北朝鮮ミサイル:船舶・航空機にとっての危機

今日は、朝0600頃から携帯のJ-Alert情報が鳴り続け、NHKニュースもミサイル情報一色となった。北朝鮮ミサイルは今始まったことではないし、ある程度、マンネリ化している面もあるので、余計に最悪の事態になった場合の混乱はあまり想像したくない。

安全保障上の議論はニューヨークの国連安保理でやってもらえばよいが、船舶や航空機への安全について、もっと真剣に考える必要があるだろう。この種の議論は、国連本部ではなく、その専門機関であるIMO(国際海事機関:ロンドン)とICAO(国際民間航空機関:モントリオール)である。

1997年前後だったと思うが、北朝鮮が最初に「衛星」と称して日本海に向けミサイルを発射した際には、日本から「船や飛行機にあたったらどうするんだ!」とIMOとICAOにそれぞれ文書を提出し、北朝鮮を非難した。これを受けて、その後の北朝鮮は、一応ロケットを発射する前にIMOやICAO事務局長に文書で通報し、それを受けて、沿岸国が船舶や航空機に対する航行警報やノータムを出して注意を促していた。

しかし、最近のミサイルの発射の前にはこの手続きを踏んでいないだろう。この手続を踏んで、事前通報がIMOやICAOに送付されていれば、事前に予測できるので、こんなドタバタにはならないはず。アメリカやロシアだってミサイルの発射実験などをする際には、船舶や航空機にあたらないよう十分注意して警報などを出して行っているのだが、北朝鮮にはこのような常識が通用しない。筆者は船舶や航空機の安全の専門家であるので、北朝鮮のこのような態度には大変な憤りを感じる。

逆に言うと、事前に警報などを出さずにミサイルを発射すれば、それは他国に対する「攻撃」の意思ありと理解されても仕方ない行為である。たとえ、それが陸を狙ったものでなく、海を狙ったものであっても、そこには船舶や航空機がいる。そして、それはどこの国の船舶か航空機かわからない。全世界の国に対する攻撃以外の何物でもない。

安保理の議論では、また、制裁決議が出されるのだろう。しかし、それとは別に、IMOやICAOにおいては、北朝鮮の行為は、100%船舶や航空機の安全を無視したものであるので、加盟国としての全ての権利剥奪、除名、その他、取り得る最も厳しい措置をすべきである。もともと、北朝鮮はIMOやICAOでは全く存在感などなく、彼らが会議に出てくることもほとんどない。そうゆう国である。一応、ロンドンには北朝鮮のIMO代表部と言われるものもあるが、何をしているのかさえよくわからない。これなども閉鎖させるべきである。

このままほっておけば、あの国は、そのうち陸に向けて平気で撃ってくるだろう。平和的解決を望むが、核兵器を搭載した弾道ミサイルを完成させる前に、国連軍を編成した上での軍事的解決も必要な時期に来ているのではないだろうか。そうすれば、日本や韓国にも一定の被害が生じるだろうが、核兵器で攻撃される事態になると更に被害は致命的になる。大きな被害を防ぐために小さな被害はある程度受け入れざる得ないのかもしれない。

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ミサイル飛行時間に関する誤認識

今朝0620分頃、NHKニュースを見ていてところ、「北朝鮮がミサイルを発射した。我が国のEEZ(排他的経済水域)に落下する可能性がある。」と、さも未だ飛行中なので、注意を促すような報道があった。加えて、「海上保安庁がEEZ内に落下する危険があるので注意し、不審な物体を発見した場合でも近づかないよう航行船舶に対する航行警報を発令した。」とも報道した。

しかし、0640過ぎの菅官房長官会見を開くと北朝鮮がミサイルを発射した時刻は「0540頃」だという。それが事実なら、北朝鮮がミサイルを発射したのが5時40分で、それが6時20分以降まで飛行していたとすると、40分以上飛行していることになる。これはおかしいなと思ったのは私だけではないだろう。北朝鮮が、5月14日に発射したときは2000キロという非常に高高度だったが、それでも飛行時間は30分位である。通常の高度なら、飛行時間はそんなに長くはない。

事実、7時半ころNHKが韓国側の報道を伝えたが、それによると「発射時刻は0540頃、低高度で約6分飛行し着弾した。」というものだった。北朝鮮から日本までの距離は約1,000km(平壌から日本海沿岸までの距離)で、ミサイルの速度が約10,000km/hだとすれば、低高度なら約6分である。この速度なら、政府が発射を探知し、着弾前に警報を出して注意を促すなどというのは、ほぼ不可能なほどの短時間である。

0830頃の菅官房長官の会見によると「(ミサイルは)約400キロ飛行し、新潟県佐渡島から約500キロ、島根県隠岐諸島から約300キロの日本海上に落下した」ということだったので、約400kmを約6分で飛行したということになるが、この場合、このタイプのミサイルの速度は、時速にすると400➗(6➗60)=4,000km/hということになる。多分これはミサイルの速度としては遅いほうだろうと思うが、時速4,000km/hでも1,000kmを飛ぶのに要する時間は、1000➗4000✕60=24分である。

いずれにせよ、北朝鮮から日本までの飛行時間が30分以上にもなるということは、高度がよほど高いか、速度がよほど遅いかという場合以外はありえず、10,000km/hを低高度を飛ぶものなら10分とかからないと考えておくべきだろう。

ガリレオSAR(捜索救助)サービスが正式に始動

The Galileo Search And Rescue (SAR) service, made possible by the Galileo satellite constellation, is now active. Galileo SAR is Europe’s contribution to the COSPAS-SARSAT network, a distress…

情報源: Galileo search-and-rescue service officially launched : GPS World

 

