雪崩捜索救助の基本理念

捜索救助(Search and Rescue(SAR))は、相互主義が基本である。相互主義とは、「私が遭難した時には助けて下さいね。その代わりにあなたが遭難したときには私が助けに行きます。」という考え方であり、国際慣習法として古くから定着しており、船舶遭難時における相互主義などは国際条約や我が国の国内法にも明記されているものである。

「海上にある船舶の船長は、発信源のいかんを問わず海上における遭難者からの信号を受けた場合には、全速力で遭難者の救助に赴かなければならず・・・」(海上人命安全条約附属書第V章第10規則(a))

「船長は、他の船舶又は航空機の遭難を知つたときは、人命の救助に必要な手段を尽さなければならない。但し、自己の指揮する船舶に急迫した危険がある場合及び国土交通省令の定める場合は、この限りでない。」(船員法第14条)

船舶が遭難したときは、遭難信号を発信すれば各国の沿岸警備隊などが救助船を派遣してくれる。しかし、このような公的な救助船が遭難船のすぐ近くにいるということは稀であり、その到着を待っていては沈没してしまうということもあるだろう。そこで、遭難船のすぐ近くをたまたま航行していた船舶が救助に向かうのである。これが俗に「シーマンシップ」と言われる船乗りの精神である。ただし、強力な台風が来ている場合などのように救助に向かうことが自船を著しく危険にさらすという場合もあるだろう。そのような場合にまで無理に救助に向かう必要はない。あくまでも、自船の安全が確保できる範囲で他船の救助に向かう、これが船長に課せられた義務である。そして、沿岸警備隊などの公的な救助船が遭難現場に到着すれば、それまで救助にあたっていた付近航行船舶は、その後の救助作業を公船に一任し、救助の任を解かれて元の業務に復帰することができる。

雪崩事故などの山岳遭難の場合も、この基本理念は同じではないだろうか。海上のように条約や法律にこそ明記はされていないが、相互主義が人類の長い歴史の中で定着している国際慣習であることには変わりはない。

図1は、雪崩埋没時における生存率が時間経過とともにどのくらい下がるかを示したものである(出典:山岳医療情報)。図が示すとおり、雪崩に埋没してから18分でも生存確率は91%ある。しかし、その後、急速に低下する。従って、20分以内に埋没者を掘り出し救助することができるか否かによって、埋没者の生死が大きく左右されることになる。

図1:雪崩埋没時の生存曲線

ある登山パーティーが冬山登山中に雪崩が発生し、前方を登山していた別の登山パーティーが雪崩に巻き込まれるのを目撃したとしよう。この場合、目撃した登山パーティーは、携帯電話で110番通報して救助を要請するだろう。しかし、公的な救助隊が到着するまでには通常1時間以上かかる。それをじっと待っているだけでは救える命も救えない。そこで、目撃した登山パーティーは、自ら救助に向かうとともに、周囲に別のパーティーがいるならば、彼らにも協力を依頼して救助に行かなければならない。ただし、この場合も、二次雪崩の発生のリスクがある場合や十分な装備なしには救助できないような場合にまで救助に行かなればならないということではない。リスク評価を十分に実施し、安全を確保できると判断できる場合に限られるということは言うまでもないことである。

災害救助は、一般的に自助、共助、公助の3段階に分かれるが、一度雪崩に埋まってしまえば埋没者が自分自身で脱出すること、すなわち自助はほとんど不可能である。そこで、共助または公助による必要があるが、山岳遭難などの場合は、警察の救助隊などの公助が到着するまでに時間を要する。このような場合、最も重要になるのは共助、すなわち、遭難者の周辺にいて直ちに救助に向かうことができる人々による救助である。山岳遭難における共助の精神を何と呼ぶのかは知らないが、あらゆる捜索救助の精神は全く同じである。最も近くにいる人が救助する、これが最も早い救助につながり、助かる確率を最も高める。

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那須雪崩事故→安全基準の不在が問題

今年3月の那須雪崩事故の検証委員会報告書(→栃木県HP)を読んでいて感じるのだが、「安全基準が存在しない」という視点が全く抜け落ちている。報告書の冒頭で「責任の追求は目的としない」と書きながら、全体としてはやはり主催者、高体連、講習会役員、講師、引率教員、学校運営責任者、県教育委員会などの責任を具体的に示しながらがそれぞれ悪い、という論調。要するに学校関係者みんなの責任ということにしたいのだろう。検証委員会は裁判所ではないのだから責任の追求などできないのは当然なのだが、誰かの責任にしないと収まらないという世論の風潮に配慮しすぎているように見える。現場任せで無計画とか、マンネリズムといった抽象的な精神論に原因を求め過ぎている。

