災害時における救助要請手段

先週発生した九州豪雨ではこれまでのところ29名の方が死亡し、まだ、行方不明者が21人もいるという。テレビなどを見ていると、被災者がLineやTwitterなどのSNSにて救助を求めている状況が数多くあるように思う。Twitterでは「#救助」などというハッシュタグをつけて拡散し、救助要請メッセージが広がっていったとも報道されている。しかし、公的な救助を求めるのであれば、このような手段は好ましくない。

人命救助や捜索救助は、自助、共助、公助の3段階に分かれる。自助は、自分自身でなんとかすることであり、共助は要救助者近辺のコミュニティーによる救助、そして公助とは、消防や警察、自衛隊などのように税金で運用されている公的救助機関による救助である。人命救助は、時間との戦いになることが多いため、到着までに時間を要する公助ではなく、可能な限り、自助や共助を実施することが望ましいことはいうまでもない。そして、共助を求めるのであれば、LineやTwitterを使うというのもわからないではない。しかし、LineやTwitterでは情報が世界中に広がりすぎる。

Twitterで救助を求め、たまたま、すぐ近くに住んでいる人がそれを目にし、救助に向かうというようなシナリオが考えられるなら、それでもいいだろう。しかし、その可能性はまずないし、福岡に住む人がTwitterで救助を求め、それを目にした北海道に住む人ができることは、110番や119番に電話し、「救助を求めている人がいます、助けてあげてくだい。」ということぐらいである。このような間接的な救助要請が110番や119番に殺到したらどうなるか。各地の110番や119番は大混乱し、大変なことになる。出処は一つであり、同一の救助要請が何百、何千と寄せられることになるのである。救助要請を受けた警察や消防では、同じ人による救助要請なのか、別々の救助要請なのかすら判断がつかなくなるだろう。

携帯電話が繋がっているのであれば、わざわざSNSなどで間接的な救助を不特定多数に求めるのではなく、本人が直接110番や119番に電話するのが最もよい。110番や119番では携帯電話の発信位置を特定するシステムも備えられているので、瞬時にその発信位置がどこなのが判明し、また、発信電話番号から誰が発信していのかも特定できる。多くの人は、110番や119番などに電話した経験などないだろうから躊躇するのかもしれないが、他人が間接的に通報するよりも、本人が直接的に通報するほうが、助かる確率ははるかに高い。大災害時は、110番や119番もつながりにくいという事態もあるのかもしれないが、その場合でもつながるまで何度かかけ直すことが重要である。

被災地の遠方に住む人が被災地の家族に安否確認し、連絡がとれないので、本人に代わって消防や警察に通報し、捜索救助を要請するというのは必要な間接救助要請だろう。しかし、それ以外のSNSを経由した間接的な緊急通報は、かえって事態を悪化させるということも理解しておく必要がある。

ガリレオSAR(捜索救助)サービスが正式に始動

The Galileo Search And Rescue (SAR) service, made possible by the Galileo satellite constellation, is now active. Galileo SAR is Europe’s contribution to the COSPAS-SARSAT network, a distress…

情報源: Galileo search-and-rescue service officially launched : GPS World

 

欧州が打上げたガリレオ衛星による捜索救助サービスが4月6日に正式に始まった。ガリレオ衛星システムとは、欧州版のGPSのようなものであり、物体の緯度経度を高精度で測位するための衛星システムである。GPSは車や携帯でも使用されているので多くの人が知っていると思うが、実はGPS以外にも欧州のガリレオの他、ロシアのグローナス、中国のコンパスなどがあり、中途半端ではあるが日本の準天頂衛星システムもこれに類するものである(これらは総称して”GNSS”(Global Navigation Satellite Systems)と呼ばれる。)。

ガリレオのSARペイロード(遭難アラートを処理する装置)は、遭難した船舶や航空機から発射される406MHzの遭難アラートを中継し、地球上に数多く設置されたMEOLUTと呼ばれる地上受信局でそれを受信し、処理して遭難位置を算出する。このようなシステムは、もう、30年も前からあったが、それは、アメリカ、カナダ、フランス、ロシアが打上げた低軌道衛星(その多くは気象衛星に便乗したもの)で処理し、電波のドップラー効果を計算して位置を計算するものだった。しかし、地球を回っている低軌道衛星は、5〜6機しかないため、衛星が回ってくるまでに時間がかかり、最悪の場合は、遭難船が406MHzの電波を出しても、1時間半くらい衛星が回ってこないということもあった。

その点、ガリレオ衛星システムは、地上から2万キロ位の高さを回る中軌道衛星30機程度で構成され、地球上のどこで遭難しても、衛星が3つ以上見えるため、即座に遭難位置が計算される。

ガリレオの他、米国のGPSやロシアのグローナスにも同様のSARペイロードが搭載されるのだが、正式に運用開始を宣言したのはガリレオが最初ということになる。GPSやグローナスも中軌道衛星なので、これらは総称して中軌道衛星捜索救助システム(MEOSAR)と呼ばれている。

ガリレオのSARペイロードには、GPSやグローナスにはない「リターンリンク」とよばれる機能も付加されている。伝統的な406MHzビーコンは、遭難アラートを送信するだけの片方向通信機能しかなかったが、ガリレオリターンリンク機能を搭載したビーコンであれば、陸上の救助機関側からビーコン側に対して短いメッセージを送ることができるため、これまでにはなかった新しい機能である。