欧州が打上げたガリレオ衛星による捜索救助サービスが4月6日に正式に始まった。ガリレオ衛星システムとは、欧州版のGPSのようなものであり、物体の緯度経度を高精度で測位するための衛星システムである。GPSは車や携帯でも使用されているので多くの人が知っていると思うが、実はGPS以外にも欧州のガリレオの他、ロシアのグローナス、中国のコンパスなどがあり、中途半端ではあるが日本の準天頂衛星システムもこれに類するものである(これらは総称して”GNSS”(Global Navigation Satellite Systems)と呼ばれる。)。

ガリレオのSARペイロード(遭難アラートを処理する装置)は、遭難した船舶や航空機から発射される406MHzの遭難アラートを中継し、地球上に数多く設置されたMEOLUTと呼ばれる地上受信局でそれを受信し、処理して遭難位置を算出する。このようなシステムは、もう、30年も前からあったが、それは、アメリカ、カナダ、フランス、ロシアが打上げた低軌道衛星(その多くは気象衛星に便乗したもの)で処理し、電波のドップラー効果を計算して位置を計算するものだった。しかし、地球を回っている低軌道衛星は、5〜6機しかないため、衛星が回ってくるまでに時間がかかり、最悪の場合は、遭難船が406MHzの電波を出しても、1時間半くらい衛星が回ってこないということもあった。

その点、ガリレオ衛星システムは、地上から2万キロ位の高さを回る中軌道衛星30機程度で構成され、地球上のどこで遭難しても、衛星が3つ以上見えるため、即座に遭難位置が計算される。

ガリレオの他、米国のGPSやロシアのグローナスにも同様のSARペイロードが搭載されるのだが、正式に運用開始を宣言したのはガリレオが最初ということになる。GPSやグローナスも中軌道衛星なので、これらは総称して中軌道衛星捜索救助システム(MEOSAR)と呼ばれている。

ガリレオのSARペイロードには、GPSやグローナスにはない「リターンリンク」とよばれる機能も付加されている。伝統的な406MHzビーコンは、遭難アラートを送信するだけの片方向通信機能しかなかったが、ガリレオリターンリンク機能を搭載したビーコンであれば、陸上の救助機関側からビーコン側に対して短いメッセージを送ることができるため、これまでにはなかった新しい機能である。

このMEOSARシステムは、船舶や航空機の遭難位置を高精度かつ迅速に測定できるものであり、非常に有効である。

なお、406MHzの電波を発射するビーコンは、船舶用のものはEPIRB(非常用位置指示無線標識)、航空機用のものはELT(航空機用救命無線機)と呼ばれ、もう30年以上も前から使われてきた。EPIRBやELTは沈没や墜落と同時に自動的に電波が発射される機能があるのだが、これら以外にも携帯電話程度に小型化され、ボタンを押すだけで遭難アラートを送信することができるPLB(携帯型救命無線機)と呼ばれるものもある。これがあれば、山の中での遭難など、陸上遭難でも非常に有効なのだが、実は、日本では、様々な制度不備のため陸上では使用できない。また、406MHzというUHFの電波なら、雪崩に巻き込まれたような場合でもその埋没深度が浅ければ、雪を通り抜けて、電波が衛星まで届く可能性もゼロではない(実験したことがないので正確なところはわからないが)。MEOSAR衛星から中継された406MHzの電波を地上の複数のMEOLUTで処理すれば数メートルくらいの誤差のピンポイント位置を出すことができる。

先日、紹介した雪崩ビーコンなるものは、457kHzという非常に波長の長い長波が使用されており、雪の中でも電波が通るという点はメリットなのだが、直進性の低い電波であるため、使い慣れないと埋没者の位置を確定できない。しかし、埋没と同時に406MHz波を送信することができるPLBのようなものが開発されれば雪崩捜索救助には役に立つかな、と一瞬思ったが、そのためには実験や開発するためのお金が必要だ。

 

那須雪崩事故:改善可能なポイント

今回の雪崩事故に限らず、事故には必ず負の価値連鎖があり、その負の連鎖のどこかが断ち切られていれば8人もの死者を出すという最悪の結果には至らないものである。不幸なことに、AかつBかつCかつDという位に何重にも負の要素が重なったため発生したということであり、我々は、そのような連鎖をどこかで断ち切る努力をしなければならない。そこで、どのような部分で改善が可能なのかについて、頭の体操をしてみると次のようになる。

リスクとは、一般的に、Likelihood(被害の発生確率)とConsequence(発生した被害の大きさ)の積、すなわち、負の期待値として定義される。従って、雪崩インシデントのリスクを減少させる方法は、雪崩インシデントによる被害の発生確率を下げる方法と発生した被害の拡大を防ぐ方法の2つに分かれる。

 

1.被害の発生確率を下げる方法(Reducing Likelihood)

被害の発生確率を下げるための対策は、防災分野では、予防(Prevention)や減災(Mitigation)などと呼ばれることもあるが、細分化すると次の3つに分かれる。

(1)ハザード自体の削減(Reducing Hazard)

 雪崩インシデントを引き起こすハザードは、斜面に降り積もり、滑りやすくなっている雪である。これに更なる何らかの外的要因、例えば、大きな音や強い風、気温などの要素が加わり、それらに起因して大量の雪が斜面を滑り始める。従って、そもそものハザードである滑りやすくなっている雪を取り除いてしまえば雪崩インシデント自体が発生しない。そのための方法としては、空砲を発射したり、何かを爆発させることによって、大きな音を発生させ、その大きな音波によって雪崩を人為的に起こさせてしまう方法がある。一度、大きな雪崩を起こしてしまえば、更なる雪崩はすぐには発生しない。

