提言

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1 対応システムの標準化

(1) ICSと通常の経営組織や官僚組織との相違

通常時の組織というものは、民間企業、官庁、軍隊等を問わず、基本的に中央集権型のピラミッド組織である「官僚制」と言われる組織形態をとる場合が多かった。最近は、組織のフラット化や自律化が叫ばれ、ネットワーク型組織[1]やプロジェクト型組織[2]等、新たな形態の組織が多くなりつつある。

このような組織論的な角度からICSを見た場合、それは、一種のプロジェクト型組織であると言うことがわかる。突発的に発生した災害対応という特定プロジェクトのために臨時に組織されるものであるからである。交通事故が発生した場合を例にとれば、まず、巡回中の警察官が現場に到着した時点でICSが組織され、Incident Commanderを決め、その下に必要に応じて、General Staffを組織する。そして、徐々に必要に応じて、組織を拡大していく。これは、まさに臨時に作られたプロジェクトチームである。

一般にプロジェクト型組織の長所としては、1)高フレキシビリティ:環境の変化に柔軟に対応できる、2)迅速な対応:課題対応型であり、組織目的が明確なため、迅速な対応が可能である、3)組織の活性化:横の人間関係ができ、組織の活性化に繋がる、等が指摘され、短所としては、1)命令系統のあいまい性:既存の組織との整合性がとり難く、指示命令系統があいまいである、2)実行上の問題:設置された組織に責任と権限がないため、決定内容が現場で実行されない、3)評価上の問題:プロジェクトでの活動成果が、既存の組織内ではあまり評価されず、参加意欲を阻害する等が指摘されている。

ICSの場合、このような短所のうち、命令系統のあいまい性については、Unified Commandを設けること、実行上の問題については、全国的に統一されたマニュアルに責任と権限を明記することにより、ある程度問題が解決されている。

このようにICSは、全米中で設置方法等が高度に標準化されたプロジェクト型組織とみなすことができる。

(2) 共通言語としてのICS

我が国は、防災対策は、主要な公共事業として、多くのダム建設や防波堤建設、耐震工事等が行われてきた。しかしながら、これらは、主として災害の「減災(Mitigation)」を主眼においた施策であって、想定規模を超える災害が発生した場合には、何の役にも立たない。言い換えれば、過度に「減災」策に依存し、「対応」策を軽んじてきたとも言える。

阪神・淡路大震災を教訓に政府の危機管理能力の向上が叫ばれ、大規模災害発生時等には、首相及び閣僚が参集し、政府としての意思決定を行うことができるよう、首相官邸に危機管理センターが設置された。ここには、関係省庁からヘリテレ画像[3]が送られ、正に非常事態オペレーションセンター(EOC)と言うべきものである。また、いくつかの地方自治体もこのようなEOCを設置した。

このように、我が国は、ハードウェア的なものは比較的充実しているとも言える。しかしながら、ソフト面、すなわち、マネジメント・システムについては、これまでに述べたとおり、多くの問題を抱えている。

そこで、我々がなすべきことは、マネジメント・システムを改善することである。具体的には、ICSに類する標準化されたマネジメント・システムを導入することである。

非常時には、多くに人々の協力が必要になることはいうまでもないが、その際、必要となるのが共通の土台である。言い換えれると、「共通の言語」である。ICSは、まさに共通の言語になるものである。

我々が、平常時の組織活動を行う場合、決してマネジメント・システムが標準化されている必要はない。むしろ、企業が競争に勝ち残るためには、他社にまねのできないような独特のマネジメント・システムを構築していくことが望ましいとも言える。

しかし、非常時には企業や官庁の枠を超えた協力が必要になる。そのためには、多数の組織を、ネットワーク組織化し、現場にICSのようなプロジェクトチームを作るのである。そのためには「共通の言語」が必要になってくることは当然であろう。

日本という国は、ピラミッド型組織でボトムアップ型の意思決定をどこの組織でも行ってきた。役所も企業もである。日本企業は、ボトムアップ型業務プロセスの典型とも言うべき「カイゼン(改善)」で品質管理を実施し、極めて質の高い商品を輸出することでこれまで成功してきた。しかし、このシステムは、社会がオートマチックに成長し、大きな変化のない場合には機能するが、大きな変化が生じた場合には、機能しない。

大規模な災害の発生等は、まさに、この「大きな変化」が生じた場合に相当する。言い換えると、社会全体でネットワーク組織やプロジェクト組織が増加し、組織がフラット化しているのと、災害時にプロジェクト組織であるICSを設置するのとは、根源が同じなのではないだろうか。

我々は、今こそ、社会全体のフラット化に合わせて、危機管理システムも改善し、柔軟性の高いものとする必要があると考える。

(3) 日本におけるICS導入の可能性

現在、我が国においては、災害対策基本法をベースに防災基本計画が、震災、風水害、火山災害、雪害、海上災害、航空災害、鉄道災害、道路災害、原子力災害、危険物等災害、大規模な火事災害、林野火災、その他の災害ごとに個別に定められ、更に地方自治体が、これらに基づいて地域防災計画を定めている。

しかしながら、防災基本計画には、非常に細かく、事前の準備や役割分担等が規定されている反面、共通の通信手段や通信用語は規定されておらず、また、指揮所の設置の規定もなければ、指揮命令系統もあいまいである。言い換えれば、全て平常時と同じ組織により、平常時と同じ縦割りのまま対応することが前提になっている。

