我が国の災害対応システムの標準化に対する意見

内閣府の災害対策標準化検討会議が報告書(本紙別添)を出した。これに対する当方の意見は以下のとおりである。

(I) この報告書には非常に多数のJargonが含まれている。

標準化の目的は人と人、人と組織、組織と組織の間のインターフェースを定めて組織化コストを削減し、誰でも、どの組織でもが、突然発生する如何なる種類、如何なる規模のインシデントに対する対応チームにでもスムーズに参加できるようにすることである。そのために米ICSなどでは、インシデントへの対応に必要となる組織の機能(Function)、プロセス(Process)、最適監督人数(Span of Control)、階層化された場合の組織名称及びその責任者の名称、現場施設の名称、一定の従うべきルール、管理方法(目標管理(MBO)による)、通信方法などが定められ、それらに使われる用語は平易かつわかりやすいものとし、官公庁関係者のみならず民間機関までをも融合できるようになっている。言い換えれば、Jargon(特定集団以外には意味が伝わらないようなマニアックな言葉)やLocal Language(方言)を排除し、誰でも理解できるようにするということが非常に重要なのである。しかしながら、この報告書には非常に多数のJargonや不適切な翻訳が使われており、これでは官公庁間の理解も進まず、標準化が難しくなるのではないかと危惧している。まずは、米国を参考に我が国のモデルを検討するとしても、その翻訳は、他の国際条約の正式な訳や我が国行政組織がすでに一般的に使用している単語に合わせるべきであり、一部の有識者の趣味等による翻訳にしてしまっては本末転倒であり、同じ意味の単語が別の単語になってしまうため、混乱を招くことになる。例えば、

● P32とP33の図は、同じ米国ICSの組織図を翻訳したのだろうが、異なる訳し方をしている。

英語に戻せば同じCommander, Operation, Planning, Logistic, Administration/Financeなのだろうが、日本語が異なる。これでは同じものが違うものになってしまうであろう。

● P31の翻訳は一部の方の趣味によるものと推定される。その他、不適当な訳語が多い。

ここではCommandを「指揮調整」、Operationを「事案処理」、Planningを「情報作戦」、Logisticを「資源管理」、Administration/Financeを「庶務財務」と訳している。しかしながら、Commandを「指揮調整」と訳するのは全く異なる次元の意味を一緒にしてしまうことであり、不適切である。我が国国内では、英語のCommandは「指揮」と訳され、英語のCoordinationが「調整」とすでに多くの条約等で訳されている。日本語における「指揮」は相手の同意が必要ない行為、同じく「調整」は相手の同意が必要な行為であり、プロセス上、全く異なる意味を持つ。この「指揮」は英語のCommand、「調整」は英語のCoordinationに一対一で対応しており、すでに一般的に定着している。米ICSにおけるCommandも日本語における指揮の意味合いしか含んでおらず、これに調整などという言葉を加えてしまうことは不適当であろう。昨年JIS化されたISO22320においても当初の仮訳時には「Command and Control」を「指揮調整」と、「Coordination」を「連携」と訳していたが、正式なJIS化の段階でJISC(経済産業省産業技術環境局)から修正が入り、「Command and Conrol」については「指揮統制」に修正されている。筆者は「Coordination」も連携ではなく「調整」に修正すべきだったろうと思ったが、JISCは外務省条約局のような精査はしないので、そこまでチェックできなかったのだろう。その他の多くの訳語に、他の国際条約(International Convention on Maritime Search and Rescue(海上における捜索救助に関する国際条約【略して1979 SAR条約】)、International Convention on Oil Pollution, Preparedness, Response and Coopration(油による汚染に関わる準備、対応及び協力に関する国際条約【略して1990 OPRC条約】)、ICAO条約ANNEX 12等)の正訳等にてすでに定着しているものがあり、言うまでもなく、条約の締結に際しては外務省条約局の精密な審査を経て、国会の承認を得ているものであるため、これらと整合性をとっておく必要があることは言うまでもない。仮に、米ICSでの用語がこれらの国際条約等と異なる意味合いで使われているのであれば異なる意訳をすることもありえなくはないが、筆者が見た限り、全く同じであり、別の訳語を無理に作る必要はどこにもない。また、Operationを何故に「事案処理」などと訳すのか。これは素直に「運用」と訳せばすむ話であり、海保や防衛庁などにおいてもすでに「運用」という機能名称は定着しているだろう。従って、これを無理やり「事案処理」などという訳にする必要性はどこにもない。Planningも同様に素直に「計画」とすれば十分であり「情報作戦」などという我が国の関係機関で全く使われていないようなマニアックな機能名称をここで無理に作り出す必要はなく、混乱を招くだけである。これらはICSが排除しようとしている「Jargon」そのものである。P68には「救助・検索」との訳語があるが、これの元の英語は「Search and Rescue(SAR)」であろう。SARの訳も、1979 SAR条約を我が国が締結した時点で「捜索救助」に確定し、定着している。