(2)顕在化の抑制(Reducing Exposure)

 英語の「Exposure」には「隠れていたものが見えるようになる」という意味がある。ハザードも通常は隠れていて表に出てこなければ問題はない。ハザード自体を取り除くことができない場合でも、それが我々の目の前に現れ、危害が加えられるような状態にならなければ問題はない。このように、あるハザードによりインシデントが発生したとしても、それが我々の目の前に現れないようにすることを「ハザードが顕在化しないようにする」と表現する。このための方法としては、ハザードの周りを何か頑丈なもので固める、ハザードとの物理的な距離を広げる、時間的にハザードが顕在化しにくい時間帯を選ぶ、などの方法があるだろう。言い換えれば、物理的空間や時間的空間をマネジメントすることによって、インシデントが発生したとしても、それが直接的に我々の身に及ばないようにすることである。

 雪崩を引き起こすハザードが顕在化しないようにするためには、そもそも冬山に入らない、雪崩が発生しやすい時間帯や季節、気象条件のときには山に入らない、顕在化しそうな時には専門家が警報を発令して人を近づけない、山に入ったとしても短時間で下りてくる、山に入る人の数を必要最小限にする、などの方法があるだろう。

(3)脆弱性の削減(Reducing Vulnerability)

 (1)のハザードの削減は、戦争に例えれば敵を攻撃して殲滅することを意味し、(2)の顕在化の抑制は、敵との距離を離しておくことを意味する。これに対し、脆弱性の削減とは、防御力、守備力を高めるということを意味し、自らの弱点を補強し、インシデントが発生し、それが自らに及んで来たとしても、守りきるだけの力をつけるということである。

 雪崩インシデントに対する脆弱性削減の手段としては、例えば、雪崩防護柵やスノーネットを訓練エリアの周りに張る、あるいは、もっと直接的に雪崩に襲われた時に膨み自分の体が雪の中に埋没することを防ぐ「アバランチ・エアバッグ」を身につけておく、などの方法がある(ただし、あまり一般的なものではないかもしれない)。

 

2.被害の拡大を防ぐ方法(Reducing Consequence)

被害の拡大を防ぐための手段は、準備(Preparedness)、対応(Response)及び復旧(Recovery)という3つのプロセスに大きく分解することができる。

(1)準備(Preparedness)

万一の遭難に対しての備えは、救助される側と救助する側の双方で必要な準備がされていなければならず、双方の連絡体制や遭難時に必要となる装備が備えられ、かつ、必要な訓練が実施されていなければならない。なお、雪崩インシデントへの対応を想定する限り、登山者自らが救助される側にも救助する側にもなりうる。仲間が雪崩に巻き込まれた場合、山岳救助隊などの支援を求めるのは当然のプロセスだが、その到着までには相当の時間を要するため、まずは、現場周辺にて無事だった仲間による捜索救助活動が実施されるのが望ましいためである。

イ 登山者側の準備

 登山者は、雪崩のリスクが完全にゼロの場合を除き、最悪の場合には雪崩に巻き込まれて遭難するという前提で、必要な準備をしておく必要がある。この場合、自分自身が埋まった場合への備えと仲間が埋まった場合への備えの2つに分かれる。

(イ)自分自身が埋まってしまった場合への備え

 雪崩ビーコンを必ず装着し、電池残量が十分であることを確認しておく。雪崩ビーコンには送信モードと受信モードがあるが、通常は送信モードにしておく。受信モードは、(ロ)で述べるように仲間を救助する場合に切り替えて使用する。

 那須での事故時には、高校生や教員を含め、誰も雪崩ビーコンを装着・装備していなかったようである。

(ロ)仲間が埋まってしまった場合への備え

 一緒に登山している仲間が雪崩に埋まってしまった場合、山岳救助隊への通報をして支援を求めるとともに、山岳救助隊の到着する前であっても、更なる雪崩のリスクなどがない場合には、自分達で救助活動を実施しなければならない。雪の下に人が埋没した場合、30分も経つと急速に生存確率が低下するため、一刻も早く掘り出す必要がある。そのために必要な準備は次のとおりである。

 ・緊急通報手段

 自分達だけで仲間を救助できる場合はよいのだが、多くの場合はそうではない。その場合には、救助隊等に緊急連絡し、救助隊等を派遣して貰わなければならない。そのためには、110番通報のための携帯電話、無線機、衛星携帯電話、緊急通報発信機などが必要となる。山岳地帯は携帯電話の基地局が十分設置されているわけではないので、携帯電話は繋がらない場合の方が多いということを認識しておく必要がある。できる限り、携帯電話以外の通信手段も用意しておかなければならない。

・救助するための装備

 雪崩ビーコン、掘り出し用のスコップ、プローブ、マーキング用フラッグなど。仲間が埋まった場合には、まず、雪崩ビーコンを受信モードに切り替えて、雪の下に埋まっている仲間のビーコンが発信している電波を探知する。雪崩ビーコンを受信モードにして測定すれば、埋没者の方向や距離が大まかに分かる。埋没地点が判明した後は、更に詳細に埋没深度などをも確認するためプローブと呼ばれる細い棒を延ばして雪の中に挿し、プローブの先に何かが当たらないかをズボズボと確認する。それがヒットした場合には、人手が十分いる場合にはすぐにでもスコップで掘り出しにかかるべきだが、人手が十分ではない場合は、その地点に小さなフラッグを立て、後からやってくる救助隊にその位置がわかるようにしておく。装備があれば、仲間による迅速な救助も、ある程度できる。

