豊洲問題:役人の短期人事異動が責任の所在をあいまいにする要因

毎日新聞:「盛り土問題」

豊洲問題では、いつ、どこで、だれが、どんな意思決定をしたのかわからないようだが、このような状況になる主要な原因は、役人の超短期人事異動である。国の役人は1~2年でゴロゴロ変わるし、地方公務員も3年前後でゴロゴロ変わる。技官も事務官も、皆、同様に玉突きをしながら、ゴロゴロ変わる。

欧米では、「専門職」「文民(Civilian)」などと呼ばれる公務員は、10年も、20年も同じポジションに留まり、定期人事異動というものがそもそも存在しない。「制服組」と呼ばれる人々には異動がつきものだが、それでも4~5年は同じ仕事をする。

しかし、日本の組織は、ほんとに異動好きである。政治家も、役所も、大企業も本質的にはみな同じである。今の安倍総理や小泉元総理は例外的に長期政権だが、総理大臣だって1~2年でゴロゴロ変わり、外国から相手にもされなていなかった状況は記憶に新しい。

この短期人事異動には、表の目的と裏の目的がある。表向きの目的は「いろいろ経験させる」「業者との癒着を防ぐ」などである。裏向きの目的は、「責任の所在をあいまいにする」ということである。今回の東京都の盛り土問題ではそれが端的に表れている。「いつ、どこで、だれが、何を決定したのかよくわからない」というが、これは、人が次から次へと短期に替わるために結局のところ、「自分が来た時にはそうなっていた」とか「記録がないので理由がわからない」とか「そのときの担当者が誰だかわからない」と言って逃げ切れるようにするための仕組みだと言い換えることができる。

恐らく、やってる本人は「建物の下に空洞を作るのは当然だろう」と思い込んでかってに進めてしまったのだろうが幹部も周辺の人も前後の状況がわかっていないので「はい、そうですか」とそれ以上考えない。

短期異動はコスト面でも問題である。同じ仕事を10年もやっていれば人に聞かないでも自分で判断がつくようになる。意思決定も早いし、一人で多くのことができれば人件費もかからない。しかし、よくわからない人々の集団では意思決定に時間もかかるし、自分でできなければ他人にやらせようとするので必要な人の数も増えてくる。

日本の公務員は、一部の人を除き、一般的にプロフェッショナリズムに欠ける。プロとは自分の仕事に責任を負う人を意味する。責任を回避することばかり考えている人はプロではない。プロではない人々が大災害などのときに適切な判断ができるわけがない。短期的に異動が発生する組織でプロなどが育つはずがない。小池知事には、役人の短期異動を改善する努力もしてもらいたいものである。

 

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豊洲問題:役人の短期人事異動が責任の所在をあいまいにする要因」への2件のフィードバック

  1. >東京都の小池百合子知事が、都幹部に激怒している。豊洲新市場(江東区)の「盛り土」未実施問題の内部調査では、結局、地下空間の設置を決めた時期や責任者を特定できなかったのだ。

    記事の中には「なれ合い、かばい合い」「無責任体制」「隠蔽体質」「ノーアンサーに近い!」「ノーレスポンスだ!」「当事者意識が欠落している」「誰が」「いつ」「何を決めたのか」「自浄能力」「不祥事」「不作為」「独断」「責任者不明」「(都は)伏魔殿だ」の文字が並んでいる。どの指摘にも思い当たることがある。
    小池知事も海外留学の経験がおありだから、日本人特有の癖にも気づかれておられることだろう。
    私の気になることは、下記のごとき事柄である。

    「なれ合い、かばい合い」は、’うちの者’ をかばうこと。序列社会に存在する、インサイダー意識に因るものである。日本語には階称 (言葉遣い) がある。’上とみるか、下とみるか’ を考えていると、序列人間ができる。社会の中に序列が形成される。
    「無責任体制」: 個人主義がないので、責任ある個人を指し示すことができない。だから、責任が存在しない。この国がひっくり返った時にも、責任者は出なかった。
    流れと空気に支配されて、’もう、決まっている’ との強制力により、無思考・無議論で前に進む。先の大戦のようなものか。この状況は、戦前・戦後で変わりがない。
    「隠蔽体質」: 以心伝心で連絡をするから、文章にならない。「ノーアンサーに近い!」であるから、隠ぺいが成り立つ。
    「ノーレスポンスだ!」: 意思のあるところに方法は有る。日本人には意思が無いので解決方法はない。
    「当事者意識が欠落している」: 意思を示せば当事者になる。示さなければ傍観者になる。日本人には意思がない。傍観者には、当事者意識はない。
    「誰が」「いつ」「何を決めたのか」は過去時制の文章内容である。日本語には時制がない。過去の世界の内容は、日本語脳裏に存在しない。夢・幻のごとくになっている。風化であるか。
    「自浄能力」: 日本人には意思がないから、加害者意識も無く、強い反省が起こらない。皆が自分は被害者であると思っている。
    「不祥事」: 不名誉なことは、明るみに出してはならない。序列判断の材料にされて、自分が不利をこうむる。人間には、見栄と外聞が大切である。だから隠ぺい工作をする。
    「不作為」: 触らぬ神にたたりなし。見て見ぬふりをする。日本人には、処世術があって、世界観がない。日本人は、あるべき姿の世界を求めていない。
    「独断」: 自己の裁量権が頼りとなる。議論ができないから ’自分さえ善ければ・・・・’ が信念になる。
    「責任者不明」: 意思の無い人間にとって責任 (応答可能性) は過酷すぎる。責任者を出さずに、なあなあ主義でやる。これには、以心伝心が必要か。
    「(都は)伏魔殿だ」: 一体、化け物は都庁のどこに住んでいるのか。日本語脳の中にいるのではないか。

    • コメントありがとうございました。私も全く同じ認識を有しています。日本で責任があいまいになることが多いのは、日本語そのもの及びそれに起因するマインドが原因だというのは、確かにそのとおりかもしれません。シンガポールなどのように日本における公用語に英語を加えるといいですね。

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