相模原障害者施設殺傷事件

どうゆう基準で誰が作成しているのかは知らないが、今日、相模原で発生した障害者施設での殺傷事件について、次のWikipediaがすでに作成されていた。

Wikipedia: 相模原障害者施設殺傷事件

報道されている情報にのみ基づいており、まだ、裁判で事実が明らかになったわけでもない状態で事実かの如くWikipediaにしてしまうのもどうかとは思うが、報道情報のとりまとめ記事という意味ではあってもよいのかなとも思う。ただし、報道がすべて真実とは限らないので、その旨を明確にしておく必要がある。

ところで、報道が事実と仮定すれば、この男、卑劣であり、言語道断であることは言うまでもなく、また、精神疾患もあったのかもしれないが、ある意味、障害者を差別する極端な差別主義者であり、差別主義はナショナリズムとほぼイコールと考えると、この事件、最近、全世界で多発しているナショナリズムを背景にしたテロや犯罪などと根っこはあまり変わらないように思う。だいたい、極端な差別主義者は概ね精神疾患を病んでいるようなものとも言える。

アメリカで多発している警察官による黒人射殺、それに対する報復事件、フランス、ドイツ、バングラディッシュなどでのテロ、イギリスのEU離脱、アメリカにおけるトランプ現象、日本のヘイトスピーチ、そして、相模原の障害者殺傷事件、これらは明確な犯罪である場合もあれば、そうではない場合もあり、全然別物だとも見えるが、背景はすべて同じではなかろうか。すなわち、ナショナリズム、言い換えれば、非常に極端な排他的な差別主義が背景にある。欧州などでのテロ事件と今回の相模原の事件の違いは組織に属する者の行動か、単独の行動かという点だけで、何か特定のグループを排除することが自分たちの利益につながると勝手に思い込んでいる点では全く変わらない。

人間は今も昔も行き詰ってきたり、不満が極度に溜まってくると、だれか特定の自分とは異なる種類の人々を差別し、優越感に浸ろうとする。そして、為政者がそれを利用する場合もある。かつてヒトラーがユダヤを差別したのもそうだし、ボスニアヘツエゴビナでのエスニッククレンジングや、現代ではアメリカのトランプもニアリーイコールだと思う。

差別主義的な考え方、ナショナリズム、これらはエスニッククレンジングを引き起こす可能性のある非常に危険なリスク源であり、ハザードであり、脅威である。多様性を受け入れる社会を教育を通じて実現し、差別主義的な考え方をなくしていかなければ「歴史は繰り返す」ことになってしまう。

下記の日経記事にも同様の意見が書かれている。

障害者施設19人刺殺 社会覆う「憎悪犯罪」の闇

この事件をテロと呼ぶ人はまだいない。確かに欧米で多発しているような宗教的な背景があるものではなく、銃を使ったものでもないが、自分が気に入らないグループをターゲットに目的意識を持って殺害しており、それを適当な理由で正当化しているという点では全く変わらない。何をもってテロと定義するのかは社会的にも法的にも明確ではないが、その行為自体は、欧米で多発しているテロと何ら変わらないのではないだろうか。

 

 

 

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