・捜索救助訓練

 上記のような装備があったとしても、それらの操作などに習熟していなければ、やはり、迅速な救助はなかなか難しい。雪崩ビーコンにしても、全く訓練なしにその使い方がわかるようなものではなく、捜索の方法やトリアージによる捜索や救助の優先順位付け、人員資機材などの資源の組織化、現場における救命措置など、多くの訓練が必要である。

ロ 外部の救助隊側の準備

 公的な山岳救助は、日本の場合は警察が中心となる。ただし、警察以外にも、消防や各県の防災ヘリ、民間の救助隊などさまざまな資源が投入されることが多い。そして、このような後から現場にかけつけてくる救助隊に加えて、現場に無事だった仲間たちがいる場合には、上記に述べた通り、これらの仲間たちが、初動対応に従事することもある。このように多くの異なる組織・団体が十分スームレスに組織化された対応をとれるような仕組みが日本にあるかというと、実は十分ではない。それは、標準化されたインシデントマネジメントシステムが日本に導入されていないためである。米国やカナダなどでは、ICSが雪崩インシデントに対する捜索救助活動にも適用され運用されているのだが、日本の場合にはそれがない。従って、どうしても、不十分な連携、救助の遅延、責任の押し付け合いといった組織論上の問題が発生する。

 今回の事故では、主催した学校側の意思決定の問題にばかり焦点があたっているが、その他にも改善できる部分は多数あるはずである。救助にあたった外部組織なども含め、改めてどこか改善できる点がなかったか見直す必要があるのではないだろうか。

 登山者側に様々な装備や訓練が必要であるのと同様に救助機関側でも、救助に必要な装備を備え、定期的な訓練が実施されていなければならないのだが、今回の救助にあたった機関の装備や訓練は十分だったのか。また、多くの機関を巻き込むような今回のような大規模インシデント発生時に適切な組織化ができるようなマニュアルが準備されていたのか。

 (2)対応(Response)

 (1)にて述べた準備(Preparedness)は、インシデントの発生前に備えておくべき事項であるが、必要な準備があったとしても、実際にインシデントが発生した場合には、様々な資源配分や捜索救助計画に関する意思決定上の問題や不必要な遅延などが発生するものである。

 例えば、110当番通報があったのは、9時半頃だったが、8人が掘り出されたのは11時半頃だったという報道がある(正確なところは不明)。そうだとすれば、連絡を受けてから緊急出動し、掘り出し完了まで2時間かかっていることになる。

 また、今回は警察、消防、DMAT、民間団体等の多くの機関の資源が投入されているが、それらの資源配分は効果的だったのか、要救助者に対するトリアージは適切に行われていたのか、どこかに改善の余地はないのか。一般的に完璧な救助活動などというものは存在せず、どこかに何かの改善余地があるのが普通である。今回、8人もの犠牲者を出している。高校側ばかり非難するのではなく、救助機関側の改善余地についても十分に検証すべきである。

(3)復旧(Recovery)

 一般的な災害時には、道路や鉄道、建物などの物的資源が被災し、それらを復旧するというプロセスが存在する。しかし、今回のような雪崩インシデントの場合には、基本的にそのような物的資源の被害はなく、復旧というプロセスが存在しないように見える。しかし、広義に考えれば、怪我をした高校生などに対する治療や医療サービスなどは、人的資源に対する復旧プロセスである。これらのプロセスにて必要な資源が適切に投入されていたのかどうかも検証する必要がある。

 

このように最悪の事態に至る前にその負の価値連鎖を止めるチャンスは何度かあったはずであり、高校側の責任ばかりを追求するのではなく、マネジメントシステムとして捉えた場合にどこに問題があったのかを真剣に検討し、検証することが、同様のインシデント発生時に被害者を出さないようにするために必要不可欠である。

事故を避けるための必要な努力、または、事故が発生した時に対する必要な備えについて、あらかじめ、妥当だと思われる規範(法令やガイドライン等)があって、それらを守っていなかったということであれば、それを守らなかった人は非難されても仕方がないが、そのような規範がなかったのであれば、皆で協力して、新たな規範を作るということが同様の被害の発生を防ぐためには必要である。

よく報道などに出てきて「そんなのは常識だ」みたいなことを述べ、その常識に反していることをもって非難する人もいるが、常識などという曖昧な規範で人を裁いたりするようなことはできない。やはり、キチンと文書化されたものでなければならない。それがないのであれば作れば良いだけである。「作ってないのか」といって非難するのもあまり建設的な行為ではない。素直に事故分析の結果を反省し、「作りましょう」と合意し、関係者が協力すればよい。なお、そのような規範は必ずしも法律や条例のような公法である必要はない。まずは、任意のガイドラインというような形でもよい。最初から公法を作るのは難しいので、まず最初はガイドラインを作り、それを広く普及させるための研修・訓練の仕組みの構築などを始めるべきである。

 

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東京オリンピックの警備と防災

リオデジャネイロオリンピックが終わった。過去最高のメダル数だったし、非常に多くの感動があった。最後の閉会式で土管の下から湧き出てきた安倍総理大臣だけは余計だったが、ドラえもんを使ったアニメーションも非常によかったように思う。

リオでは選手村の水回りの不良が相次ぎ、卓球の福原愛の部屋のトイレが故障し、言ってもなかなか修理に来ないので自分で直してしまった、というエピソードは有名だが、東京でやる限り、このような間の抜けた品質不良のサービスが提供される可能性はまずない。町中で選手が泥棒に遭ったり、殴られたりという事件がリオでは多発したようだが、これも日本では発生しないだろう。日本は、未だに犯罪に対する安全性や物やサービスにおける品質の面では、世界一だろうと思う。