このMEOSARシステムは、船舶や航空機の遭難位置を高精度かつ迅速に測定できるものであり、非常に有効である。

なお、406MHzの電波を発射するビーコンは、船舶用のものはEPIRB(非常用位置指示無線標識)、航空機用のものはELT(航空機用救命無線機)と呼ばれ、もう30年以上も前から使われてきた。EPIRBやELTは沈没や墜落と同時に自動的に電波が発射される機能があるのだが、これら以外にも携帯電話程度に小型化され、ボタンを押すだけで遭難アラートを送信することができるPLB(携帯型救命無線機)と呼ばれるものもある。これがあれば、山の中での遭難など、陸上遭難でも非常に有効なのだが、実は、日本では、様々な制度不備のため陸上では使用できない。また、406MHzというUHFの電波なら、雪崩に巻き込まれたような場合でもその埋没深度が浅ければ、雪を通り抜けて、電波が衛星まで届く可能性もゼロではない(実験したことがないので正確なところはわからないが)。MEOSAR衛星から中継された406MHzの電波を地上の複数のMEOLUTで処理すれば数メートルくらいの誤差のピンポイント位置を出すことができる。

先日、紹介した雪崩ビーコンなるものは、457kHzという非常に波長の長い長波が使用されており、雪の中でも電波が通るという点はメリットなのだが、直進性の低い電波であるため、使い慣れないと埋没者の位置を確定できない。しかし、埋没と同時に406MHz波を送信することができるPLBのようなものが開発されれば雪崩捜索救助には役に立つかな、と一瞬思ったが、そのためには実験や開発するためのお金が必要だ。

 

那須雪崩事故:改善可能なポイント

今回の雪崩事故に限らず、事故には必ず負の価値連鎖があり、その負の連鎖のどこかが断ち切られていれば8人もの死者を出すという最悪の結果には至らないものである。不幸なことに、AかつBかつCかつDという位に何重にも負の要素が重なったため発生したということであり、我々は、そのような連鎖をどこかで断ち切る努力をしなければならない。そこで、どのような部分で改善が可能なのかについて、頭の体操をしてみると次のようになる。

リスクとは、一般的に、Likelihood(被害の発生確率)とConsequence(発生した被害の大きさ)の積、すなわち、負の期待値として定義される。従って、雪崩インシデントのリスクを減少させる方法は、雪崩インシデントによる被害の発生確率を下げる方法と発生した被害の拡大を防ぐ方法の2つに分かれる。

 

1.被害の発生確率を下げる方法(Reducing Likelihood)

被害の発生確率を下げるための対策は、防災分野では、予防(Prevention)や減災(Mitigation)などと呼ばれることもあるが、細分化すると次の3つに分かれる。

(1)ハザード自体の削減(Reducing Hazard)

 雪崩インシデントを引き起こすハザードは、斜面に降り積もり、滑りやすくなっている雪である。これに更なる何らかの外的要因、例えば、大きな音や強い風、気温などの要素が加わり、それらに起因して大量の雪が斜面を滑り始める。従って、そもそものハザードである滑りやすくなっている雪を取り除いてしまえば雪崩インシデント自体が発生しない。そのための方法としては、空砲を発射したり、何かを爆発させることによって、大きな音を発生させ、その大きな音波によって雪崩を人為的に起こさせてしまう方法がある。一度、大きな雪崩を起こしてしまえば、更なる雪崩はすぐには発生しない。

(2)顕在化の抑制(Reducing Exposure)

 英語の「Exposure」には「隠れていたものが見えるようになる」という意味がある。ハザードも通常は隠れていて表に出てこなければ問題はない。ハザード自体を取り除くことができない場合でも、それが我々の目の前に現れ、危害が加えられるような状態にならなければ問題はない。このように、あるハザードによりインシデントが発生したとしても、それが我々の目の前に現れないようにすることを「ハザードが顕在化しないようにする」と表現する。このための方法としては、ハザードの周りを何か頑丈なもので固める、ハザードとの物理的な距離を広げる、時間的にハザードが顕在化しにくい時間帯を選ぶ、などの方法があるだろう。言い換えれば、物理的空間や時間的空間をマネジメントすることによって、インシデントが発生したとしても、それが直接的に我々の身に及ばないようにすることである。

 雪崩を引き起こすハザードが顕在化しないようにするためには、そもそも冬山に入らない、雪崩が発生しやすい時間帯や季節、気象条件のときには山に入らない、顕在化しそうな時には専門家が警報を発令して人を近づけない、山に入ったとしても短時間で下りてくる、山に入る人の数を必要最小限にする、などの方法があるだろう。

(3)脆弱性の削減(Reducing Vulnerability)

 (1)のハザードの削減は、戦争に例えれば敵を攻撃して殲滅することを意味し、(2)の顕在化の抑制は、敵との距離を離しておくことを意味する。これに対し、脆弱性の削減とは、防御力、守備力を高めるということを意味し、自らの弱点を補強し、インシデントが発生し、それが自らに及んで来たとしても、守りきるだけの力をつけるということである。

 雪崩インシデントに対する脆弱性削減の手段としては、例えば、雪崩防護柵やスノーネットを訓練エリアの周りに張る、あるいは、もっと直接的に雪崩に襲われた時に膨み自分の体が雪の中に埋没することを防ぐ「アバランチ・エアバッグ」を身につけておく、などの方法がある(ただし、あまり一般的なものではないかもしれない)。

 

2.被害の拡大を防ぐ方法(Reducing Consequence)

被害の拡大を防ぐための手段は、準備(Preparedness)、対応(Response)及び復旧(Recovery)という3つのプロセスに大きく分解することができる。

(1)準備(Preparedness)