一般的に責任追及と再発防止とは両立しない。過度に責任を追求しようとすると人々は責任追及を逃れようとウソの証言をするだろう。ウソの証言ばかりになれば事故の根本要因が見えてこないため再発防止が困難になる。この事故も、学校関係者全員の責任追求に終始すれば、事故の再発防止にはつながらない。

ところで、裁判所が刑事や民事で誰かの責任を追求する場合でも、そのためには当然事前に定められた守るべき基準というものが必ず存在する。それは、明文化された法律や政省令ということもあるし、あるいは、判例という過去の事例を基準にしている場合もある。事前に社会的に合意された安全基準無しに「お前が悪い」と言ってしまうのは公平性に欠く。あえて責任を追求するのであれば、冬山登りという危険な行為に対する安全基準を設定してこなかった社会全体の責任である。地方自治体やナントカ省の責任にしたがる世論もあるが、それも公平ではなく、必要な安全基準の設定を提起してこなかった世論全体の責任である。なお、そのような世論に従い社会的要請が生じた場合には当然、ナントカ省や自治体(正確には国会や地方議会というべきかもしれない。)は法令や条例を定めるのが仕事であるし、行政府はそれを実施することによって安全確保に務めなければならないのは当然の責務である。

筆者は海や空の安全確保という観点から長い間仕事をしているが、海や空の世界には過剰とも言えるほどの安全基準が国際条約や国内法という形で存在する。船長やパイロットになるためには安全確保に関する必要な知識を身につけ、試験に合格して、資格をとらなければならない。衝突予防装置の搭載義務や構造上の安全基準なども多数存在する。また、遭難という最悪の事態となった場合でも迅速に捜索救助(SAR)当局に通報できるよう緊急時の発信機(ビーコン)や標準化された通信機器の搭載も義務付けられているし、通信方法なども全て国際的に標準化されている。船員やパイロットには条約で定められた各種の注意義務がある。それを守らなかったら当然彼らは非難され責任を追求される。しかし、そのような注意義務を払っていたとしても事故は起きる。その場合でも被害を最小限に収めるよう海や空の世界では何重にも対策がとられている。

他方、冬山、夏山を問わず、登山の安全基準という観点で見た場合、そのような注意義務が具体的に明文化されているか? Noである。登山時に装備すべき装備品の搭載義務が明示されているか? Noである。確かに登山はレジャーであって、乗客等の運搬を業務とする船舶や航空機と同様に規制するのは困難であろう。しかし、政府がガイドラインという形態で示すことや山岳関連団体の自主規制ということで示すことはできるであろうし、危険度が高い特定の山に入る場合には必ずコレコレの装備を持っていきなさい、持たない人は入れません、などというように条例で規制してしまうことだって知恵と工夫を凝らせば可能である。安全確保については、自主性に期待するのはなかなか困難であり、今も昔も法令による規制という手段が必要である。

事前に定められた注意義務などの安全基準なしに、事故後に現れた登山の専門家と称する人たちが自分自身の基準をもとに「これをしなかったから悪い。」「これを持っていかなかったから悪い。」などのように事後的に非難するのは簡単であるであるが、公平ではない。客観的基準に基づかないものは個人的バイアスがかかっており公平性に欠ける。

那須の事故を無駄にしないためには登山に対する具体的かつ効果的な安全基準の制定が必要である。マスコミも誰かの責任追及ばかりするのではなく、このような問題提起をし、世論を喚起するのが仕事。我が国は法治国家である。この点をよく再認識もらいたいものである。

北朝鮮ミサイル:船舶・航空機にとっての危機

今日は、朝0600頃から携帯のJ-Alert情報が鳴り続け、NHKニュースもミサイル情報一色となった。北朝鮮ミサイルは今始まったことではないし、ある程度、マンネリ化している面もあるので、余計に最悪の事態になった場合の混乱はあまり想像したくない。

安全保障上の議論はニューヨークの国連安保理でやってもらえばよいが、船舶や航空機への安全について、もっと真剣に考える必要があるだろう。この種の議論は、国連本部ではなく、その専門機関であるIMO(国際海事機関:ロンドン)とICAO(国際民間航空機関:モントリオール)である。