ただし、東京オリンピック中に大規模災害やテロなどの大規模インシデントが発生した場合に、関係機関が横のつながりを密にして、効率的なマネジメントを実施できるか、という視点で見ると、非常に心もとない。この点では制度的に見て、先進国中、最低最悪の期待値とならざる得ない。

東京オリンピックともなれば、警視庁が全国の警察から応援を受けて、間違いなく、厳重な警備を大規模に実施するだろう。しかし、リオでもそうだったが、東京でも、恐らく、非常に多くのボランティアが様々な面で参加するはずである。自衛隊や消防などもそれぞれの分野で警備や防災などに従事するだろう。更にセコムやALSOK等の全国の警備会社約9000社も東京オリンピックの警備で協力するという。このように、関係者や関係機関が多くなると、ひとたび、大事件や大災害が発生した場合、その意思決定が遅延・混乱し、現場が大混乱する、というのが日本の歴史上の事実である。東日本大震災や熊本地震の場合、被害者は基本的に日本人だけだったが、東京オリンピックの最中にこんなことが起きれば、被害者は全世界のアスリートや観光客になり、そのステークホルダーは全世界に及ぶ。国内関係機関のみならず、全世界のステークホルダーを融合的にマネジメントして、インシデントに対応する能力は、今のところ、日本にはない。

唯一、これを可能にする方法は、全関係機関が標準化されたインシデント・マネジメントを採用し、発生したインシデントに対して、柔軟にその組織規模や構成機関を変更して、対応にあたることである。インシデント・マネジメントを標準化するということは、それほど難しいことではない。緊急時に編成する組織の機能や用語、組織の編成方法、意思決定のプロセスや実施計画書のテンプレートなどを事前に決めて統一マニュアルを策定し、関係機関がそれを熟知しておけばよいのである。このような標準化によって組織化コストが削減され、調整及び意思決定が改善され、資源の最適配分も達成されやすくなる。

米国のインシデント・コマンド・システム(ICS)も、オリンピック警備などですでに採用されており、有効に活用されている。ICSは、災害などのインシデントが発生した後に編成される現場組織に適用されるものと思われがちだが、それに限定されることはない。警備体制というのは、何かの犯罪インシデントの発生に備えての事前体制のことだが、ひとたび、実際にテロなどのインシデントが発生した場合には、資源を追加投入し、対応組織を拡大していかなければならない。このような拡大をシステマチックに行うための仕組みとして、そもそもICSのような標準化されたシステムは存在しているのであり、何も発生していない時点では、会場を巡回している警備員とその指揮官が小規模な組織の中で運用されるだけのことである。

最近、アメリカのICSの真似事をする民間団体も多少あるし、政府でも、統一用語、統一マニュアルを作ろうとしている痕跡は多少ある。ただし、まだまだ、標準化のメリットをよく理解している人は皆無に近く、先は遠い。東京オリンピックで日本の醜態をさらけ出さなくても済むように頑張ってもらいたいものである。

 

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非常時のコミュニケーション

災害や事故の大小にかかわらず、自分一人の力で全てを解決できる場合を除き、災害をマネジメントするために必ず必要になるのがコミュニケーションである。ただし、これは、必ずしも携帯電話や無線による電気的な通信という意味ではない。人と人、人と物、物と物との間のあらゆる次元での情報を含む資源のやり取りを意味するものである。

コミュニケーションという語から瞬間的にイメージされるのは携帯電話などの物理的な通信手段であろう。しかし、これは情報が流れるための物理的な「土管」に過ぎない。例えば、言葉が全く通じない外国人が電話機の向こう側にいたとしよう。この場合、いくら携帯電話や衛星電話で相手とつながっていたとしても、全く情報は相手に伝わらず、相手からの情報もこちらに伝わらないということになる。

相手との間でコミュニケーションが成立するためには、まず第一に、お互いが共通言語を持っているということが必要になる。日本人と外国人との間では、通訳人を介さないとコミュニケーションは成立しないが、日本人同士であれば概ね可能である。では、日本人同士であれば、常に100%コミュニケーションが成立しているかというと決してそんなことはない。同じ日本の中でも様々な方言がある。方言とは、特定の地方や田舎に特有の発音や単語だが、方言がきつい地方を旅行すると、ほんとに同じ日本人同士でも何を言っているのかわからない。

では、方言のない標準語を話す日本人同士なら常にコミュニケーションが成立しているだろうか。よく考えてみればそんなことはない。ある分野の専門家と呼ばれる人達が、普通の人たちには全くわからないような専門用語を羅列して、専門外の人に向けて説明している場面がよくある。この場合、専門用語というのは、ある分野で働いている人々に特有の方言のようなものである。こうゆう、専門用語が多い話というは往々にして聞いていて眠いものだ。「自己満足もいい加減にしてくれ!」と文句のひとつも言いたくなる。

専門用語という範疇に入るか入らないかわからないような業界用語や企業内用語というものも非常に多いし、同じ単語でも企業によって異なる意味でつかわれているというようなことも非常によくある。例えば、「営業」という仕事は、企業Aでは単なる「販売」だが、企業Bでは「販売+市場調査+顧客サービス」などということもある。「企画」などという業務は非常に曖昧で、本来は何か新しいことを考えるのが仕事なのだろうが、往々にして複数部署の利害調整だけが仕事であったりする。

更に言えば、異なる単語が同じ意味で使用されているということもある。いわゆる「同義語」であるが、「ピンポン」と「卓球」が同じスポーツであるということぐらいなら、普通の人でもわかることだが、ある企業の「企画部」と他の企業の「総務部」が全く同じ仕事をしているということだってあるだろう。このような場合は組織の定義を聞いてみるまでは、同じかどうかは全くわからない。