万一の遭難に対しての備えは、救助される側と救助する側の双方で必要な準備がされていなければならず、双方の連絡体制や遭難時に必要となる装備が備えられ、かつ、必要な訓練が実施されていなければならない。なお、雪崩インシデントへの対応を想定する限り、登山者自らが救助される側にも救助する側にもなりうる。仲間が雪崩に巻き込まれた場合、山岳救助隊などの支援を求めるのは当然のプロセスだが、その到着までには相当の時間を要するため、まずは、現場周辺にて無事だった仲間による捜索救助活動が実施されるのが望ましいためである。

イ 登山者側の準備

 登山者は、雪崩のリスクが完全にゼロの場合を除き、最悪の場合には雪崩に巻き込まれて遭難するという前提で、必要な準備をしておく必要がある。この場合、自分自身が埋まった場合への備えと仲間が埋まった場合への備えの2つに分かれる。

(イ)自分自身が埋まってしまった場合への備え

 雪崩ビーコンを必ず装着し、電池残量が十分であることを確認しておく。雪崩ビーコンには送信モードと受信モードがあるが、通常は送信モードにしておく。受信モードは、(ロ)で述べるように仲間を救助する場合に切り替えて使用する。

 那須での事故時には、高校生や教員を含め、誰も雪崩ビーコンを装着・装備していなかったようである。

(ロ)仲間が埋まってしまった場合への備え

 一緒に登山している仲間が雪崩に埋まってしまった場合、山岳救助隊への通報をして支援を求めるとともに、山岳救助隊の到着する前であっても、更なる雪崩のリスクなどがない場合には、自分達で救助活動を実施しなければならない。雪の下に人が埋没した場合、30分も経つと急速に生存確率が低下するため、一刻も早く掘り出す必要がある。そのために必要な準備は次のとおりである。

 ・緊急通報手段

 自分達だけで仲間を救助できる場合はよいのだが、多くの場合はそうではない。その場合には、救助隊等に緊急連絡し、救助隊等を派遣して貰わなければならない。そのためには、110番通報のための携帯電話、無線機、衛星携帯電話、緊急通報発信機などが必要となる。山岳地帯は携帯電話の基地局が十分設置されているわけではないので、携帯電話は繋がらない場合の方が多いということを認識しておく必要がある。できる限り、携帯電話以外の通信手段も用意しておかなければならない。

・救助するための装備

 雪崩ビーコン、掘り出し用のスコップ、プローブ、マーキング用フラッグなど。仲間が埋まった場合には、まず、雪崩ビーコンを受信モードに切り替えて、雪の下に埋まっている仲間のビーコンが発信している電波を探知する。雪崩ビーコンを受信モードにして測定すれば、埋没者の方向や距離が大まかに分かる。埋没地点が判明した後は、更に詳細に埋没深度などをも確認するためプローブと呼ばれる細い棒を延ばして雪の中に挿し、プローブの先に何かが当たらないかをズボズボと確認する。それがヒットした場合には、人手が十分いる場合にはすぐにでもスコップで掘り出しにかかるべきだが、人手が十分ではない場合は、その地点に小さなフラッグを立て、後からやってくる救助隊にその位置がわかるようにしておく。装備があれば、仲間による迅速な救助も、ある程度できる。

・捜索救助訓練

 上記のような装備があったとしても、それらの操作などに習熟していなければ、やはり、迅速な救助はなかなか難しい。雪崩ビーコンにしても、全く訓練なしにその使い方がわかるようなものではなく、捜索の方法やトリアージによる捜索や救助の優先順位付け、人員資機材などの資源の組織化、現場における救命措置など、多くの訓練が必要である。

ロ 外部の救助隊側の準備

 公的な山岳救助は、日本の場合は警察が中心となる。ただし、警察以外にも、消防や各県の防災ヘリ、民間の救助隊などさまざまな資源が投入されることが多い。そして、このような後から現場にかけつけてくる救助隊に加えて、現場に無事だった仲間たちがいる場合には、上記に述べた通り、これらの仲間たちが、初動対応に従事することもある。このように多くの異なる組織・団体が十分スームレスに組織化された対応をとれるような仕組みが日本にあるかというと、実は十分ではない。それは、標準化されたインシデントマネジメントシステムが日本に導入されていないためである。米国やカナダなどでは、ICSが雪崩インシデントに対する捜索救助活動にも適用され運用されているのだが、日本の場合にはそれがない。従って、どうしても、不十分な連携、救助の遅延、責任の押し付け合いといった組織論上の問題が発生する。

 今回の事故では、主催した学校側の意思決定の問題にばかり焦点があたっているが、その他にも改善できる部分は多数あるはずである。救助にあたった外部組織なども含め、改めてどこか改善できる点がなかったか見直す必要があるのではないだろうか。

 登山者側に様々な装備や訓練が必要であるのと同様に救助機関側でも、救助に必要な装備を備え、定期的な訓練が実施されていなければならないのだが、今回の救助にあたった機関の装備や訓練は十分だったのか。また、多くの機関を巻き込むような今回のような大規模インシデント発生時に適切な組織化ができるようなマニュアルが準備されていたのか。

 (2)対応(Response)

 (1)にて述べた準備(Preparedness)は、インシデントの発生前に備えておくべき事項であるが、必要な準備があったとしても、実際にインシデントが発生した場合には、様々な資源配分や捜索救助計画に関する意思決定上の問題や不必要な遅延などが発生するものである。

 例えば、110当番通報があったのは、9時半頃だったが、8人が掘り出されたのは11時半頃だったという報道がある(正確なところは不明)。そうだとすれば、連絡を受けてから緊急出動し、掘り出し完了まで2時間かかっていることになる。