1997年前後だったと思うが、北朝鮮が最初に「衛星」と称して日本海に向けミサイルを発射した際には、日本から「船や飛行機にあたったらどうするんだ!」とIMOとICAOにそれぞれ文書を提出し、北朝鮮を非難した。これを受けて、その後の北朝鮮は、一応ロケットを発射する前にIMOやICAO事務局長に文書で通報し、それを受けて、沿岸国が船舶や航空機に対する航行警報やノータムを出して注意を促していた。

しかし、最近のミサイルの発射の前にはこの手続きを踏んでいないだろう。この手続を踏んで、事前通報がIMOやICAOに送付されていれば、事前に予測できるので、こんなドタバタにはならないはず。アメリカやロシアだってミサイルの発射実験などをする際には、船舶や航空機にあたらないよう十分注意して警報などを出して行っているのだが、北朝鮮にはこのような常識が通用しない。筆者は船舶や航空機の安全の専門家であるので、北朝鮮のこのような態度には大変な憤りを感じる。

逆に言うと、事前に警報などを出さずにミサイルを発射すれば、それは他国に対する「攻撃」の意思ありと理解されても仕方ない行為である。たとえ、それが陸を狙ったものでなく、海を狙ったものであっても、そこには船舶や航空機がいる。そして、それはどこの国の船舶か航空機かわからない。全世界の国に対する攻撃以外の何物でもない。

安保理の議論では、また、制裁決議が出されるのだろう。しかし、それとは別に、IMOやICAOにおいては、北朝鮮の行為は、100%船舶や航空機の安全を無視したものであるので、加盟国としての全ての権利剥奪、除名、その他、取り得る最も厳しい措置をすべきである。もともと、北朝鮮はIMOやICAOでは全く存在感などなく、彼らが会議に出てくることもほとんどない。そうゆう国である。一応、ロンドンには北朝鮮のIMO代表部と言われるものもあるが、何をしているのかさえよくわからない。これなども閉鎖させるべきである。

このままほっておけば、あの国は、そのうち陸に向けて平気で撃ってくるだろう。平和的解決を望むが、核兵器を搭載した弾道ミサイルを完成させる前に、国連軍を編成した上での軍事的解決も必要な時期に来ているのではないだろうか。そうすれば、日本や韓国にも一定の被害が生じるだろうが、核兵器で攻撃される事態になると更に被害は致命的になる。大きな被害を防ぐために小さな被害はある程度受け入れざる得ないのかもしれない。

災害時における救助要請手段

先週発生した九州豪雨ではこれまでのところ29名の方が死亡し、まだ、行方不明者が21人もいるという。テレビなどを見ていると、被災者がLineやTwitterなどのSNSにて救助を求めている状況が数多くあるように思う。Twitterでは「#救助」などというハッシュタグをつけて拡散し、救助要請メッセージが広がっていったとも報道されている。しかし、公的な救助を求めるのであれば、このような手段は好ましくない。

人命救助や捜索救助は、自助、共助、公助の3段階に分かれる。自助は、自分自身でなんとかすることであり、共助は要救助者近辺のコミュニティーによる救助、そして公助とは、消防や警察、自衛隊などのように税金で運用されている公的救助機関による救助である。人命救助は、時間との戦いになることが多いため、到着までに時間を要する公助ではなく、可能な限り、自助や共助を実施することが望ましいことはいうまでもない。そして、共助を求めるのであれば、LineやTwitterを使うというのもわからないではない。しかし、LineやTwitterでは情報が世界中に広がりすぎる。

Twitterで救助を求め、たまたま、すぐ近くに住んでいる人がそれを目にし、救助に向かうというようなシナリオが考えられるなら、それでもいいだろう。しかし、その可能性はまずないし、福岡に住む人がTwitterで救助を求め、それを目にした北海道に住む人ができることは、110番や119番に電話し、「救助を求めている人がいます、助けてあげてくだい。」ということぐらいである。このような間接的な救助要請が110番や119番に殺到したらどうなるか。各地の110番や119番は大混乱し、大変なことになる。出処は一つであり、同一の救助要請が何百、何千と寄せられることになるのである。救助要請を受けた警察や消防では、同じ人による救助要請なのか、別々の救助要請なのかすら判断がつかなくなるだろう。

携帯電話が繋がっているのであれば、わざわざSNSなどで間接的な救助を不特定多数に求めるのではなく、本人が直接110番や119番に電話するのが最もよい。110番や119番では携帯電話の発信位置を特定するシステムも備えられているので、瞬時にその発信位置がどこなのが判明し、また、発信電話番号から誰が発信していのかも特定できる。多くの人は、110番や119番などに電話した経験などないだろうから躊躇するのかもしれないが、他人が間接的に通報するよりも、本人が直接的に通報するほうが、助かる確率ははるかに高い。大災害時は、110番や119番もつながりにくいという事態もあるのかもしれないが、その場合でもつながるまで何度かかけ直すことが重要である。