このようにコミュニケーションというものは、単に携帯電話や衛星電話のように情報の流れる「土管」を用意しただけでは十分ではなく、その「土管」を流れる情報の定義のひとつひとつが、「土管」の出口で待っている人間の全てに理解できるものになっていなければコミュニケーションは成り立たない。情報の送り主と受け手の間で情報の定義にギャップがある場合、そこに「組織化コスト」が発生する。母国語が異なる外国人との間でコミュニケーションを図ろうとすれば、お金を払って通訳人を雇わなければコミュニケーションができないのと同様に、難しい専門用語を使って説明しようとすれば相手にまずその専門分野を学んでもらわなければならないので、そのための時間や教育のコストが必要になってくるし、同じ単語が異なる意味で使用されていたり、異なる単語が同じ意味で使用されているような環境では、まず、その違いに気づくまでにかなりの時間(コスト)がかかり、違いに気がつかないままの状態で、複数の人が協力して仕事をしていれば、そこに不必要な問題が発生し、その問題解決に不必要なコストが発生してくるものである。

時間に比較的ゆとりがある通常時であればこのような組織化コストはあまり大きな問題にはならない。しかし、一刻を争うような非常事態にこのようなコストが発生していると救える命が救えなかったり、致命傷を回避できたはずの物理的資源が致命傷となったりする。従って、このような組織化コストが時間のない非常時にあまり大きくならないよう、如何にして事前にそのためのコストをかけておくことができるかに非常時のマネジメントが成功するかどうかはかかっていると言える。

以前にも書いた標準化(標準化とは何か)は、そのための唯一の手段である。標準化は、それを幅広く実施しようとすればするほどそのためのコストは大きくなる。しかし、自己の組織及びイザというときに協力しなければならない組織等の間でだけでも標準化ができていれば、非常時の組織化コストはかなり下がる。

マネジメントとは、その大半はコミュニケーションの問題であろう。権限や仕事の割り当てという問題も、結局のところ、ある単語に特定の権限や仕事の内容を紐づけた「定義」の問題に過ぎない。

 

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危機管理用語はわかりにくい

デカルトは方法序説の中で「難問は分割せよ」と言った。大抵の難問は分けて考えれば意外と簡単に解けるものであるという意味だが、日本では、最も難問とも言うべき危機管理がきちんと分割思考で検討されているとは思えず、高い曖昧性と意味不明の用語の乱用の中で運用されている。

そもそも「危機管理」という単語自体が極めてあいまいな語であって、どこにも定義らしい定義が存在しない。最初に危機管理を唱えたのは佐々淳公氏らしいが、氏もあまり細かな定義はしていない。この言葉を英語に直すと「クライシスマネジメント」だと思っている人が大半だが、Amazon.comでCrisis Managementと検索すると、大規模災害などのマネジメント関連書ではなく、どちらかというと企業不祥事などような企業危機のマネジメントに関する書物ばかりが表示される。

防災や大規模災害のマネジメントというカテゴリーは「インシデントマネジメント」という語になる。日本ではインシデントマネジメントというとITセキュリティーの用語だと勘違いしている人が多いが、ITシステムに対する攻撃がITセキュリティインシデントと呼ばれているだけのことであって、それが本家本元というわけではない。何らかの重大被害を生じさせる恐れのある事態がインシデントだと思っている人も多いが、それも間違っており、すでに重大な被害が発生している場合もインシデントである。すでに発生した事態がまた更に大きく甚大な被害を生じさせることもあるわけであって、その意味ではすでに発生しているか、発生しそうになっただけかは問題ではない。Amazon.comでIncident Managementと検索すると米国の防災基本計画ともいうべき「National Incident Management System」などの関連書が表示される。

小規模なものがインシデント、その次がアクシデント、更にそれが大きくなるとクライシス、などのように分けている場合もあるが、どの程度規模ならそれぞれ、インシデント、アクシデント、クライシスなのかを区別するのは、主観的にならざるえず、少なくとも法的に区別することは困難である。米国などでは被害の種類や大小に応じてマネジメントの仕組みを変えるなどということはできないため、インシデントの種類や被害の大小に応じて、投入資源の種類や投入量を変更するだけという考え方をとる(資源は変わるが機能やプロセスは変わらない)。なお、インシデントにぴったりと相当する日本語は存在しない。インシデントを「危機」と訳している人もいるが、これは大変な誤解を招く。警察官がひとりで対応するような交通事故もインシデントであるし、ちょっとした船舶海難も立派なインシデントであり、決して、日本語でいう危機的状態のみを指すわけではない。インシデントは、外来語として処理せざる得ない単語であり、意味を説明し、外来語として広げていくべきだろう。

マネジメントは、いくつかの段階に分かれる。まずは、大きく分けて、インシデントが発生する前と後。そして、インシデントが発生する前の段階は Prevention/Mitigation、 Preparedness、発生した後の段階は、Response、Recoveryに分かれる。そして、これらの英単語の意味自体は、英語圏内ではかなり明確だが、これを日本語に訳す段階で、人それぞれの趣味に応じたバラバラな翻訳が存在し、それぞれの日本語の意味が不明になっていることが多いようだ。