 また、今回は警察、消防、DMAT、民間団体等の多くの機関の資源が投入されているが、それらの資源配分は効果的だったのか、要救助者に対するトリアージは適切に行われていたのか、どこかに改善の余地はないのか。一般的に完璧な救助活動などというものは存在せず、どこかに何かの改善余地があるのが普通である。今回、8人もの犠牲者を出している。高校側ばかり非難するのではなく、救助機関側の改善余地についても十分に検証すべきである。

(3)復旧(Recovery)

 一般的な災害時には、道路や鉄道、建物などの物的資源が被災し、それらを復旧するというプロセスが存在する。しかし、今回のような雪崩インシデントの場合には、基本的にそのような物的資源の被害はなく、復旧というプロセスが存在しないように見える。しかし、広義に考えれば、怪我をした高校生などに対する治療や医療サービスなどは、人的資源に対する復旧プロセスである。これらのプロセスにて必要な資源が適切に投入されていたのかどうかも検証する必要がある。

 

このように最悪の事態に至る前にその負の価値連鎖を止めるチャンスは何度かあったはずであり、高校側の責任ばかりを追求するのではなく、マネジメントシステムとして捉えた場合にどこに問題があったのかを真剣に検討し、検証することが、同様のインシデント発生時に被害者を出さないようにするために必要不可欠である。

事故を避けるための必要な努力、または、事故が発生した時に対する必要な備えについて、あらかじめ、妥当だと思われる規範(法令やガイドライン等)があって、それらを守っていなかったということであれば、それを守らなかった人は非難されても仕方がないが、そのような規範がなかったのであれば、皆で協力して、新たな規範を作るということが同様の被害の発生を防ぐためには必要である。

よく報道などに出てきて「そんなのは常識だ」みたいなことを述べ、その常識に反していることをもって非難する人もいるが、常識などという曖昧な規範で人を裁いたりするようなことはできない。やはり、キチンと文書化されたものでなければならない。それがないのであれば作れば良いだけである。「作ってないのか」といって非難するのもあまり建設的な行為ではない。素直に事故分析の結果を反省し、「作りましょう」と合意し、関係者が協力すればよい。なお、そのような規範は必ずしも法律や条例のような公法である必要はない。まずは、任意のガイドラインというような形でもよい。最初から公法を作るのは難しいので、まず最初はガイドラインを作り、それを広く普及させるための研修・訓練の仕組みの構築などを始めるべきである。

 

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ビーコン(発信機)装着の義務付け

一昨日、栃木の那須で発生した雪崩事故。高校生等8人が犠牲になった。事実関係も少しづつ明らかになってきており、参加者全員が雪崩に埋まったときにその埋没位置を電波を発信し、仲間の受信機でその電波を受信すれば埋没位置を迅速に特定できる「雪崩ビーコン」(注)と呼ばれる電波の送受信機を全員が装着していなかったこと、雪崩が発生したのは朝8時半頃だったが、警察に110番通報があったのは、その一時間後の9時半頃だったこと、などが相次いで報道されている(3月29日付日経新聞社会面等)。

(注:電波の送信機にもなるし、受信機にもなるので、海外ではAvalanche Trascieverと呼ばれることもある。ビーコンとは電波の発信専用機を意味するので、正確には「雪崩トランシーバー」と呼ぶべきかもしれないが、日本では慣習的に「雪崩ビーコン」という名称で定着している。なお、雪崩ビーコンは、ETSI EN300 718として、欧州電気通信標準化機構(ETSI)にて国際的に標準化されている。)

まず、110番通報が雪崩発生後の1時間後だったという点だが、これでは遅過ぎる。30分も埋まっていれば生存確率は急速に低下するので、一刻も早く掘り出し救助する必要があり、発生後、自分達で仲間の救助を実施するのと同時に、山岳救助隊への連絡も直ちに行って支援を仰ぐべきである。本日の日経新聞では引率の先生が携帯電話で110番通報したとあるが、他の報道では、「9時20分ごろ 那須町の旅館から「スキー場で雪崩が発生し、高校生約50人と連絡が取れない」と110番通報」としているものもあり、どちらが事実かはわからない。山の中は多くの場合、携帯電話の電波が届かないので、後者の情報が正しいようにも思えるし、電波が届かないので先生が電波の届くところまで降りていって一時間後に通報したのかもしれない(注:29日お昼のNHKニュースによると現場では電波が届かなかったので先生の中の1人が麓の旅館まで下りて行って110番通報したというのが事実のようだ。更に登山班と麓の旅館に残っているコーチとの連絡用に無戦機も所持していたとの発表が記者会見であったが、旅館側のコーチが無線機を常時ワッチしていたわけではないことも判明している。)。現場に緊急時の通報手段が全くないというのは大変大きな問題であり、衛星携帯電話の装備などによる緊急通報手段の確保などを含め、迅速な緊急通報の確保という点で何らかの改善策を考えるべきである。

他方の雪崩ビーコンの装着がなかった点だが、これは、本格的に冬山に登る人以外にはあまり知られていないこともあり、幅広い装着を促進するためには、法的に装備を義務化するような措置が必要かもしれない。多くの人はリスクを過小評価し、「自分は大丈夫だ、自分は雪崩の起きるようなところには行かない」などと思いがち。今回も恐らくそうだったろう(実際に引率の先生方の記者会見を聞いていると「絶対に大丈夫だと思った。」などと発言していた。世の中に絶対安全などというものは存在しない。)。このような場合には公共的な安全確保という観点から、法令による装備義務付けなどの強制措置も必要になる。