被災地の遠方に住む人が被災地の家族に安否確認し、連絡がとれないので、本人に代わって消防や警察に通報し、捜索救助を要請するというのは必要な間接救助要請だろう。しかし、それ以外のSNSを経由した間接的な緊急通報は、かえって事態を悪化させるということも理解しておく必要がある。

ガリレオSAR(捜索救助)サービスが正式に始動

The Galileo Search And Rescue (SAR) service, made possible by the Galileo satellite constellation, is now active. Galileo SAR is Europe’s contribution to the COSPAS-SARSAT network, a distress…

情報源: Galileo search-and-rescue service officially launched : GPS World

 

欧州が打上げたガリレオ衛星による捜索救助サービスが4月6日に正式に始まった。ガリレオ衛星システムとは、欧州版のGPSのようなものであり、物体の緯度経度を高精度で測位するための衛星システムである。GPSは車や携帯でも使用されているので多くの人が知っていると思うが、実はGPS以外にも欧州のガリレオの他、ロシアのグローナス、中国のコンパスなどがあり、中途半端ではあるが日本の準天頂衛星システムもこれに類するものである(これらは総称して”GNSS”(Global Navigation Satellite Systems)と呼ばれる。)。

ガリレオのSARペイロード(遭難アラートを処理する装置)は、遭難した船舶や航空機から発射される406MHzの遭難アラートを中継し、地球上に数多く設置されたMEOLUTと呼ばれる地上受信局でそれを受信し、処理して遭難位置を算出する。このようなシステムは、もう、30年も前からあったが、それは、アメリカ、カナダ、フランス、ロシアが打上げた低軌道衛星(その多くは気象衛星に便乗したもの)で処理し、電波のドップラー効果を計算して位置を計算するものだった。しかし、地球を回っている低軌道衛星は、5〜6機しかないため、衛星が回ってくるまでに時間がかかり、最悪の場合は、遭難船が406MHzの電波を出しても、1時間半くらい衛星が回ってこないということもあった。

その点、ガリレオ衛星システムは、地上から2万キロ位の高さを回る中軌道衛星30機程度で構成され、地球上のどこで遭難しても、衛星が3つ以上見えるため、即座に遭難位置が計算される。

ガリレオの他、米国のGPSやロシアのグローナスにも同様のSARペイロードが搭載されるのだが、正式に運用開始を宣言したのはガリレオが最初ということになる。GPSやグローナスも中軌道衛星なので、これらは総称して中軌道衛星捜索救助システム(MEOSAR)と呼ばれている。

ガリレオのSARペイロードには、GPSやグローナスにはない「リターンリンク」とよばれる機能も付加されている。伝統的な406MHzビーコンは、遭難アラートを送信するだけの片方向通信機能しかなかったが、ガリレオリターンリンク機能を搭載したビーコンであれば、陸上の救助機関側からビーコン側に対して短いメッセージを送ることができるため、これまでにはなかった新しい機能である。

このMEOSARシステムは、船舶や航空機の遭難位置を高精度かつ迅速に測定できるものであり、非常に有効である。

なお、406MHzの電波を発射するビーコンは、船舶用のものはEPIRB(非常用位置指示無線標識)、航空機用のものはELT(航空機用救命無線機)と呼ばれ、もう30年以上も前から使われてきた。EPIRBやELTは沈没や墜落と同時に自動的に電波が発射される機能があるのだが、これら以外にも携帯電話程度に小型化され、ボタンを押すだけで遭難アラートを送信することができるPLB(携帯型救命無線機)と呼ばれるものもある。これがあれば、山の中での遭難など、陸上遭難でも非常に有効なのだが、実は、日本では、様々な制度不備のため陸上では使用できない。また、406MHzというUHFの電波なら、雪崩に巻き込まれたような場合でもその埋没深度が浅ければ、雪を通り抜けて、電波が衛星まで届く可能性もゼロではない(実験したことがないので正確なところはわからないが)。MEOSAR衛星から中継された406MHzの電波を地上の複数のMEOLUTで処理すれば数メートルくらいの誤差のピンポイント位置を出すことができる。