1999年に発生したJCO臨界事故[4]後に制定された原子力災害対策特別措置法では、上記の災害対策基本法の仕組みに加えて、原子力災害時の組織編成(対策本部の構成)や各原子力発電所にオフサイトセンター(要するに災害時に指揮所となるオペレーションセンター)の設置を義務付け、緊急事態宣言の発令等について規定している。しかしながら、組織の編成が固定的で柔軟性は乏しい。この中で、設置が義務付けられているオフサイトセンターは、ICSのEmergency Operation Center(EOC)に相当するものとして理解できる。

地方自治体が制定する地域防災計画では、通報様式や通報手順、対応組織まで非常に細かく規定されているが、これらは、自治体ごとに異なり、他県から支援に駆けつける各種の応援部隊が対応しにくい。

また、各省庁、各地方自治体が、それぞれ独自に災害発生時の対応マニュアルとして、訓令や通達を制定しており、これらには、相当詳細にさまざまな手順が規定されている。

更に、国際条約に基づく対応システムが存在している場合がある。国際海事機関(IMO)で採択された「1979年海上における捜索及び救助に関する国際条約(SAR条約)」[5]がそれである。この条約は、まさにICSと同様に組織や用語等が国際的に標準化された対応システムであって、我が国においては関係省庁(主に海上保安庁)が条約の内容を実施するためのマニュアルを制定することにより担保されている。なお、米国の沿岸警備隊等では、SAR条約に基づいた対応をICSに「プラグイン」し、2つのシステムを融合させている[6]。

このように、現在、非常に多くの対応システムが災害種類別、組織別または地域別に制定されており、非常に複雑になっている。ICSを導入することができれば、これらが簡素化され、多少の教育を受ければ、誰でも理解できるものになるが、そのためには、既存の多くの法律、条例、訓令、通達を改正または新規立法しなければならないであろう。

また、日本のようにボトムアップ型、言い換えれば稟議制による意思決定に深く馴染んだ文化を持つ場合、ICSのように現場の長が自律的に判断しなければならないシステムがどこまで機能するかという疑問も残る。

従って、ICSを日本に導入するためには、非常に強いリーダーシップの下で、強力に実施する必要があるであろう。

なお、公的な防災システムとしてICSを導入する場合には、上記のように、相当の作業が必要になるが、民間や非政府組織(NPO)が自主的に導入する場合には、手続き的には容易である。例えば、民間企業の危機管理システムとしてICSを導入している例は、米国には多数存在し、我が国においても若干であるが存在している様子である。更に、米国では、病院における危機管理、学校における危機管理等にもICSが導入されつつある。このように私的組織等の自主的な危機管理システムとして導入することは比較的容易にできるであろう。そのためには、いくつものテンプレートを構築する必要があるが、日本の場合は政府機関以外の組織から先に浸透を図る方が現実的かもしれない。

2 準備評価の政策評価への活用

「行政機関が行う政策の評価に関する法律(平成十三年六月二十九日法律第八十六号)」(以下、「政策評価法」という。)が制定され、中央省庁等の行政機関にそれぞれの政策の評価計画の作成及び定期的な評価の実施が義務付けられた。研究開発や公共事業、政府開発援助等については事前評価も義務付けられた。

これに基づき、行政機関の防災政策等の危機管理政策も当然評価の対象となった。しかるに危機管理政策はどのように評価することができるのか。

通常時の政策(例えば道路建設等の公共事業や教育政策等)の場合、常に計画(Plan)→実施(Do)→評価(See)のサイクルが回っており、政策の実施の前後で評価することができる。また、災害の予防を目的とした政策であれば、実際に災害の発生件数がどの位減少したかで事後評価も可能である。しかしながら、災害の発生後の対応を目的とした政策の場合、特に滅多に発生しない地震や放射能事故等への対応政策については、事象がなかなか発生しないため、評価がなかなか実施できない。

これまでも、リスク・アセスメントの手法や費用便益分析の手法等が活用されてきたが、これだけでは、全体を評価するのは困難である。

そこで、重要になってくるのが組織評価の手法であり、第3章で述べた「準備評価」である。すなわち、ある地域が万が一の場合に迅速、効果的かつ効率的な対応をする能力を有しているか否かで評価する。

実際に米国では、FEMAが、政府業績評価法(GPRA[7])による義務を満たすために前述のCAR(Capability Assessment for Readiness)を使用している。

CARのような全国規模統一の評価指標を設定し、地域ごとにその災害等への対応能力を評価することができれば、地域間での相互刺激も生まれ、問題点も次第に明らかになり、日々の改善作業に資することになるのではないかと考える。


[1] 社内のみならず社外の組織とも連携をとり、擬似的な会社として振舞う組織形態。

[2] 既存の組織の中に、特定の課題に対して臨時的・横断的に編成された組織形態。

[3] ヘリコプターから撮影した映像の中継装置。

[4] 茨城県東海村にある核燃料加工を行うJCO社の加工施設で1999年9月30日に発生した事故。加工過程で核反応が臨界に達し、多くの放射性物質が大気中に放出され、一人が死亡、二人が重傷を負った。

[5] IMO, International Convention on Maritime Search and Rescue, 1979

[6] USCG Incident Management Handbook(IMH)[2001]、Chapter 13

[7] 1993 Government Performance and Results Acts。日本の政策評価法のモデルとなった米国の連邦法。

(参考文献リスト)

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