例えば、車のシートベルト装着だって、本人の自己責任ということにしておくと、シートベルトの装着率が低くなり、多くの犠牲者が出た。そこで、最近の道路交通法では、運転者に対して、同乗者にシートベルトを着用させる義務を科した。他人の車に乗ってシートベルトをしなかった場合、しなかった本人は何も処分を受けないが、運転者が減点処分を受ける。同様の手法を雪崩ビーコンにも適用し、雪山での研修や登山の場合、その研修主催者や山岳ガイドなど対して、お客さんに雪崩ビーコンを装備させる義務を科し、それを怠った場合には、若干の過料を科す、などの制度を条例で作ることもできるだろう。ただし、スキー場でのスキー客にまでビーコンの装着を求めるのは少し行き過ぎということにもなるので、どのような場所に入る場合に装着が必要で、どのような場合は必要ないのかという細かな線引きが必要になり、また、どのようなビーコンならOKなのかも明確にする必要がある。従って、このような制度を作るのであれば、全国一律の法律という手段ではなく、各県ごとに状況が異なるので、各県が定める条例という手段が最も適切であるように思う。

雪崩ビーコンではないが、富山県は「ヤマタン」という富山県独自の小型ビーコンを立山に入山する者に対して無償で貸し出し、装着することを義務付けている。立山などのように入山ゲートウェイが限られる場合はこのような方法もあるが、ゲートウェイを絞り込めない地域ではこの方法は難しい。

条例などのような強制力を伴う公法によらなくても、各種の山岳団体が共同でガイドラインを作り、どのような地域に行く場合に雪崩ビーコンの装着が必要なのかを明確化し、指導ベースではあるが装着を強く推奨するという方法もあるだろう。

いずれにせよ、今回の事故は最初の緊急通報が即座に行われ、かつ、雪の下に埋まった生徒がビーコンを装着してその埋没地点を電波で発信し、迅速に掘り出し救助が行われていれば、もう少し犠牲者の数は少なかったのではなかろうか。船舶や航空機には様々なビーコンの搭載が国際条約で義務付けられているのだが、山岳登山に関してはレクレーションということもあって、制度的なものが今のところ何もない。8名もの犠牲者が出た今回の事故を受けて、制度的に何が出来るのかを考え直すべきである。

雪崩捜索救助 (Avalanche Search & Rescue (AvSAR)) 

安全な登山を学ぶ場でなぜ--。栃木県那須町のスキー場で27日朝、登山講習中の県内高校生らの団体が雪崩に巻き込まれた。高校生7人と教員1人が死亡し、重傷者を含む40人が負傷する惨事に。深い雪に阻まれ、消防や警察、自衛隊による救助作業は難航。「我が子は」。保護者らは悲痛な表情で無事を祈った。【岸慶太、杉直樹、乾達】

情報源: 栃木・那須の雪崩:8人死亡 雪、一瞬で胸まで 生還生徒ぼうぜん 「無事で」祈り届かず – 毎日新聞

 

昨日、那須で発生した雪崩による高校生8人の死亡事故。雪崩事故自体は、あまり報道されていないだけで、結構、月に数度は発生し、犠牲者も毎回数人出ている。しかし、今回は、高校生が8人も犠牲になったということで、大きな社会問題になっている。警察は業務上過失致死で引率の先生方を立件する方針で捜査をしているようだが、このような事故が発生した時に誰か1人に責任を押し付けても、あまり問題の解決や改善にはつながらない。恐らく、先生方にしてみれば、事故の経験と周囲の地形、その時得られていた情報などを根拠に、この場所で歩行訓練するくらいなら大丈夫だろうと判断したのだろう。判断に甘さはあったのだろうが、それらはいずれにせよ後付けの講釈である。

冬山に入る以上、どんなに注意しても、雪崩のリスクは存在する。様々な情報をもとに極力そのリスクを回避すべきことは当然だが、最悪の場合、つまり、雪崩に巻き込まれた場合でも迅速に救助できるように準備できていたかどうかという点を見直す方が、「なんで警報が出ていたのに歩行訓練を実施したんだ!」といって責任追及するよりもより生産的で将来の犠牲者の削減につながる。

まず、生徒全員が雪崩ビーコンを所持していたのかどうか。テレビでの地元消防の記者会見や生存者の高校生のコメントなどを聞く限り、いずれも目視で、埋まっている高校生の体の一部が表層に見えている部分を頼りに掘り出し救助を行っているので、恐らく、ビーコンなどは所持させていなかったのだろう。彼らが全員ビーコンを所持し、事故発生後直ちに難を逃れた生徒と先生方で電波捜索を実施し、迅速に埋没地点が特定できていれば、もう少し、犠牲者の数は少なかったのではなかろうか。全員ビーコンを所持していなかったとの報道(⇒全員「ビーコン」不携帯)もあり、そうなると、なぜ、ビーコンを所持させなかったのかという点が問題になりうる。しかし、現状では、冬山に入るにあたり、ビーコンの所持を義務付けた法律も条例も存在しないので、ビーコンを所持していなかったからといって責任を問われるわけではない。冬山に入るにあたり、ビーコンの所持を義務付けるための制度構築なども検討する価値はあるはずである。例えば、指導者的立場にある人に指導される側の人々に対して、ビーコンを所持させる指導義務を科し、怠った場合にはなんらかの罰則を適用するということもできる。車の助手席や後部座席のシートベルト着用義務などは、着用する本人へ義務を科しているのではなく、ドライバーに助手席や後部座席に座る人にシートベルトを着用させる義務が負わされている。同じような発想が適用できないか。

