必要なのは官邸能力の強化ではなく分権化である

朝日新聞デジタルに次の細野証言が掲載された。細野氏は言うまでもなく、原発事故時に首相補佐官として官邸につめていた政治家である。

「頑張れる」吉田氏の判断尊重 事故対応、細野氏が証言

「吉田所長から深刻な声で電話」 細野証言の詳報

「もはや東電では制御不能なんだと」 細野証言の詳報

筆者が注目しておきたいのは次の発言。

「非常に情報が入りにくい状況で、象徴的だったのは12日3時36分の水素爆発。事前に予測できなかっただけでなくて、それがあったという事象も含め官邸には報告もなかった。そこでかなり、情報の流通の遅さというか、なかなかこれは情報が入っていないと感じるようになったんです。」

緊急時に情報の流れが悪くなるのは、今はじまったことではなく、阪神大震災でもその他の事故でも、全て同じ状況を経験している。つまり、当たり前のことである。通常時の官僚制組織の各階層を経由していけば当然、情報伝達に時間もかかるし伝言ゲームで情報も変形する。だからといって、また、官邸機能の強化だ、などと言って官邸箱物システムを強化したところで何も変わりはしない。阪神大震災の後もそうだった。異口同音に「官邸機能の強化!」と言って、各省庁のヘリテレ映像を官邸に直結するシステムを高額の費用を支払って作ったりしたが、あれが役に立ったか? 3・11のとき官邸は、ヘリテレ画像ではなく、テレビ映像を見て大騒ぎしていたに違いない。大災害時にはどのようなことをしても、現場から遠く離れれば離れるほど情報は正確迅速には伝わらない。これは普遍的事実である。従って、このような集権化システムはあればベターだが、基本は、「なくてもよい」という状況にしておくことである。つまり、現場でもっと自律的に意思決定できるような仕組みに変更するということである。

今でも以前と同じような発想の人は多いだろう。学者先生方が、よく「一元化が重要だ!」などと言っているのを見るが、この先生方は何をもって「一元化」と言っているのだろうか? 一度その定義をお伺いしたいものである。官邸への権限の一元化を意味しているのなら、全く馬鹿げている。必要なのは一元化や集権化ではなく、「分権化」である。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中