先日、紹介した雪崩ビーコンなるものは、457kHzという非常に波長の長い長波が使用されており、雪の中でも電波が通るという点はメリットなのだが、直進性の低い電波であるため、使い慣れないと埋没者の位置を確定できない。しかし、埋没と同時に406MHz波を送信することができるPLBのようなものが開発されれば雪崩捜索救助には役に立つかな、と一瞬思ったが、そのためには実験や開発するためのお金が必要だ。

 

那須雪崩事故:改善可能なポイント

今回の雪崩事故に限らず、事故には必ず負の価値連鎖があり、その負の連鎖のどこかが断ち切られていれば8人もの死者を出すという最悪の結果には至らないものである。不幸なことに、AかつBかつCかつDという位に何重にも負の要素が重なったため発生したということであり、我々は、そのような連鎖をどこかで断ち切る努力をしなければならない。そこで、どのような部分で改善が可能なのかについて、頭の体操をしてみると次のようになる。

リスクとは、一般的に、Likelihood(被害の発生確率)とConsequence(発生した被害の大きさ)の積、すなわち、負の期待値として定義される。従って、雪崩インシデントのリスクを減少させる方法は、雪崩インシデントによる被害の発生確率を下げる方法と発生した被害の拡大を防ぐ方法の2つに分かれる。

 

1.被害の発生確率を下げる方法(Reducing Likelihood)

被害の発生確率を下げるための対策は、防災分野では、予防(Prevention)や減災(Mitigation)などと呼ばれることもあるが、細分化すると次の3つに分かれる。

(1)ハザード自体の削減(Reducing Hazard)

 雪崩インシデントを引き起こすハザードは、斜面に降り積もり、滑りやすくなっている雪である。これに更なる何らかの外的要因、例えば、大きな音や強い風、気温などの要素が加わり、それらに起因して大量の雪が斜面を滑り始める。従って、そもそものハザードである滑りやすくなっている雪を取り除いてしまえば雪崩インシデント自体が発生しない。そのための方法としては、空砲を発射したり、何かを爆発させることによって、大きな音を発生させ、その大きな音波によって雪崩を人為的に起こさせてしまう方法がある。一度、大きな雪崩を起こしてしまえば、更なる雪崩はすぐには発生しない。

(2)顕在化の抑制(Reducing Exposure)

 英語の「Exposure」には「隠れていたものが見えるようになる」という意味がある。ハザードも通常は隠れていて表に出てこなければ問題はない。ハザード自体を取り除くことができない場合でも、それが我々の目の前に現れ、危害が加えられるような状態にならなければ問題はない。このように、あるハザードによりインシデントが発生したとしても、それが我々の目の前に現れないようにすることを「ハザードが顕在化しないようにする」と表現する。このための方法としては、ハザードの周りを何か頑丈なもので固める、ハザードとの物理的な距離を広げる、時間的にハザードが顕在化しにくい時間帯を選ぶ、などの方法があるだろう。言い換えれば、物理的空間や時間的空間をマネジメントすることによって、インシデントが発生したとしても、それが直接的に我々の身に及ばないようにすることである。

 雪崩を引き起こすハザードが顕在化しないようにするためには、そもそも冬山に入らない、雪崩が発生しやすい時間帯や季節、気象条件のときには山に入らない、顕在化しそうな時には専門家が警報を発令して人を近づけない、山に入ったとしても短時間で下りてくる、山に入る人の数を必要最小限にする、などの方法があるだろう。

(3)脆弱性の削減(Reducing Vulnerability)

 (1)のハザードの削減は、戦争に例えれば敵を攻撃して殲滅することを意味し、(2)の顕在化の抑制は、敵との距離を離しておくことを意味する。これに対し、脆弱性の削減とは、防御力、守備力を高めるということを意味し、自らの弱点を補強し、インシデントが発生し、それが自らに及んで来たとしても、守りきるだけの力をつけるということである。

 雪崩インシデントに対する脆弱性削減の手段としては、例えば、雪崩防護柵やスノーネットを訓練エリアの周りに張る、あるいは、もっと直接的に雪崩に襲われた時に膨み自分の体が雪の中に埋没することを防ぐ「アバランチ・エアバッグ」を身につけておく、などの方法がある(ただし、あまり一般的なものではないかもしれない)。

 

2.被害の拡大を防ぐ方法(Reducing Consequence)

被害の拡大を防ぐための手段は、準備(Preparedness)、対応(Response)及び復旧(Recovery)という3つのプロセスに大きく分解することができる。

(1)準備(Preparedness)