HazardとThreatという語についても不明確。ハザード(Hazard)[1]は、危険因子とか危険要因などと翻訳されることもあるが、「ハザードマップ」などのように外来語として定着している感もある。ハザードマップのハザードは「危険地域」という意味合いが強いが、本来的には「地域」かどうかは関係なく、害を引き起こす可能性がある根源的な要素という意味である。例えば土砂崩れが起きそうな山肌とか、洪水を起こすかもしれない河川とか、地震が起きるかもしれない断層帯とか、爆発するかもしれない危険物などのように災害を起こす要因となりうるものが「ハザード」である。ただし、河川とその水面より低い土地という2つの資源が掛け合わされて人間に対して害を及ぼす可能性のある新たなハザードが構成されているという解釈は成り立つので、洪水災害を起こす可能性がある土地自体をハザードマップ上でハザードと呼ぶことは特段の問題はない。他方、コンピュータウィルスによる攻撃やネットワークへの侵入、戦争における敵からの攻撃、ビジネスにおける競合他社の活動などのようなものはThreat[2]と呼ばれ、そのまま「脅威」と訳されている。ハザードと脅威は、使用される分野が多少違う(ハザードは防災分野、脅威は戦争やITセキュリティなどの分野)だけで、意味するところは、どちらも同じだ。要するに「害を引き起こすかもしれない何か」だ。更にリスクマネジメントの分野では「リスク源(Risk Source)」[3]という語もある。これも同じである。

[1]      Hazard: Source of potential harm(ハザード:害を及ぼす可能性のある源).  NOTE Hazard can be a risk source(注:ハザードはリスク源と呼ばれることもある). (ISO Guide 73:2009(E/F), Risk Management – Vocabulary, First Edition, 2009)

[2]     脅威:システム又は組織に損害を与える可能性があるインシデントの潜在的な原因(ISO27002:2006  2.16)

[3]     リスク源:それ自体又はほかとの組合せによってリスクを生じさせる力を本来潜在的にもっている要素(ISO31000:2009  2.16)

つまり、ハザード=脅威=リスク源、である。

ところで、Preventionとは、和訳すると「予防」である。つまり、被害が発生しないようにすること。このためには、ハザードや脅威を根本的に除去するしかない。従って、100%除去することができるものもあればできないものもある。例えば、河川というハザードがあったとする。この場合、河川自体を埋め立ててしまえば、少なくともその川に起因する災害が発生する可能性はゼロになる。土砂崩れを起こしそうな山があったならばその山自体を削って平らにしてしまえば土砂崩れは起きない。踏切も電車と車がぶつかるというリスク源である。この場合、電車の線路と道路を立体交差にして物理的に踏切というリスク源を除去してしまえば電車と車がぶつかるリスクは回避できる。原子力発電所を廃止してしまえば原子力災害のハザードはゼロとなるので原発事故は回避できる。戦争では敵を攻撃して殲滅してしまえば敵の脅威はなくなり、敵から攻撃は回避される。逆に敵と和解した場合、敵からの攻撃は一時的には回避されるが、裏切られる可能性もあるので、その脅威を100%除去することはできない。コンピューターウィルスもしかり、ウィルスを作っている連中を逮捕して除去できればよいが、すぐに別の人間が開発するので、その脅威を100%除去することはできない。地震を起こしそうな断層をなくすなどということは物理的にできないし、地球のマントル対流を止め、プレートが動くのを止めることもできないので、地震というハザードも100%除去することはできない。

このようにハザードや脅威を100%除去することができない場合、次にできることはMitigationである。実は、このMitigationという語の和訳は人によってバラバラであって一定ではない。私は、「減災」と訳していたが、英和辞書の訳通りに「軽減」や「緩和」と訳す人もいる。一部のジャーナリストには、「減災」を後に述べるResponseの意味で使っている人もいる。しかし、MitigationとResponseは明確に異なるフェーズである。Mitigationとは、脆弱性(Vulnerability)を下げ、ハザードや脅威に耐える力を増強すること、言い換えれば、弱みや弱点を補強すること、対抗性を強化すること、である。コンピュターセキュリティーの分野では、ウィルスによる攻撃や外部からのネットワークへの侵入といった脅威に対して弱いことを「脆弱性がある」とか「脆弱性が大きい」などという。中には「脆弱性が高い/低い」という表現を使う人もいるが「高い/低い」では混乱する。「ある/なし」「大きい/小さい」の方がよいだろう。脅威からネットワークを守るためにはその弱点を補強する、すなわち「脆弱性を小さくする」必要がある。ただし、この脆弱性とか、「脆弱だ」という単語、決してコンピュターの世界だけの特殊用語ではないはず。普通に災害などで使っても違和感はない。要は、弱いところを強くして、ハザードや脅威に対する抗力を増強すること、それがMitigationである。例えば、住宅の耐震性を強化する、巨大な堤防を作って津波から守る、ワクチンを打ってインフルエンザウィルスから身を守る、子供がベランダから落ちないように転落防止策を作る、土砂崩れ防止策を山肌に作って土砂が道路に落ちてこないようにする、コンピューターのOSやセキュリティソフトをバージョンアップして、セキュリティーホールを少なくする、などなどである。Mitigationには該当するよい日本語がない。あえて意訳して「脆弱性最小化」とでもしたほうがよいかもしれない。

そして、Mitigationをしても所詮、被害が発生する確率や可能性を「減少」させているに過ぎない。ハザードや脅威そのものを取り除いたわけではないので、被害発生の確率や可能性は依然としてゼロではない。従って、被害の発生に備えておかなければならない。これがPreparednessであり、「準備」と訳される。この訳には何の問題もないだろう。なお、日本語で「災害への準備」と言った場合、前述のMitigationに関することまで含んだ意味で使われていることもある。しかし、この2つは明確に異なる。Mitigationは、被害が発生する確率に働きかける、すなわち被害が発生しにくくする行為であるのに対し、準備(Prepareness)は、どんな被害が発生しようとも迅速に「人間」が対応(Response)し、被害が次から次へと広がっていくのを防ぐための資源をあらかじめ用意しておくことだ。人間が迅速に対応するために必要なものは、資機材、制度、練習、訓練などである。これには、異常事態を検知したときに人間に知らせるアラームの設置や緊急時の対応計画の策定、消火器や消防車などの資機材の購入、防災訓練、研修、第3者との協力協定の締結などが含まれる。いずれもポイントは「人間による対応」ができるようにしておくこと、である。

