国のプッシュ型支援は機能するのか?

■熊本地震 国が被災地に「90万食を送る」と発表

情報源: 「90万食を送る」 国のプッシュ型支援、現場の状況は (朝日新聞デジタル)

支援物資のニーズと供給側のマッチング、災害が起きると毎回発生している問題だ。初期の段階では、「支援物資が来ない」ということが問題となり、第二段階では「必要なものが来ない」ということが問題になる。多くの場合、早い段階から大量の支援物資が送られているにも関わらず、必要なところに必要なものが必要なタイミングで届かない。県には県で仕分けの人手が足らないという言い訳があり、だからといって国がプッシュ型と称して県を通さずに避難所に直接送ろうとすると、ミスマッチングの問題が大きくなる。

一方で、避難所がフェイスブック等のSNSで「支援物資が来ない!」と叫ぶと、全国の支援者から大量の支援物資が直接届けられたり、テレビで紹介された避難所に支援物資が集中し、それ以外のマイナーな自主避難所みたいなところには全く支援物資が来ない、という問題も指摘されている。

これは毎回指摘されている古くて新しい問題であり、容易ではない問題である。しかし、よく考えてみるとこれは経済学における「分配」の問題であり、経営学(マネジメント・サイエンス)における「マーケティング」の問題である。

経済学における分配システムには、大きく2つある。ひとつは、「市場経済」、もうひとつは「計画経済」である。市場経済とは、情報を広く皆で共有すれば、必要なところに必要なものが自然に届くようになりますよ、そして必要な量や質は「価格」という「神の見えざる手」(アダム・スミス)が調整してくれますよ、という考え方である。他方、計画経済は、神の見えざる手などというものは信用できないから、優秀なテクノクラート(官僚)のところに情報を集めて、その優秀なテクノクラートが必要に応じて計画的に分配した方がうまくいきますよ、という考え方である。計画経済を採用したのは昔のソ連だが、そのソ連は崩壊し、市場経済に移行したことからも、ソ連のような中央集権型の計画経済はうまくいかないのだな、ということが推測される。言い換えると、そんな優秀なテクノクラート(官僚)などこの世にいませんよ、ということだ。他方、市場経済もそれほど完璧ではない。「市場の失敗」というものの存在である。警察・消防・軍隊のような「公共財」は市場を通じてでは供給されないし、公害のような負の財が供給されることを止めることもできない。だから、政府というものが依然として必要とされ、官僚が一定の役割を果たしている。言い換えると、我々の政府は、市場経済下において部分的に計画経済を実施しているのである。

今回のような大災害時における支援物資の分配のためには、どちらの分配システムによるべきだろうか。市場か、計画か。まず第一に言えることは、東京の霞が関の政府に情報を集めて、分配しようとしても絶対にうまくいかないということだ。そんなことができる優秀なテクノクラート(官僚)は、我が国には存在しない。1年か2年という超短期の人事異動でゴロゴロ変わる霞が関の役人に時間との勝負になる災害マネジメントはできない。今回は安倍首相が「現場主義を徹底し、ニーズを把握して支援せよ。」などと指示を出していたが、その考え方自体は正しいし、評価できるが、未だにニーズなど把握できていなし、できるわけがない。

では、市場に任せて、政府は何もせずにほっておけば、必要なものが必要なところに自然に供給されるか、というとそうゆうことにもならないだろう。それは、「情報」がないからである。しかし、情報さえあれば、お互いの助け合いの精神の中でかなりのものが供給される可能性はある。ある避難所がフェイスブックで「支援物資が来ない!」と叫んだらあっという間にあちこちから大量の支援物資が届いたという例からわかるように多くの人がこうゆう大災害時には何かしたいと思うものだ。逆にいうとどこで何が必要とされているかという情報さえあれば、民間のこのような善意による財も、官が集めた緊急用物資も同じプラットフォームの上で提供すればよいことになり、お互いの財の不足を補うことができ、かつ、重複等を省くこともできるため効果的なはずである。官に情報を独占させてもうまくいかないが、情報が民にあり、その情報を官と民が共有することができれば、効率的な配分は可能になる。

問題は、情報をどのように幅広く、効果的に提供するかであろう。現在の情報は、分散しており、断片的で偏っている。ある避難所がフェイスブックで「支援物資が来ない!」と叫ぶのも情報、あるテレビ局が番組の中で特定の避難所の窮状を報道するのも情報、そして、避難所と県の間でやりとりされているであろうメールや電話、県と国との間のメールや電話も情報である。これらの情報をオープンにし、整理することができれば、多くの問題が解決できるだろう。

情報をどのように集めるか。これも、結構、古くて新しい科学であるマーケティングに行き着く。マーケティングをセールスと混同している人も多いが、実際には、これが何を意味するかは学者によって定義が異なる。ピーター・ドラッカーなどは「顧客を知ること」と定義している。災害等の場合は、この顧客を被災者と読み替えればよい。マーケティングのツールも進化が著しいが、最近ではITを使うのが常識である。グーグルのような検索サイトも、フェイスブックのようなSNSも、テレビやラジオも、EメールもFAXも電話も、結局のところ、何かを必要としている人とそれを供給したい人をマッチングするためのマーケティングツールである。問題は、これらのツールが分散し過ぎており、集約されていないため、災害のような緊急事態に必要な物資の需要と供給がうまくマッチングされていないということにつきるのだろう。

では、支援要請ドットコムとでも称する統合マッチングサイトを政府が作ればよいのか。私は、それではうまくいかないと思う。歴史が証明しているように政府が作るものは大抵よくない。また巨額の税金の無題使いとなり、ITゼネコンが儲かるだけになるだろう。

私は、そうゆうサイトを民間がクラウドファンディングなどにより寄付を集めて構築し、非政府部門で運用していくべきだと考える。同じようなサイトが10個も20個も乱立するようだと、結局、元の木阿弥に戻ってしまうので問題だが、2つか3つ現れるくらいな競争原理が働き、継続的な改善が進むためよいのではないだろうか。

東日本大震災のときは、グーグルが簡単な安否確認サイトを構築し、大変役に立ったが、これもグーグルあたりが構築してくれれば、一瞬にして開発できるような代物ではある。例えば、検索画面の最上部に支援物資マッチングサイトへのリンクを張る。支援が必要な人は、そのサイトへいって、何が、どの位の量、いつまでにほしいのか、自分はどこの何者なのか、を書き込む。グーグルなら、書き込まれた場所までグーグル・マップ上に表示できるだろう。供給側は、それらの一覧表を見て、何をどの位の量、いつ頃までに届けるのか、自分はどこの何者なのか、を書き込む。そうすれば、重複も回避でき、漏れなく、必要なものを必要なところへとどけることが可能になる。

書き込まれた内容が本当なのかという信用性の問題は生じる。支援物資は無償で分配されるため、必要以上に要求したり、これに乗じて必要もないのに要求する人も現れるだろう。しかし、災害時にはそれも承知でやるしかない。

 

 

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