万一の遭難に対しての備えは、救助される側と救助する側の双方で必要な準備がされていなければならず、双方の連絡体制や遭難時に必要となる装備が備えられ、かつ、必要な訓練が実施されていなければならない。なお、雪崩インシデントへの対応を想定する限り、登山者自らが救助される側にも救助する側にもなりうる。仲間が雪崩に巻き込まれた場合、山岳救助隊などの支援を求めるのは当然のプロセスだが、その到着までには相当の時間を要するため、まずは、現場周辺にて無事だった仲間による捜索救助活動が実施されるのが望ましいためである。

イ 登山者側の準備

 登山者は、雪崩のリスクが完全にゼロの場合を除き、最悪の場合には雪崩に巻き込まれて遭難するという前提で、必要な準備をしておく必要がある。この場合、自分自身が埋まった場合への備えと仲間が埋まった場合への備えの2つに分かれる。

(イ)自分自身が埋まってしまった場合への備え

 雪崩ビーコンを必ず装着し、電池残量が十分であることを確認しておく。雪崩ビーコンには送信モードと受信モードがあるが、通常は送信モードにしておく。受信モードは、(ロ)で述べるように仲間を救助する場合に切り替えて使用する。

 那須での事故時には、高校生や教員を含め、誰も雪崩ビーコンを装着・装備していなかったようである。

(ロ)仲間が埋まってしまった場合への備え

 一緒に登山している仲間が雪崩に埋まってしまった場合、山岳救助隊への通報をして支援を求めるとともに、山岳救助隊の到着する前であっても、更なる雪崩のリスクなどがない場合には、自分達で救助活動を実施しなければならない。雪の下に人が埋没した場合、30分も経つと急速に生存確率が低下するため、一刻も早く掘り出す必要がある。そのために必要な準備は次のとおりである。

 ・緊急通報手段

 自分達だけで仲間を救助できる場合はよいのだが、多くの場合はそうではない。その場合には、救助隊等に緊急連絡し、救助隊等を派遣して貰わなければならない。そのためには、110番通報のための携帯電話、無線機、衛星携帯電話、緊急通報発信機などが必要となる。山岳地帯は携帯電話の基地局が十分設置されているわけではないので、携帯電話は繋がらない場合の方が多いということを認識しておく必要がある。できる限り、携帯電話以外の通信手段も用意しておかなければならない。

・救助するための装備

 雪崩ビーコン、掘り出し用のスコップ、プローブ、マーキング用フラッグなど。仲間が埋まった場合には、まず、雪崩ビーコンを受信モードに切り替えて、雪の下に埋まっている仲間のビーコンが発信している電波を探知する。雪崩ビーコンを受信モードにして測定すれば、埋没者の方向や距離が大まかに分かる。埋没地点が判明した後は、更に詳細に埋没深度などをも確認するためプローブと呼ばれる細い棒を延ばして雪の中に挿し、プローブの先に何かが当たらないかをズボズボと確認する。それがヒットした場合には、人手が十分いる場合にはすぐにでもスコップで掘り出しにかかるべきだが、人手が十分ではない場合は、その地点に小さなフラッグを立て、後からやってくる救助隊にその位置がわかるようにしておく。装備があれば、仲間による迅速な救助も、ある程度できる。

・捜索救助訓練

 上記のような装備があったとしても、それらの操作などに習熟していなければ、やはり、迅速な救助はなかなか難しい。雪崩ビーコンにしても、全く訓練なしにその使い方がわかるようなものではなく、捜索の方法やトリアージによる捜索や救助の優先順位付け、人員資機材などの資源の組織化、現場における救命措置など、多くの訓練が必要である。

ロ 外部の救助隊側の準備

 公的な山岳救助は、日本の場合は警察が中心となる。ただし、警察以外にも、消防や各県の防災ヘリ、民間の救助隊などさまざまな資源が投入されることが多い。そして、このような後から現場にかけつけてくる救助隊に加えて、現場に無事だった仲間たちがいる場合には、上記に述べた通り、これらの仲間たちが、初動対応に従事することもある。このように多くの異なる組織・団体が十分スームレスに組織化された対応をとれるような仕組みが日本にあるかというと、実は十分ではない。それは、標準化されたインシデントマネジメントシステムが日本に導入されていないためである。米国やカナダなどでは、ICSが雪崩インシデントに対する捜索救助活動にも適用され運用されているのだが、日本の場合にはそれがない。従って、どうしても、不十分な連携、救助の遅延、責任の押し付け合いといった組織論上の問題が発生する。