消防の記者会見を聞くと、地元消防は雪崩が発生してから3時間後くらいに、体の一部が表面に出ていた3人を発見し、その周囲を掘り出した所、埋没していた5人を発見したと述べていた。しかし、3時間も経ってからの救助では生存確率が極めて低く、遅過ぎである。雪崩事故の場合、埋没してから30分間で急速に生存確率が下がり、30分以上経過した場合の生存確率は、雪の条件などにもよるが場合によっては10%以下まで落ちる(参考:カナダやスイスの雪崩生存曲線)。

雪崩に巻き込まれた仲間がいた場合、更なる雪崩に注意することは当然必要だが、そのリスクが低いと判断できた場合には、救助隊を呼ぶのと同時に、無事だった仲間によって、直ちに目視や電波捜索によって、埋没地点を特定し、迅速に掘り出し救助を実施するということが不可欠である。その捜索救助についても、誰か(昨日の事故だったら引率の先生だろう)が現場指揮官となり、トリアージを念頭に置きながら最大多数を救助するための捜索救助プランを即座に立案して、無事だった仲間の協力を得てそれを実施するという措置が必要である。

地元の消防や警察などを救助隊は、当然、呼ぶべきだが、現状では彼らの到着は事故発生から1時間も2時間もたってからになる。しかし、これでは遅い。彼らにできることは遺体の捜索ということになってしまう。

従って、今回の事故から学び、改善すべきことは次の2つである。

1.仲間による救助率を向上させるための措置: 登山者全員が雪崩ビーコンを持つと同時に、その使用方法や捜索救助方法について、必要な研修をできる限り多くの人が受け、相互主義で救助できるようにすること。ビーコン所持の義務付け及び捜索救助研修受講の義務付けなど。なお、そのための研修は、日本雪崩ネットワーク(JAN)などがすでに実施している。

2.外部の救助隊(警察、消防、スキーパトロール、その他)による救助の迅速化: 現状での彼ら仕事は、ほとんどの場合、遺体の捜索になっている。しかし、もっと連絡があってから現場到着までの時間を短縮し、かつ、迅速に利用可能な人員資機材などの資源を組織化するための仕組みがあれば、救助できる場面もあるはずである。山岳救助は、主として警察の仕事になってはいるが、別に警察に全てを押し付ける必要はない。その他にも救助の際に支援してくれる民間団体や半公的な団体も多い。課題は、これらの資源を迅速にどうやって組織化し、現場に投入するかである。そのための手法は唯一つ。「雪崩インシデントに対するマネジメントシステムの標準化」である。米国やカナダなど、雪崩に限らず、全てのインシデントに対するマネジメントシステムがICSなどで標準化されている国では、雪崩インシデントについてもICSを適用し、そのマネジメントシステムが標準化され、現場での組織化が図られている。日本の場合、この全国レベルでのインシデントマネジメントの標準化が全く進んでいないが、雪崩インシデントも、非常に多くの組織が関係し、その組織化が必要なインシデントである。マネジメントが標準化されれば、その組織化コストが下がり、意思決定や資源配分が迅速化する。

なお、雪崩インシデントに対するマネジメントの標準化は、外部の救助隊の組織化といる側面だけではなく、仲間による救助と外部から駆けつけてくる救助隊による救助活動とをシームレスにつなぐためにも必要となる。まずは、雪崩インシデントに対する対応ということから、その標準化を検討し、他のインシデントにも広げていけばよい。

 

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トリアージの本質

適切な日本語が存在しない仏語を語源とする外来語である。「患者の重症度に基づいて、治療の優先度を決定して選別を行うこと」(Wikipediaより)などと説明されているため、災害医療の専門用語だと勘違いしている人が多いが、これは決して医療分野に限った用語ではなく、欧米では捜索救助(Search & Rescue)や事業継続マネジメント(BCM)でも使用される概念である。正確に定義すると「災害などのため利用可能な資源と時間が限られている中で、救助を要する資源(注:人とは限らない。物やサービスも含まれる。)が複数ある場合に、最大多数を救助するために救助の優先順位を決定すること。」である。

メディアでも時々紹介される医療トリアージでは、災害などで医療資源に限りがあるにも関わらず、多くの患者がいる場合に、レベル0(死亡者または蘇生不可能者)には黒、レベルI(要緊急治療者)には赤、レベルⅡ(準要緊急治療者)には黄、レベルⅢ(待機可能者)には緑のタグをつけ、赤⇒黄⇒緑⇒黒の順に優先的に治療を実施する。タグ付けの判断は基本的には訓練された医療従事者が、標準化された分類基準(START法)に基いて行う。緊急に治療をすれば助かる可能性が高い人を優先的に治療し、怪我はしているもののすぐに治療しなくても直ちに生命に危険があるような状態ではない人の治療は後回しにするということである。そして、すでに死亡した者や助かる見込みのない者への対応は最後とする。ここで難しいのは黒の判断である。

災害時などのように提供可能な医療資源が限定される中で、大量の怪我人などが発生した場合には、平常時のように先着順で治療にあたることは合理的ではなく、救える命が少なくなる。例えば、次のような場合を仮定する。残念なことに救急救命室に医者は1人しかいない。

「そこへ6人の患者がやってくる。彼らはひどい路面電車の事故に遭ったんだ。うち5人は中程度の怪我をしている。1人は重症だ。重症患者に一日中かかりきりで手当てをすれば助かるが、その場合、5人は死ぬ。逆に中程度の5人の手当てをすれば5人は助かるが、その間に重症患者は亡くなる。医者として5人を助けるべきか? それとも1人を助けるべきか?」(マイケル・サンデル『ハーバード白熱教室講義録(上)』早川書房、18ページ)

