータが届けられ、ARCCが警察や自衛隊などに協力を要請し、直ちに行方不明になっている航空機の捜索を開始する。

では、今、日本の山の中で、PLBが発射されたらどうなるか。PLB自体が外国では消耗品のように売られているので、外国旅行の際、購入してくることも不可能ではない。また、外国人旅行者が日本に登山にやってきて、遭難してPLBを発射することも想定される。日本ではまだPLBに関する電波法関連の制度が整備されていないが、遭難のようないざというときに免許されていない電波を発射すること自体は電波法も許容しており違反にはならない。しかしながら、日本で地上局とMCCを運用している海上保安庁から山岳救助を担当している警察機関にデータが配信される仕組みが整えられていないため、遭難信号は無視され、誰も救助には来ない。要するに縦割りの役所の壁を乗り越えられず、データがネットワーク上のどこかで止まってしまうということだ。

このように日本でPLBが導入されていない最も大きな壁は、山岳遭難の信号を適切な警察機関に届ける仕組みが確立されていないということである。この山岳遭難信号が届けられる仕組みが確立されればあとは総務省が電波法関連の技術基準などの制度整備をするだけである。こちらの制度整備はそれほど難しくないようなので、最も大きな問題は救助機関側の縦割りの弊害である。

日本は高齢化社会を迎え、高齢者による登山やハイキングも増加し、それにつれて山岳遭難も増加している。これらの人々がこのような小型ビーコンを携帯して登山に向かってくれれば、遭難者の位置特定も迅速に行え、救助される人も増加するであろうし、捜索に要する時間が短縮できるためその費用も大幅に節約されるであろう。

なお、コスパス・サーサットは各国の政府機関(40カ国以上が参加している)が拠出した税金で運用されている100%公的な衛星システムであるが、最近では民間の商用衛星を利用した救難信号発信機も諸外国では様々なものが出回っている。グローバルスター衛星を使ったSPOTというものがその代表的なものだが、実はこれも日本では利用できない。グローバルスター衛星に関する電波法関連の制度が確立されていないのがその主たる要因であるが、総務省では昨年の東日本大震災以後、すべての衛星系サービスが利用できるよう制度改正を急いでおり、恐らく近い将来使用できるようになるであろう。これは、基本的にメールで自分の家族などにメッセージを送り、救助を要請するものであるが、外国ではSPOTからのメッセージを直接政府の救助調整本部が受けており、救助活動が開始される仕組みをとっている国も多い。しかしながら、日本で同じ事をするためには、上記に述べたPLBの陸上配信に関する問題と同様の問題が発生し、容易なことではないであろう。

更に日本では衛星携帯電話による110/118/119も使用できない。衛星携帯には、スラヤインマルサット、イリジウム、グローバルスターなど様々なものがあり、最近、スラヤインマルサットの衛星携帯電話が日本で使用できるようになったことは非常に好ましいが、地上の携帯のように110/118/119とダイヤルしてもどこにもつながらない。NTTドコモが運用しているワイドスターという衛星とスラヤだけは、110/119の後に2桁の地域番号を入れてかければ警察・消防につながる。海保の場合だけは118のみでよい。例えば東京の110番センターにかける場合は110+31、札幌の場合は110+20である。消防の場合は今のところ東京にしか繋がらず、119+31とダイヤルする必要がある。そんな下2桁の番号を覚えているユーザーなどは恐らく存在せず、ユーザーにどこの警察に接続するか選ばせるという行為は不親切極まりないが、これも警察内部における県警と県警との縦割りの壁というべきものであり、役所のセクショナリズムそのものである。地上の携帯電話から110/118/119をダイヤルすると携帯電話の基地局に応じて最寄りの警察・消防・海保に接続されるが、警察の110番センターは各県警に1つ又は2つあるため全国に約50程度、消防の119センターは市町村が運営しているため全国に700程度あるそうだ。海保の118センターは全国に11カ所である。携帯電話や固定電話の場合は地域ごとに接続先を決めておけばよいのでそれほど難しくはないが、衛星の場合、日本全土が数個のセルでカバーされてしまうので、地上の携帯のように自動的に分けることは至難の業だろう。GPS等を使えば技術的には不可能ではないかもしれないが、コスト的に見合うものではない。アメリカなどでは、衛星911センターというコールセンターが存在し、アメリカ国内で衛星携帯にて911番をダイヤルするとコールセンターに接続され、オペレーターが適切な救助組織に接続してくれる。米国のように、基本的には日本のどこからも同じ番号とし、コールセンターが適切な機関に接続してくれるという仕組みがユーザー側からみれば望ましいものであろう。

そもそも、緊急通報特番そのものが110/118/119と3つもある国はあまりない(Wikipedia参照)。米国は警察も消防も911番のみ、英国でも999番のみである。多くの先進国が番号は一つである。米国では911とダイヤルするとPSAP(Public Safety Answering Points)【要するにコールセンターである。政府直営の場合もあれば、民間にアウトソーシング(英国の場合はBT)している場合もある。】に接続され、PSAPが適切な救助機関に手配してくれる。番号が3つもあること自体が役所による縦割りの弊害であるが、それに加えて、その番号のあとに県警の番号などを付加させるというのはとんでもない行為ではなかろうか?

我が国でもPSAPのような全ての緊急事態に対応してくれるコールセンターが必要であろう。このようなものがあればPLBや衛星緊急通報にも柔軟に対応することができると思われる。

注1:お陰様で電波法関連の省令等が改正され、海上での運用に限り、PLB(携帯用位置指示無線標識)が使用できるようになりました。⇒ 電波監理審議会答申

注2:グローバルスターについても2017年中には制度整備が完了し、使えるようになります。⇒1.6/2.4GHz帯移動衛星通信システム

 

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