 今回の事故では、主催した学校側の意思決定の問題にばかり焦点があたっているが、その他にも改善できる部分は多数あるはずである。救助にあたった外部組織なども含め、改めてどこか改善できる点がなかったか見直す必要があるのではないだろうか。

 登山者側に様々な装備や訓練が必要であるのと同様に救助機関側でも、救助に必要な装備を備え、定期的な訓練が実施されていなければならないのだが、今回の救助にあたった機関の装備や訓練は十分だったのか。また、多くの機関を巻き込むような今回のような大規模インシデント発生時に適切な組織化ができるようなマニュアルが準備されていたのか。

 (2)対応(Response)

 (1)にて述べた準備(Preparedness)は、インシデントの発生前に備えておくべき事項であるが、必要な準備があったとしても、実際にインシデントが発生した場合には、様々な資源配分や捜索救助計画に関する意思決定上の問題や不必要な遅延などが発生するものである。

 例えば、110当番通報があったのは、9時半頃だったが、8人が掘り出されたのは11時半頃だったという報道がある(正確なところは不明)。そうだとすれば、連絡を受けてから緊急出動し、掘り出し完了まで2時間かかっていることになる。

 また、今回は警察、消防、DMAT、民間団体等の多くの機関の資源が投入されているが、それらの資源配分は効果的だったのか、要救助者に対するトリアージは適切に行われていたのか、どこかに改善の余地はないのか。一般的に完璧な救助活動などというものは存在せず、どこかに何かの改善余地があるのが普通である。今回、8人もの犠牲者を出している。高校側ばかり非難するのではなく、救助機関側の改善余地についても十分に検証すべきである。

(3)復旧(Recovery)

 一般的な災害時には、道路や鉄道、建物などの物的資源が被災し、それらを復旧するというプロセスが存在する。しかし、今回のような雪崩インシデントの場合には、基本的にそのような物的資源の被害はなく、復旧というプロセスが存在しないように見える。しかし、広義に考えれば、怪我をした高校生などに対する治療や医療サービスなどは、人的資源に対する復旧プロセスである。これらのプロセスにて必要な資源が適切に投入されていたのかどうかも検証する必要がある。

 

このように最悪の事態に至る前にその負の価値連鎖を止めるチャンスは何度かあったはずであり、高校側の責任ばかりを追求するのではなく、マネジメントシステムとして捉えた場合にどこに問題があったのかを真剣に検討し、検証することが、同様のインシデント発生時に被害者を出さないようにするために必要不可欠である。

事故を避けるための必要な努力、または、事故が発生した時に対する必要な備えについて、あらかじめ、妥当だと思われる規範(法令やガイドライン等)があって、それらを守っていなかったということであれば、それを守らなかった人は非難されても仕方がないが、そのような規範がなかったのであれば、皆で協力して、新たな規範を作るということが同様の被害の発生を防ぐためには必要である。

よく報道などに出てきて「そんなのは常識だ」みたいなことを述べ、その常識に反していることをもって非難する人もいるが、常識などという曖昧な規範で人を裁いたりするようなことはできない。やはり、キチンと文書化されたものでなければならない。それがないのであれば作れば良いだけである。「作ってないのか」といって非難するのもあまり建設的な行為ではない。素直に事故分析の結果を反省し、「作りましょう」と合意し、関係者が協力すればよい。なお、そのような規範は必ずしも法律や条例のような公法である必要はない。まずは、任意のガイドラインというような形でもよい。最初から公法を作るのは難しいので、まず最初はガイドラインを作り、それを広く普及させるための研修・訓練の仕組みの構築などを始めるべきである。

 

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ビーコン(発信機)装着の義務付け

一昨日、栃木の那須で発生した雪崩事故。高校生等8人が犠牲になった。事実関係も少しづつ明らかになってきており、参加者全員が雪崩に埋まったときにその埋没位置を電波を発信し、仲間の受信機でその電波を受信すれば埋没位置を迅速に特定できる「雪崩ビーコン」(注)と呼ばれる電波の送受信機を全員が装着していなかったこと、雪崩が発生したのは朝8時半頃だったが、警察に110番通報があったのは、その一時間後の9時半頃だったこと、などが相次いで報道されている(3月29日付日経新聞社会面等)。

(注:電波の送信機にもなるし、受信機にもなるので、海外ではAvalanche Trascieverと呼ばれることもある。ビーコンとは電波の発信専用機を意味するので、正確には「雪崩トランシーバー」と呼ぶべきかもしれないが、日本では慣習的に「雪崩ビーコン」という名称で定着している。なお、雪崩ビーコンは、ETSI EN300 718として、欧州電気通信標準化機構(ETSI)にて国際的に標準化されている。)