これは、あの有名なハーバード大学マイケル・サンデル教授の講義の一コマなのだが、1人を助けると答えた学生はほとんどいなかった。実は、これが典型的なトリアージである。このような場合には、5人の治療を優先して実施することに異論を唱える人は少いだろう。この例でトリアージ・タグをつける場合、難しい決断になるが、重症患者である1人には黒タグをつけなければならない。黒タグはすでに死亡が確認された患者につけるものと思われがちだが、実はそうではない。前掲したWikipediaにも次のように記されている。

黒とは正しくは、「何もしないと死亡することが予測されるが、その場の医療能力と全傷病者状態により、救命行為(搬送も含めて)を行うことが、結果として全体の不利益になると判断される傷病者」のことである。しかし、「その場での救命の可能性がない傷病者」と誤解される事が多い。たとえば、心室細動で心肺停止状態の傷病病者を想定する。初期から心肺蘇生法を行えば、救命の可能性は十分ある。しかし、その心肺蘇生には数人かつ10分以上必要である。その傷病者にそれだけの医療能力を割り当てることが可能ならば赤タグとなり、不可能ならば黒タグとなる。このように優先度分類は相対的なものである。

マイケル・サンデル氏の講義は、上記の6人の患者の例のみならず、様々なバリエーションで議論が促される。講義冒頭の質問は「君は路面電車の運転手で、時速100Kmで走っている。行く手に5人の労働者がいることに気がついたがブレーキが利かない。そのとき、脇に逸れる待避線があることに気がつく。しかし、そこにも働いている人が1人いる。ブレーキは利かないがハンドルは利く。ハンドルを切って1人を殺して5人を助けるか否か?」(上掲書、13ページ)という問いであった。この例でも、1人を殺してでも5人を助けると答えた学生が多かった。同氏は、次に「君は電車の線路の上に掛かる橋にいる。電車が走ってくるのが見えたが、線路の先には5人の労働者がいる。ブレーキが利かないように見えた。そこに自分の隣に橋から身を乗り出しているものすごい太った1人の男がいることに気づく。君がこの男を突き落とせば彼は電車の前に落ちる。彼は死ぬが、5人を助けることができる。君は彼を橋から突き落とすか?」(上掲書、15ページ)と問う。この例だと、彼を突き落として5人を助けると答える学生は圧倒的に少なくなった。何が2つの例で違うのか? 最初に述べた例は行為の帰結(帰結論)に重きを置き、後の例は行為の本質(定言論)に重きが置かれた結果、異なる結論に行き着いたのである。帰結論はベンサム、定言論はカントが有名だが、そこまでいくと哲学の世界に深入りし過ぎてしまうので、これ以上、ここで論ずることはしない。しかし、トリアージという考え方は、ベンサムなどの帰結主義的道徳原理、言い換えれば、「最大多数の最大幸福」を追求する功利主義に基づくものだと言えるだろう。行為の本質に大きな違いがない場合には大きな問題にならないが、それが異なる場合は、社会的コンセンサスを得るのが難しくなる。

現実的には、人としての良心や周囲の反応などのため、必要な資源が不足していることを理由に重傷者に黒タグをつけてしまうのは非常に難しいだろう。しかし、その重傷者にかかりっきりになることによって、他の大勢が救えなくなるという事態は実際に発生しうることである。このような場合には、黒タグではなく、何か別の色、たとえば紫とか濃い赤などをつけ、十分な医療資源が確保できた時点で治療にあたるなどといった仕組み必要だと考える。

さて、このトリアージだが、災害医療(「メディカル・トリアージ」と呼ばれる。)以外の状況でも必要になる。例えば捜索救助(Search & Rescue)である。

今、10人で冬のアルプスに登山しているパーティーがいたとする。そこに突然雪崩が発生し、8人が雪崩に飲まれたが、2人は無事だった。無事だった2人は、雪崩に埋まった8人をどのような順序で救助すべきか、という意思決定の問題もレスキュー・トリアージと呼ばれるトリアージの一種である。

埋まった8人とも雪崩ビーコンを身につけてはいるが、見渡す限り真っ白で、8人の手がかりが全くない場合、無事だった2人が最初にすべきは、まず、山岳救助隊に連絡し、救助隊を派遣してもらうことである。2人で8人を救助するのは難しい。どうしても救助隊に来てもらう必要があるだろう。しかし、ただ、救助隊の到着を待っているだけではいけない。雪崩に埋もれてから30分もすれば死亡する確率が非常に高くなる。2人で協力し、できるだけ早く生存者を見つけなければならない。2人は手分けしてビーコン受信機を使って埋まっている8人から発信される電波の探知を始めた。まもなく、電波をキャッチし、8人のうちの1人の埋没位置を特定することができた。このとき、直ちに掘り出しを開始すべきか否か? この場合、埋没の深さによって答えは異なる(注:雪崩ビーコンでは埋没深度もある程度わかる。)。埋没深度が5メートルだった場合には2人の力で掘り出すのは時間がかかりすぎる。そこで、マークだけして、次の人の捜索に向かい、その人の掘り出しは、後からかけつけてくる山岳救助隊に任せるすべきだろう。しかし、それが50センチくらいの浅いところだったらどうか。その場合、2人でもすぐに掘り出せるので、直ちに掘り出しを開始し、救助してしまった方がよい。その救助された人が元気なら、救助された人にも、捜索活動を手伝ってもらうことができる。埋没地域全体をまずビーコン捜索して8人全員の埋没地点をマーキングし、掘り出しの優先順位をトリアージして確定してから掘り出しを開始すべきとの意見もあるかもしれない。しかし、埋没したと思われる地域が広く、深い雪中をズボズボと歩きながら捜索するには時間がかかり過ぎるような場合には、体の一部が表層に出ている埋没者や掘り出し可能深度の埋没者を発見次第、掘り出していくという意思決定も立派なトリアージだろう。なお、上記の例は8人埋没、2人無事としたが、この数字が逆であれば、当然ならがトリアージの意思決定は異なったものになる。