Mitigation(脆弱性最小化)とPreparedness(準備)は何が違うのかと言えば、Mitigationは、人間以外の「物」による防御、言い換えればSafeguardを構築することである。「物」が自動的に対応してくれるように備えておくこと、と言うこともできるだろう。これに対し、Preparedness(準備)は、「人間」が手動で対応できるように備えることである。

インシデントが発生し、Mitigationの段階で構築したSafeguardが破られた場合、最終手段として人間が対応しなければならない。これがResponseであり、その訳として「対応」という語は、すでに幅広く使用されているようである。なお、人間が効果的にResponse(対応)するためには、その前段階であるPreparedness(準備)が十分なされているかどうかにかかっている。ただし、インシデントへの対応方法などを完璧に予測して準備しておくことは不可能である。準備しておいた資機材や人材、各種の計画などを臨機応変に活用してベストの解決策を創造する、言い換えれば、発生したインシデントに応じて、準備しておいたいろいろな人や物、計画書などを適宜組み合わせて解決方法のイノベーションを起こすこと、これが対応時のポイントだろう。

インシデント発生後の段階としては、Response(対応)とRecovery(復旧)があるが、この2つはどう違うのか。どのような状況になったらRecovery(普及)段階と言えるのか。これも厳密に定義することは難しい。インシデントが発生すると何らかの資源に害が及ぶ、または害が及ぶ恐れが顕在化し、ほっておくと何かの資源が失われていく。ここでいう資源とは、目に見える人間、物、道路、建物、お金などだけでなく、目に見えない「信用」などの場合もある。従って、失われつつある資源を救助し、被害の最小化を図ること、これがResponse(対応)の段階の仕事ではないかと考える。

資源を救助する方法には2種類ある。一つ目は資源そのものを救助する方法、二つ目は資源が提供している機能を救助する方法である。インシデントが発生した場合はまずは資源そのものを救助しなければならない。それも、人間という人的資源の救助が最優先であり、その次に人間以外の資源ということになるだろう。人間以外の資源をどのような順序で優先的に救助するかは、人や組織によって異なるものであり、それぞれ個別に検討しておかなえればならない。いかなる場合でも、失ったら復旧することが不可能な資源の救助が最優先(人命という資源は失ったら元に戻すことができない)である。なお、人間という資源の救助には、がれきの山の中から生存者を救助するというような狭義の救助に加えて、その後の医療支援なども含むものとする。

二つ目の救助方法である「機能の救助」とは、代替資源を使用するということである。例えば、東京メトロで事故が発生した場合、東京メトロでの復旧作業が行われている間、JRで振替輸送が行われる。これは、東京メトロという資源が提供している輸送という「機能」をJRによる輸送によって救助しているようなものと考えることができる。これにより、普段は30分で行けるところが1時間以上かかるかもしれないが、行けないよりもマシということである。なお、このような代替サービスを提供するためには、インシデントが起きる前に東京メトロとJRが協定なり契約なりをあらかじめ結んでおかなければならない(あるいは鉄道の公共性に鑑み、役所が法律によっていざというときの協力を義務付けているのかもしれない)。東京メトロとJRは普段はコンペティターだが、いざというときはひとつの組織のように協力する仕組みをあらかじめ構築しておくということである。

なお、この「機能の救助」という段階を民間企業のBCMSでは「事業継続の段階」と呼ぶこともある。Response(対応)とRecovery(復旧)の間で、どちらとも一定期間オーバーラップする段階である。ただし、事業継続と言ってしまうと民間企業特有のものと考えてしまうかもしれないが、決してそのようなことはなく、道路が寸断されたときの迂回路の設定、災害時における食糧支援、仮設住宅の提供などもこれに属する。

最後の段階がRecoveryである。復旧と訳されたり、復興とも訳されることがあるが、どちらもその規模感の違いだけで意味するところに違いはない。この段階での仕事は、ダメージを受けた資源を元通りに戻すということである。ただし、完全に元通りとするのがよい場合とよくない場合がある。また、元通りにそもそも戻せない場合もある。例えば、人命という資源は、一度失われてしまうと復旧不可能である。世の中にはこのような「不可逆性」があるものが多数ある。そのような場合には復旧不可能ということになり、復旧の前段階である「機能の救助」をもって我慢しなければならない事態もあるだろう。生命保険なども人間が提供していた生産機能を金銭にて代替する「機能の救助」と考えることができる。東日本大震災で大きな津波被害を受けた一部の三陸沿岸の町では、元々あった場所に町を復旧するのではなく、高台移転を促し、元と異なる場所に町を構築した。これも、どちらかというと元あった場所に戻ると再度津波にあう危険があるため、不可逆性のある状態だ、と考えることができる。従って、町という資源をそのものを元に戻すのではなく、町の機能を高台に移すという一種の機能の救助を実施したと考えられる。

ところで、わが国の災害対策基本法は、どのような区分をしているのだろうか。この法律には、「災害予防」「災害応急対策」「災害復旧」の3つしかない。法律の内容をよく読むと、

「災害予防」= Prevention + Mitigation + Preparation

「災害応急対策」 = Preparation + Response

「災害復旧」= Recovery

である。この法律は制定されたのが昭和36年と非常に古い法律であり、内容もグローバルスタンダードとはかけ離れている。法律に基づく防災基本計画は、各役所が予算を獲得するための道具としては役に立っているかもしれないが、実際のインシデントに対応するためにはあまり役に立たない。