まず、110番通報が雪崩発生後の1時間後だったという点だが、これでは遅過ぎる。30分も埋まっていれば生存確率は急速に低下するので、一刻も早く掘り出し救助する必要があり、発生後、自分達で仲間の救助を実施するのと同時に、山岳救助隊への連絡も直ちに行って支援を仰ぐべきである。本日の日経新聞では引率の先生が携帯電話で110番通報したとあるが、他の報道では、「9時20分ごろ 那須町の旅館から「スキー場で雪崩が発生し、高校生約50人と連絡が取れない」と110番通報」としているものもあり、どちらが事実かはわからない。山の中は多くの場合、携帯電話の電波が届かないので、後者の情報が正しいようにも思えるし、電波が届かないので先生が電波の届くところまで降りていって一時間後に通報したのかもしれない(注:29日お昼のNHKニュースによると現場では電波が届かなかったので先生の中の1人が麓の旅館まで下りて行って110番通報したというのが事実のようだ。更に登山班と麓の旅館に残っているコーチとの連絡用に無戦機も所持していたとの発表が記者会見であったが、旅館側のコーチが無線機を常時ワッチしていたわけではないことも判明している。)。現場に緊急時の通報手段が全くないというのは大変大きな問題であり、衛星携帯電話の装備などによる緊急通報手段の確保などを含め、迅速な緊急通報の確保という点で何らかの改善策を考えるべきである。

他方の雪崩ビーコンの装着がなかった点だが、これは、本格的に冬山に登る人以外にはあまり知られていないこともあり、幅広い装着を促進するためには、法的に装備を義務化するような措置が必要かもしれない。多くの人はリスクを過小評価し、「自分は大丈夫だ、自分は雪崩の起きるようなところには行かない」などと思いがち。今回も恐らくそうだったろう(実際に引率の先生方の記者会見を聞いていると「絶対に大丈夫だと思った。」などと発言していた。世の中に絶対安全などというものは存在しない。)。このような場合には公共的な安全確保という観点から、法令による装備義務付けなどの強制措置も必要になる。

例えば、車のシートベルト装着だって、本人の自己責任ということにしておくと、シートベルトの装着率が低くなり、多くの犠牲者が出た。そこで、最近の道路交通法では、運転者に対して、同乗者にシートベルトを着用させる義務を科した。他人の車に乗ってシートベルトをしなかった場合、しなかった本人は何も処分を受けないが、運転者が減点処分を受ける。同様の手法を雪崩ビーコンにも適用し、雪山での研修や登山の場合、その研修主催者や山岳ガイドなど対して、お客さんに雪崩ビーコンを装備させる義務を科し、それを怠った場合には、若干の過料を科す、などの制度を条例で作ることもできるだろう。ただし、スキー場でのスキー客にまでビーコンの装着を求めるのは少し行き過ぎということにもなるので、どのような場所に入る場合に装着が必要で、どのような場合は必要ないのかという細かな線引きが必要になり、また、どのようなビーコンならOKなのかも明確にする必要がある。従って、このような制度を作るのであれば、全国一律の法律という手段ではなく、各県ごとに状況が異なるので、各県が定める条例という手段が最も適切であるように思う。

雪崩ビーコンではないが、富山県は「ヤマタン」という富山県独自の小型ビーコンを立山に入山する者に対して無償で貸し出し、装着することを義務付けている。立山などのように入山ゲートウェイが限られる場合はこのような方法もあるが、ゲートウェイを絞り込めない地域ではこの方法は難しい。

条例などのような強制力を伴う公法によらなくても、各種の山岳団体が共同でガイドラインを作り、どのような地域に行く場合に雪崩ビーコンの装着が必要なのかを明確化し、指導ベースではあるが装着を強く推奨するという方法もあるだろう。

いずれにせよ、今回の事故は最初の緊急通報が即座に行われ、かつ、雪の下に埋まった生徒がビーコンを装着してその埋没地点を電波で発信し、迅速に掘り出し救助が行われていれば、もう少し犠牲者の数は少なかったのではなかろうか。船舶や航空機には様々なビーコンの搭載が国際条約で義務付けられているのだが、山岳登山に関してはレクレーションということもあって、制度的なものが今のところ何もない。8名もの犠牲者が出た今回の事故を受けて、制度的に何が出来るのかを考え直すべきである。