どこを探すか、という問題もトリアージである。これは、リモート・トリアージとも呼ばれる。雪崩インシデントの場合、例えば、雪崩が流れた先に大きな崖があったとしよう。その場合、その崖の下にまで遭難者が流されているとしたら、まず、生存の可能性はない。従って、崖の下は捜索区域から除外し、埋まっているとしても生存している可能性が高い地域から捜索していかなければならない。目撃者の証言や残留物などの手がかりがある場合にはその周辺に埋もれている確率が高いので、そこから優先的に捜索するのが適切だろう。

船舶遭難などの場合も、最後に位置通報があった地点を中心に、船舶の大きさの他、風向、風力、海流などの気象条件や経過時間などを入力し、コンピューターで遭難船舶の所在公算位置を計算し、そこを起点として捜索区域を設定する。船舶の捜索救助(SAR)の分野では、これをトリアージとは呼んでいなかったが、これもリモート・トリアージの一種と言えるだろう。

その他、ヘリコプターなどの輸送資源が少いにも関わらず、多くの怪我人がいる場合に、彼らをどのような優先順位で病院に搬送するのかという意思決定を「搬出トリアージ」、避難所として使える施設が少いにも関わらず、住居を失った被災者が多数いる場合に、どのような優先順位で被災者を避難所に入れるのかという意思決定を「避難所トリアージ」と呼ぶこともある。

ここまでの事例は、いずれも人命、言い換えれば人的資源に関係するものだったが、トリアージの概念は人的資源以外の物やサービス、事業などの経営資源に対してインシデントが発生し、それへの対応及び復旧が必要な場合にも適用できる。言い換えれば、事業継続マネジメント(BCM)の場合である。今、ある企業で商品Aと商品Bの製造ラインが大災害で被災して製造できなくなってしまったとする。そしてその復旧のために投入できる経営資源はあまり多くない。この場合、どちらの製造ラインを優先的に復旧すべきか。商品Aはこの企業の主力製品で売上の8割を占めているが、商品Bは不人気な商品で売上の2割を占めるに過ぎない場合、商品Aのラインを優先的に復旧するという意思決定には誰も反対しないだろう。しかし、商品AとBが共に売上の5割を占める甲乙つけがたい商品である場合はどうか。この場合、復旧にそれほど時間がかからない方を優先的に復旧すべきである。その方が企業としての損失は小さくなる。では、商品AとBが共に売上の5割を占めるもので、かつ、どちらの復旧に要する時間も同じだが、商品Aについては競合他社の商品Zで代替可能なものである場合はどうか。この場合、商品Aのラインの復旧が遅れるとマーケットシェアが商品Zによって奪われてしまうので商品Aの復旧を優先すべきである。なお、社員などの人的資源と製造ラインなどの物理的資源の2つが天秤にかけられるとしたら、社員の人命救助及び安全確保が最優先になるのは言うまでもない。人的資源は、一度失われたら復旧不可能な最も重要な経営資源であるためである。このような事業継続上の優先順位付けをトリアージと呼ぶ人はまだいないようだが、私は、これを「事業継続トリアージ」と呼ぶことにする。

 

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パンデミック・マネジメントに関する一考察

1月14日(土)のNHKスペシャル「Mega Crisis」は、パンデミックに関する特集だった。鳥インフルエンザに人間が感染し、それが人間と人間との間で感染していくリスクやエボラなどが広がるリスク、何れも現実的なリスクである。人類の歴史の中で、一度に大量の死者を出したCrisisと呼べるような事象は、戦争でも津波災害でもなく、目に見えないウィルスによるパンデミックである、というNHKの分析は、非常に重い。ウィルスも日々刻々と変化しており、まだ、知られていないものも数多く存在する。全てのウィルス感染をワクチンで予防するなどということは、100%不可能である。

では、そのような感染が発生してしまったときにはどうすべきか。これは、基本的に災害マネジメントや戦争における敵からの攻撃に対するマネジメントと何ら変わりはない。パンデミックもインシデントである以上、インシデントマネジメントに必要となる「機能」は、他と変わるものではない。異なるのは、その道具となる「資源」である。パンデミックを消防車で消火することはできないし、ウィルスを機関銃で銃撃して撃退することもできない。パンデミック対応に必要となる資源は、感染拡大防止のための隔離施設やベット、(効くか効かないかわからない)薬、防護服、消毒機器などではなかろうか。

例えば、国内のある病院でエボラの感染者が確認されたとする。その場合、その病院において迅速なインシデントマネジメントができるかどうかが、更なる感染拡大防止の鍵になる。院内にいた他の患者や医師なども感染が疑いがある以上、一定の隔離措置が必要にもなるだろう。ウィルスという敵が善良な人間の体内にいるという点が、他の災害マネジメントに比べて、対応を難しくする。自由な移動も制限せざる得ないが、そうすると文句を言う人が必ず出てくるだろう。このような場合に備え、特別な立法措置も必要になる。

このような事態が想定される以上、幅広く国民のコンセンサスを得た上での特別な立法措置を事前に行っておくことが必要である。既存の災害対策基本法などの枠組みで対応できることが望ましいが、不十分な点は恐らくあるだろう。様々な既存の制度を一度抜本的に見直した方がよいと思う。