とにかく、この報告書は、その報告書に使われている用語自体の定義があまく、わかりにくい。

(2)  米ICSの政府公認の仮訳を作り、公表してはどうか。

米ICSについては、様々な有識者やコンサルタントなどがそれぞれの趣味によってバラバラな翻訳がいくつも流通している。Commander, Operation, Planning, Logistic, Administration/Financeなどというのは米国で標準化され、定義された機能(Function)の名称にすぎず、その組織を真似ればよいというものではないが、何かこの組織図に最大の意味があるかのごとく間違った解釈をしている人が数多くいる。このような機能も最終的には我が国として再定義しなければならないと思われるが、不要な混乱を排除し、標準化に対する理解を促進させるためにも、米ICSの主要機能やプロセス、その他の名称・用語などについて、日本政府公認の仮訳を発行してはどうか。あくまでも外国政府の文書なので外務省の審査などというプロセスは当然ありえないが、関係省庁が相互にチェックし、もっとも関係省庁が理解しやすい訳語に定着させるべきであろう。この種の災害対応は、どうしても政府機関が主体になるため、まずは政府機関間で検討していただきたい。なお、米ICS100とか200などのマニュアル類を大量に翻訳する必要はなく、主要な定義部分だけで十分と考える。

検討されている「災害対策標準化ガイドライン」に含めるという形でもよい。

(3) MBOについても標準化すべき要素に含めるべきである。

標準化すべき検討項目があがっているが、目標管理(MBO)について全く触れられていない。MBOは、別の投稿にて指摘したとおり、非常に重要なものである。どのように現場において目標を立てるのかなどについても検討すべきであると考える。

(4) 標準化の進め方

公的な標準化は、一般的には圧倒的多数の支持を得たデファクト・スタンダードが先に作られ、少数派がそれに合わせるという流れになる。例えば、米国でも英国でもドイツでも、消防が作ったICSが多数派であったため、少数派となったその他の役所等が消防に合わせている(例:米国沿岸警備隊がICSを取り込むために作成したIncident Management Handbook参照)。我が国においても消防、警察、海保などインシデント・マネジメントを本来業務とする役所の中に圧倒的多数の支持を得られているマネジメント・システムが存在するのであれば、少数派の組織には我慢してもらって多数派に合わせてもらうというのが自然である。例えば、消防に全国統一マニュアルのようなものが存在しているのであれば、人数的に見れば消防関係者の人数が最も多いと思われるので、他の官庁がそれに合わせるというのがよいと思われる。しかしながら、そのようなものが現在存在しないということであれば、関係省庁や防災機関などに受け入れられやすいものを最大公約数を見つけるような形で作るしかない。東京の本省庁間で調整して作るという手段もあるが、各役所にはそれぞれの現場とアカデミズムの両方に精通した大学校(消防大学校、警察大学校、海上保安大学校、防衛大学校など)があるので、このような各大学校が協力して開発するという手段もあると考える(参考:米ICSは米国消防大学校が開発したもの)。

ICS標準化WG

内閣府防災情報のWEBを拝見していた所、次のようなファイルがあった。

http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kentokai/kentokaigi/04/pdf/shiryo2.pdf

関係省庁が標準化を勉強し始めたことを示している。

第三回会合にて提出された消防庁からの資料が非常にすばらしい。的確に現在の問題点を認識しているし、この資料に使われている各種の用語や定義を活用すれば日本版ICSもどきを作ることも可能だろう。

http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kentokai/kentokaigi/03/pdf/shiryo2.pdf

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その他の資料

http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kentokai/kentokaigi/

この検討会の報告書

http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kentokai/kentokaigi/pdf/report.pdf

http://www.bousai.go.jp/kaigirep/kentokai/kentokaigi/pdf/guideline_image.pdf